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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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蟹を食べたい













    蟹を食べたい

   2023.01.25












寿司と蟹を食べたいというのが今回の我々の野望。


「すしっ、かにっ」

「すしっ、かにっ」

 ……

(エンドレスに続く、略)


息子は大の蟹好き。今年は随分中国で蟹を食べました。主人がお取引のある業者さんからもらったりしてさ。日本の皆さんのいう、いわゆる上海蟹です。


お腹いっぱいから作った、蟹いっぱいという言葉を作るほどの数を食べた。中秋節の頃に蟹いっぱいの状態になりしばらくいらないよねと話してた。春節の贈答品としてまた蟹をもらいしこたま食べた。


しかし、日本の蟹と中国の蟹は違うぞ。


「日本の蟹、食いてー!!!」

「うおおおおお」


イメージとしては冬の大荒れの海に向かって叫ぶ!中年女性と小学生男子。食いしん坊万歳!


「カーニ!カーニ!」


田舎へむかふ新幹線の中でもひたすらと蟹に野望をたぎらす、我が息子。一人っ子だけになかなかにお殿様な育ちである。

例えば、寿司をとると、サーモンは全て平らげ、私は赤貝をいただく。貝は食わんのや、あやつ。からの、いくらは彼が平らげ、私は穴子をいただく。アナゴは食わんのや、あやつ。そしてー、


「あ、これ、マヨネーズかかってる。いらないっ」

「あ、ありがとうございやす」


炙りサーモン、邪道寿司系。マヨネーズを忌み嫌っている息子から下賜された。


もぐもぐ……


どうして、自分で毎日コツコツ働いて、その働いたお金で買ったお寿司で、こんな肩身の狭い思いを?

ふとよぎる、当然といえば当然な疑問。


そんな不思議な上下関係を抱えつつ蟹を求めて三千里。しかし、私にはわかっていた。おそらく我が田舎では蟹にありつけないことを。

それは、なぜか?


蟹なんて贅沢だから食ってられっかという、食いもんなんて腹に入れば皆一緒、実家がそんなだからか?

いえ、違う。反対だ。


我が実家の父母、特に母は筋金入りの食いしん坊だ。美食家と言っても過言ではない。ゆえに、中途半端なものを買うことを許さないのである。


「そんなん、おいしくないわよっ!ダメよっ!」


チーン


北海道生まれではありませんし、蟹の産地ではないので東北ではあるがスーパーにあるのは冷凍ガニである。母は、あれを、認めてはいないのです。断固として不味いものとしており、我が家は家で蟹は食べない。


しかしだな、我々は中国で、上海蟹を食べておる。上海蟹はなんというか、卵を食べて万々歳なのかな?とにかく蟹の身はねえだ。蟹を食べさせたら、究極の掃除屋、というかなんというか、ものすごく綺麗に食べ尽くす私を持ってしても、どこをどう食えばええんやね?と首を傾げるほどに身がござんせん。


それから比べたら、産地ではなく冷凍がにであったって、なんのなんの立派だっちゃ。あっちで日本の蟹食べようおもたら、いくらするおもてんねん。冷凍ガニジョートー!我々に蟹の身を与えたまえーーー!!!


蟹の代わりにかにかま食べて、小躍りしている我々を哀れと思って蟹よこせー!


しかしだな、母も強情である。自分自身は特に蟹が好物でもない。我が家で蟹好きといえば、かつては私がナンバー1、次に父だ。姉に至っては、あれはめんどくさいから好きではないなどとぬかす始末だ。それだのに、それでも、母が認める蟹は例えば北海道で、或いはその他の全国の蟹の産地で出てくるような新鮮でぷりっぷりのカニなのである。


チーン


ほんというと、こうなることは目に見えてましたから、深圳にいる間にAmazonで蟹を買い、実家に送りつけてやろうかとすら思っていた。ガルル……。(野生の本能的なものが蘇る)しかし、ワタクシ、言いました。母は筋金入りの食いしん坊なのである。


