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三葉虫の夢  作者: K
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 彼はタイムトラベル キーの使い方をTwitterで公開するようなこともしなかった。友人にも教えなかった。非常に貴重な代物だ。誰かに秘密を打ち明けて自分が太古の世界に行けなくなることを恐れた。

 つまりは独占したかったのだ。


 その日も、次の日も彼は大昔の世界へと亀裂を使って覗き込んでいた。

 スマホで何枚も写真をとった。


 インターネットで調べた化石産地をかたっぱしから見ていった。

 ある時は、三畳紀のアルゼンチン、イスチグアラスト層で単弓類とクルロタルシ類と恐竜が三つ巴で暮らす世界を見て、また別のある時は、アーケオプテリスの茂るデボン紀の大河のほとりで両生類の上陸する瞬間を目撃し、また別のある時はカンブリア紀の海辺に行き、浅瀬の生物群を観察した。


 驚きの連続だった。

 誰も知らない世界を独占できる。このことに彼は大きな喜びを覚えていた。

 

 そんな彼にあるD Mが届いたのは一週間くらいしてからだった。


「四年前に行方不明になった父が、同じ鍵を持っていたのですが、何か情報はないでしょうか?」


 相手は女のようだった。

 いきなりきたメッセージに彼は頭を抱えた。


 よく考えたら、このタイムトラベル キーが化石の中から見つかったということは、この持ち主は過去の世界から戻れなかったのではないか?

 どこかの浜辺で朽ち果てているのではないか?


 ゾッとした。


 しかし、彼はタイムトラベル キーを手放したくなかった。

 この女が言うことが正しければ、元の持ち主はこの女の父親だと言うことになるのではないか?

 

 葛藤した。

 一晩考え込んだ。そして、彼は秘密を話すことにした。

 DMに返事をする。


「この鍵のことを僕はタイムトラベル キーと呼んでいます。簡単に言うと。この鍵は過去に戻るタイムトラベル 機能を備えています。嘘でない証拠に太古の昔で撮った写真を送ります」


 すぐに返事が返ってきた。


「会うことは可能ですか?」




 来たのは高校生くらいの若い女だった。

 華奢な体格で、栗色の髪はショートボブ。知性を感じさせる目つきをしていた。


「元宮花梨と言います」


 そう自己紹介した。

 とりあえず、話を聞く。少女はリビングの机の脇に腰を下ろして、話始めた。


「父が行方不明になったのは、四年前です。いつものように夕食をとって、父は書斎に入りました。それが父を見た最後です。書斎の中で忽然と姿を消してしまったんです。そのタイムトラベル キー?を見たのは父が消える数日前です。偶然、床に落ちているのを見つけたんですが、父がそれを見ると自分のものだと言って、私はその鍵を渡しました」


「それがこのタイムトラベルキーだと?」


「はい。写真を見て、すぐに分かりました。こんな特徴的な鍵、他に見たことなかったもので」


 元宮はそこで身を乗り出して聞いた。


「それであの、DMで送ってもらった恐竜の写真。あれは作り物とかじゃなくて、本物なんですか?」


「そうですよ。さすがに信じきれないか」


「すみません。だって、あまりに不思議な話だったので」


「構わないよ。僕だって実際に体験してなかったら信じてない」


「じゃあ、そのタイムトラベル キーを使えば、父が行方不明になった時代へもいけるってことなんですか?」


「そうなるね。でも、遥かな46億年もの時代の中から、一つの地点に絞ってタイムトラベル 可能かどうかは僕には分からない」


「でも、試してみてもらえないでしょうか? せっかく会ったんだから、可能性が少なくても試してみる価値はあるんじゃないでしょうか?」


「しかし・・」


「ダメだったら諦めます。どうかお願いします」


 政春はやってみることにした。

 ここまでお願いされてしないのは罪悪感がある。


 ダメだとは思うが、試してみる価値はあるかもしれない。

 大事に保管してある棚からタイムトラベル キーを取り出し、いつものように頭の中で行きたい時代、場所を連想してタイムトラベル キーが青い光を放つのを待つ。


 そこで彼は気づいた。


「光の色が写真とは違いますね」


 元宮が口にする。

 確かにそうだった。光はあの青い光ではなく、赤い色をしていた。これは一体なんだろう? 政春は不思議に思った。


 だが、今更辞めるわけにもいかない。

 虚空に差し込む動作をする。カチリと音がする。回す。




 時空の亀裂を抜けると、そこはどこかの砂浜だった。

 波が寄せては返し、オゾンの香りがした。空は青く、広い。

 砂浜は砂漠みたいにどこまでも続いている。


 そして、その砂浜の中に人がいた。

 遠くにいるため、点のように見えるが、確かにそこには人がいた。じっと立ち竦んだまま海の方を見つめていた。


「父さん!」


 後ろから亀裂を抜けてきた元宮が靴下のまま砂浜を駆け出す。人影の方も、政春たちに気づいたようだ。


「花梨!」


 人影が手を振り、近寄ってくる。

 中程で二人は出会い、抱きついた。

 

 政春はその光景を見て、呆然としていた。これは奇跡か何かなのだろうか? いや、おそらくこのタイムトラベルキーの機能として、過去に訪れた場所の記録があったのではないだろうか? そうとしか思えない。


 元宮が政春を振り返り、手を振っている。


 政春も手を振り返した。

 そして、海に目をやった。そこにあるのは太古の海だ。彼の知らない生き物がたくさんいる不思議の海だ。

 

 もう二度と来ることはないだろう。

 鍵は元宮の父親の手に戻る。


 彼は名残を惜しむように、海を見続けた。




 それから、現代に戻った2人は元宮の父からタイムトラベル キーの出所を聞かされていた。

 

「あの鍵は、旅行で訪れたある博物館で会った人から買ったんだ。その人が今どこにいるのか分からない。もしかしたら彼はタイムトラベラーだったのかもしれない」


 彼はタイムトラベル キーを見て、その光の色に気づいた。


「危ないところだったね。もらった人から聞いてたんだが、この鍵は使用限度があるんだ。赤になったら、最後のトラベルなんだ。政春君と言ったね、君は運がよかった。危うく、私と同じように過去に取り残されるところだったんだよ」


「そうだったんですか。でも、再会できて本当によかったですね」


「ああ、君が鍵を見つけてくれたおかげだ。まさか、海に落としてしまうなんて凡ミス私がするとは思わなかったよ。何かお礼させてもらえないだろうか?」


「そうです。ぜひ」


 二人に言われるも、政春は首を振った。


「いえ、十分自分は楽しみました。あの鍵のおかげで普通では体験できないことをたくさんしました。それで十分です」



 二人を玄関で見送って、政春はドアを閉めた。

 部屋は静まりかえり、いつもの日常が始まる。


 彼はリビングに戻り、ふと化石棚を見た。

 そこには真っ二つに割れてしまったエルラシア・キンギの化石があった。


 夢を見ていたんだ。三葉虫がくれた小さな夢を。

 

 彼はそう静かに思った。



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