表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三葉虫の夢  作者: K
1/2

 政春史浩は古生物好きの大学生だった。

 そもそもの発端は図書館で借りてきた某テレビ局のビデオだった。生命史を振り返るその番組内容に彼は大いに感銘を受けた。

 それ以来、彼は古生物に関する情報を集め、化石をコレクションするまでになった。

 

 大学に進学してからも、古生物熱は冷めやらず。

 ネット通販で好みの化石があれば落札していった。


 そのため彼の今の下宿には化石専用の棚まで用意されてある始末だ。

 その日も政春は大学の5時限目が終わり、学食で早めの夕食を食べ終えると真っ直ぐに家に帰り、化石棚に目を通した。


 別にたいした意味はないのだが、化石棚を見ることが習慣化されてしまったと言っていい。政春は最上段に置かれてある特別お気に入りの化石たちを手に取って、いちいち並びを直したりした。


 左端に置かれてあるのは、アンモナイトの化石だ。初めて買った化石であり、思い入れは強い。黒いノジュールを半分に割った中に独特の螺旋模様を描いており、芸術的だと政春は思っていた。

 その隣にあるのはいずれも三葉虫の化石だ。真ん中にあるのはカンブリア紀の代表的な種類のエルラシア で、特別珍しいものではなかったが、政春はとても気に入っていた。その大きさは3センチほどで他の同種に比べると大きめだ。岩盤にくっついた状態なのでそれなりにスペースをとる。

 一番右に置かれてあるのは、モロッコ産のディクラヌルス・モンストロススと呼ばれる三葉虫の化石だった。これは買った中で一番高価なもので、一週間バイトで稼いだお金が消えるくらいの値段だった。代表的な三葉虫とは違い、その造形は立体的であり、尖ったいくつもとげが体から伸びており、その値段に見合った美しさがあった。

 

 小さなコレクションだったが、政春にとっては大事なコレクションだった。

 だから大事に扱ってきたつもりだった。そっと丁寧に扱い、落とさないように最新の注意を払っていた。


 しかし、その夜のことだ。

彼は緊急地震速報のアラームで叩き起こされた。



 ガタガタとベッドが揺れる。政春の目は一瞬で覚めたが、ベッドの上でなすすべもなく半身を起こしたまま地震が治るのを待った。


 やがて地震は治った。

 蛍光灯のスイッチを入れる。電気はつくようだ。部屋にはもともとあまり物を置いてないので、ものが散乱しているような様子は見受けられない。

 彼は化石棚の方を見た。


「あっ!」


 床に落ちているのは彼が大事にしていたエルラシア の化石であった。

 すぐに駆け寄り被害状況を確認する。

 化石は真っ二つに割れていた。


 なんということだ。

 彼はショックを受けた。そっと化石の断片を拾い上げる。三葉虫は真っ二つだった。完全にクリーニングされていない余分な岩盤がくっついたままの状態で買ったものだが、ちょうど化石の部分を起点にして真っ二つだ。


 棚の上に置こうとした彼はあることに気づいた。

 割れた岩の断片から何やら金属製の棒のようなものが突き出している。

 よくよく見るとそれは、薄く平らになっている面があり、その表面はまるで集積回路のように青く脈動していた。

 

「なんだこれは?」


 岩の中に半分は埋まっている。

 棒を引っ張ってみると、それはすぐに姿を表した。


 それは鍵のような形をしていた。



 政春はそのオーパーツ について考えを巡らせた。

 これはいったいなんなんだろう。5億年前に鍵を作ることのできる人間がいたのだろうか? そもそも現代でもこんな光が明滅するようなタイプの鍵の存在を政春は知らなかった。

 宇宙人の落とし物? いや、タイムトラベラー?

 はたまた太古の昔に未知の文明があったのか?


 彼は、自分のTwitterにその鍵の写真を載せることにした。


「5億年前の三葉虫の化石が割れて中からこんなもの見つけた。いわゆるオーパーツ?」


 そのツイートはバズった。

 そのことを知ったのは、大学の講義が終わりマナーモードにしていたスマホの電源をつけた時だった。止まらない通知の嵐。政春は多少驚いたが、リプ欄に目を通し返信をする作業に入った。


 反応は様々だった。しかし、そこに有益な情報は何もなかった。

 政春の考えたことを反芻しているみたいなコメントの数々だった。


 その夜、彼はベッドに寝転がり、鍵を手にして眺めていた。

 天井の電灯にかざして観るも、特に何か起こるわけでもなく、飽きるまで眺め続けた。


 もし、タイムトラベラーがいるなら自分も太古の世界に行ってみたいものだ。彼は思った。

 見たい景色はたくさんある。恐竜の闊歩する大地、カンブリア紀の摩訶不思議ヘンテコ生物群、アーケオプテリスの生茂る地球最古の森。

 そんな妄想を始めて何十分経っただろう。


 彼は、最近見つかった南米の恐竜のことについて考えるようになった。

 メラクセス・ギガス。どうもうな肉食恐竜だ。大きさは政春の何倍もある。ティラノサウルスに匹敵する陸上の支配者だった。

 一度目にしてみたい。

 その姿を目に焼き付けたい。


 彼は深く心から思った。


 その時だった。

 鍵が青白く輝き始めたのは。


「なんだこれ?」


 政春は飛び起きた。

 不思議な光が放たれていた。

 

 じっと鍵を見つめていると、不意に脳の中に情報が入り込んできた。

 それは、この鍵をどう使うかについての情報だった。


 政春は鍵をベッドの横の壁に、正確には虚空に向かって差し込む動作をとった。鍵が時空にはまり込んだ感触があった。そのまま回す。

 

「なんてことだ」


 今、まさに政春の目の前にはひび割れた時空の亀裂があった。それは万華鏡のように光を放ち、キラキラと輝いていた。

 どうしたものか。

 彼は、その亀裂に首を突っ込んだ。


 そこには、太古の大地の景色が広がっていた。

 視界の真ん中を広い緩やかな川が蛇行しながら流れており、その周りには砂州が広がっている。背後には青々とした山脈と森林があった。

 そして、その砂州の所々に恐竜の姿があった。


 

 時空の亀裂はどこにつながっているのだろう。

 政春は意を決して、亀裂の中に飛び込んだ。靴下越しに、灌木のやわかな感触がした。どこかの丘の上らしい。足元には灌木の花が揺れている。

 風が心地いい。

 夢にまでみた光景に、彼は息を飲んだ。


 今まさに川を渡っているのは両脚類の群れだ。世では首長竜と呼ばれているグループの恐竜だ。その足元に、小さなワニが日向ぼっこをしている。

 そして、その脇に、群れを狙おうとしている肉食恐竜の姿がある。


 政春はもう鍵の使い方を知っていた。あれは、自由に時空を行き来できるタイムトラベル キーだ。持ち主の脳波を指先の微弱電流から感じ取り、持ち主の願う時間・場所へとつなげてくれる

 つまりここは白亜紀後期の南米であり、あの恐竜は、メラクセス・ギガス。そのものだったのだ。


 その日、彼はタイムトラベル キーの使い方を知り、驚嘆しつつも、明日の大学の講義が一時限目なのを思い出し、興奮冷めやらぬまま眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