Amazonで、大人気などと言って売っていたとしても、母がその味を認めるとは限らない。


美味しいねーと喜んでいる息子のすぐ横で、


「こんなの大したことはないわよ!」


と、認めてはならない旨をきっちり仕込みそうだ。それは、あれなのである。勝ったとか負けたとかの世界ではなく、母の血を継いでいる孫に適当な味を認めるものになってはならないという、いわば、食いしん坊の英才教育なのである。


「もっと美味しいのよ!本当はもっと!」

「……」


筋金入りの食いしん坊というのは日常的な仕入れから手間暇と金をかけ、また、情熱を傾けているものである。


本日、大雪の中を母と連れ立ってスーパーへゆく。深圳で買うと高くつく日本食材を仕入れたかったのである。


あ、そうそうカップスープ。


棚の前に立つと、なんだかいくつかのブランドのものがある。


はて?


経済観念のしっかりしている自分。ついフラフラとよく名前の知らないブランドのお買い得パックに手が伸びそうになる。


いやいや、待て待て


フルフルと頭を振る。

別にカップスープは生活必需品ではなくむしろ嗜好品。それならやっぱり美味しいのを買おう。美味しいのを。


そして、やっぱクノールだろう。クノールと。


そこでまた、3袋入りと8袋入りで迷う。

いや、中国で買ったら、高いよ?まとめ買いしろ!自分!(←まとめ買いが苦手な人)


そして、最後の難関である。


ポタージュ(じゃがいも)とコーンポタージュ、芋ぽたが安売りしていた。30円ほど安い。

芋ぽた二つにするか、コンポタと芋ぽたと二つにするかで悩んだ。


私の母はですね。スーパーの冷凍ガニはまずいからダメだと言って、もし蟹の産地に赴いて食事をしていて蟹が食べれたらいくらだろうとズバッとスパッと払う人ですよ。父も食い道楽、気にしはしない。


その娘が、30円の差額で頭を悩ます。世界とは不思議なものである。親子だからと言って、お金の使い方が同じだとは限らない。

しかし、結局は芋ぽたとコンポタをカゴに入れ別のルートで買い物をしていた母と落ち合う。


「あ、それはダメよ」

「クノールじゃダメなの?」

「つぶたっぷりの方がいいのよ」

「……」


つぶがたっぷりなのかどうかなんてどうでもいい。

それは、値段は同じなのか?


「なかったの?」

「あ、はいはい。見てきます」


ちなみにこのスープを飲むのは、息子と私で母ではない。キコキコとカートを戻して棚に戻る。


お、同じ値段だな。


つぶたっぷりを持ち上げて交換し、それから、来た道を戻りながら、また、大いに悩んだ。

何にって……


味の素さん、なんで中身が違うのに値段が同じなの?

というか、つぶたっぷりが好きな人と嫌いな人がいるの?

このカラクリはなんでしょう?

ちなみにコンポタと芋ぽたはやっぱコンポタの方が人気があるってことでいいんでしょうか?


味の素の内情を何パターンにも分けて推測しつつ、母の元に戻る。


「あと何が欲しいの?」

「だし、かな?」


まとめ買いをしない人間なのである。ちょっとずつ買うと割高になってしまうこともあるけれど、私はどちらかというとフードロスを徹底的に排除して節約する型の人間なので。つまりは、いらないものはとにかく買わない。


「これにしようかな」

「ダメよー」


笑える……。食いしん坊アゲインである。


「これが美味しいのよ!」

「ああ、これが美味しいのか」


母はかなり真剣に食材を長年見てきていて、しかも、この人、きちんとしたものから所謂インスタントやジャンクまで幅広いのである。野生の勘からさまざまなものを試してきていて、確かに母の薦めるものは美味しいし、私の舌に合う。当たり前だ。母の味の好みで育てられてるんだから。


「どのぐらい買うの?」

「うーんと……」(←買っても使わないかもなと迷う。まとめ買いのできない人)

「こんなんいくらでも持ってけるでしょっ」


どさどさどさ


「買ったげるわよ」


そう言って可愛い顔で笑う。そして、自分のカートに出汁の素をどさどさ入れた。

母は娘にものを買うのが好きなのである。歳を取っても大人になった子供に自分が何かしてあげられることがある。

そう実感するからか、あるいは、私がもっと子供だった頃のことを思い出すからか。


歳をとって体がどんどん弱くなってきて、周りに気を使われるようになると、きっとみんな頼られたくなるものなのだと思う。

だから、出汁を買いたいのである。


「ありがとう」


ちゃんと使い切るだろうか……

心配しながらレジへ向かう。これ以外に海苔好きな息子のために海苔やらおにぎりのためのおむすびやまやら、地味な買い物を地味にして、しかし、自分としてはホクホクとした気持ちでレジに並ぶ。


「ちょっとトイレ行ってきていい?」


お財布を預けて、母がトイレへ消える。私はカートを二つ、レジへと流す。まずは母の会計を済ます。


「ええっと、買い物カードってこれですか?」

「ああ、はい、これです」


スーパーのポイントカードがある。よくわからないのでお店の人に聞いた。


「お支払い方法は」

「現金で」

「では、あちらに」


なに?


3年ぶりのスーパーです。一部無人化が進んでいるのね。


「ああ、すみません。こっちは別なんで」

「あ、わかってますよ」


二つのカートに二つの財布。それに慣れない決済方法。レジの後ろ並んでるし。

プチであたふたとしました。なんとかなった。しかし、お釣りをたっぷり食らってしまった。小銭をちまちま入れられなかったんです。


やれやれ


そもそももう随分前から、現金決済をしておりません。小銭を出す訓練が足りないんですよ。とほほ。


「ごめんごめん」


母が戻ってきました。


「あ、袋もらうの、忘れた」

「あるわよ」


物持ちな母は、私の分のエコバックも余裕で持ってた。自分のお金で買ったものをタラタラとエコバックに入れる。


「ほら」

「あ、ありがと」


母が私のエコバックに母のお金で買った出汁を投げ入れてくる。


「あ、まだあった」


シュッと投げて、どさっと入る。母の袋を見ると、またまたどっさりと色々なものを買っている。


それをみながら淡々と思う。


昔の母なら……


私の生活を心配して、私のカートに入ったものまで全て払おうとしたでしょう。別に払ってもらったって良かった。今となってはですね、もし、私のものを母が払うことで何か、頼られている気持ちが湧いて元気になったりそういうことがあるなら、自分で払うとか払わないとかそんなことどうでもいいんです。


ただ、以前の自分、昔もっと金銭的に余裕がない自分なら、払ってもらうことに複雑な気持ちになったかもしれない。ありがたいと思いつつ、複雑な気持ちに。自分はまだ親に何かしてもらわなければならない未熟な人間なのかという惨めな気分に。


主人が、私たちが思っていた以上に収入を伸ばしました。私自身もずっと働いていて、転職をすることになりましたが同じ水準で転職できることになった。給与が下がるかもしれないと覚悟していたので、心底ホッとした。ありがたいことです。


中国人に嫁ぐと決まった時、父も母も経済的な面でも大いに心配したと思うんです。それが、今は心配しなくても大丈夫だってわかってる。


だから、母がそれでも私の出汁を買いたがるのは、心配ではなくそれでも何かしてあげたい親心なんだよなと。


こんなふうに買い物できる今日があって本当によかったよな。

お金があることって本当に大切です。

大切なことですね。


汪海妹

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― 新着の感想 ―
[一言] 汪海妹様 いつもしみじみ拝読しております<(_ _)>(*^-^*) ほのぼのな里帰りとお買い物風景ですね! わたしも幸せを味わえました<(_ _)>(*^-^*) ではまた! ま…
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