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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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助からないと













   助からないと

   2022.09.12












日本にいる父が今、術後で入院中なんです。もともと約20年前に胃癌を患ってました。幸い転移をせず、術後定期的に医学観察をしながら暮らしてきた。今回は転移をしたというのとはまた違うのでしょうが別の位置に癌ができました。もう70代ですが、検査の結果手術できる体力があると診断されて手術をしたのです。


細かいところを忘れてしまった。胆嚢と肝臓と膵臓と胃と腸が繋がる部分だったと確か言っていた。


そこを切って転移のリスクをできるだけ避けるために病気の部位だけでなく大きく取るのだと。その後、糸でつなげられた残った臓器が細胞分裂を繰り返してくっつくのを入院しながら待っているんです。くっ付いたら退院できる。


そんな父から休日の朝電話がかかってくる。動画で受けました。


食べるとまだ食べ物が漏れるらしい。今、体内から体に袋が付けられていて、食べ物を食べて腸や間から漏れるとその袋に出てくるようになっていると言っていた。食べてみて出てきたら、食事をやめて点滴になる。しばらく点滴で過ごした後にまた食事をしてみる。その繰り返しだそうで、入院してから20日過ぎました。


今はコロナだから家族もお見舞いに行けない。

寂しいから30日で退院したいと言っていた。

お医者さんに言われたんだって、最速で30日で退院できると。それに期待して、今日は何歩歩いたと毎日連絡が来てた。

でも、なかなか内臓はくっつかない。だから、最速での退院はダメになったって、落ち込んだメッセージも来てた。


とほほ


最近はこれがお気に入りで、我が父、乱用している。あまりに高頻度で使っており味がないと思ったのか


ほとと


不思議な造語を作り始めた。日本語、壊すな、お父さん。文部科学省に怒られるぞ。


「○ちゃんに顔見せとこうと思って」


そう言ってビデオで通話してきた。


「すっかりこけたでしょ?」


それが……、想像していたより痩せてなかった。点滴で暮らしてるっていうからかなり心配していましたが……。

それから、自分の体の状態について質問して答えてもらう。


いやいや、あのね、感想一言


点滴、すげー!


食べ物食べずに点滴で過ごしてるのに、思ったより痩せてないし、話していると普通に頭も回転しているし、リハビリだと言って歩いているらしいし。確かに体力は落ちているそうだけど、でも、ちゃんとしてる!思ったよりちゃんとしてる!


ありえねえ、ただの液体で人が生きてる。


むしろ、かみかみごっくんとか、トントンぐつぐつとか、トコトコこれいくらとか、

そんな、ソーンなありとあらゆる手間ひまをかけずに、人間液体だけで生きていけばいんじゃね?

冷蔵庫いらないんじゃね?台所も。


一瞬、ふっとそんなことを思う。

その後、思った。


いや、多分高い。普通の食事より高いぞ。これ。


チーン


流石にコスト計算できないわ。医学はさっぱわかんね。


「ね、こけたでしょ?」

「うーんと」


なぜかこけた自慢をしたがる、父。


「あ、看護師さん、どうも」


不意に、カメラを看護師さんに向ける父。こら!(看護師さんの)撮影許可を取れ!


「あ、どーもー」

「二番目の娘なんです」

「どうもお世話になっております」


くっ、つうか、それより俺だ。ノーメイク、起きたままのかっこ、極め付け、顔まだ洗ってねえ。

でも、懐かしい故郷の看護師さんは、ニコニコしてくれた。日本の病院は本当にいいですね。


きっと老齢とはいえ人一倍なつこい性格の父のことです。この人、四番目の末っ子だからね。

きっと看護師さんとも友達みたくペラペラ色々話してたんでしょう。

忙しくても笑顔で答えてくれてると思うんですよね。日本の看護師さんは。


家族も見舞いに行けないし、大病を患ってるし、高齢だし、でも、何もしてあげられない。

それでも父が入院しているのが、日本の病院でよかった。日本のサービスの良さは知っています。

それに、この短い動画で看護師さんの笑顔を見れた。病院の雰囲気が伝わった気がします。

病院の、というか、父をめぐる雰囲気が。

私は人の笑い方をみると、いろいろ見える人間なので。安心した。


そうだそうだ。忘れてた。息子を呼んで挨拶させる。


「ああ、○○には見せたくなかったのに」


こけたこけたと気にする父。孫に顔を見せたくなかったらしい。

でも、思ったよりピンピンしてるし、別に息子もショックは受けないだろう。


それから、手術について話しました。今回、早くて4時間ほどで終わる予定だった手術がことのほか延びたんですね。原因はお腹を開けてみたら、20年前にした胃癌の手術が原因で血管や臓器の癒着が酷かったのだって。それを丁寧に剥がしてもらったので、すごい時間がかかったのだそうです。


「朝の9時に始まって夜の9時ぐらいに終わったらしいんだよ」

「うん」


最初の1〜2時間は麻酔をかける準備段階だと言っていた気がします。その後外科手術担当のお医者さんが入って手術したのかなと。


「お医者さんってね、手術始めると立ちっぱなしで、ご飯も食べないんだってさ」

「うん」


途中で交代があるのかどうかわからない。医療ドラマなんか見ているとメインドクターが難しいところをやって、簡単なところはサブドクターに任せているように思うけどね。ま、でも、過酷であることに変わりはないですね。


「こんな年寄りのためにせっせと時間と手間かけてもらってさ」

「うん」

「これはもう助からないとなと思った」

「そっか」


父の内臓の癒着を一生懸命時間をかけて剥がしてくれたお医者さんたちを思い浮かべました。

70過ぎの人間の体です。そこでその顔も知らない人たちが一生懸命努力してもね、若い人に対するのとやっぱりその後生きる長さが違うわけじゃないですか。


だから、年寄りは手を抜いて若者は丁寧にする。

そんなことはもちろんないし、できないですよね?


そんなことしたら問題になるからお医者さんは手抜きをしなかったのかもしれません。

そう考えることだってできる。


ただ……


そういう見方よりもやっぱり、この世の中にはいいお医者さんや看護師さんがいて、老人だろうが若者だろうが子供だろうが、分け隔てなく一生懸命治療してくれるんだと思う。それをありがたいと思う。


一生懸命やってくれたことに対して報いるためには、一生懸命生きる。

もう70だしってぶつぶつ死に対する不安や自分の体が思うようにならない愚痴を周りの人にぶつけるのではなくて、

お医者さんが食事も取らずに立ちっぱなしで、一生懸命手術してくれたのだから、

70だけど頑張らないとと。


体というのも大事だけど、心というのも非常に大事だと思うんです。

体が衰えてきた時は特に。


アップルのスティーブ・ジョブズは、癌の治療をしながら、自分の余命を知りながら、それでもギリギリまで仕事をしていたそうです。


人間は死から逃れることはできませんが、どんなふうに死ぬかは選ぶことができる。死を間近にしてそれでも、仕事をしろと言いたいわけではないんです。


自分が死ぬという最大の困難を抱えても、

自分のことではなくて他人のことを考えることができる。

それはなんて美しい姿だろうと思うのです。


そういう心の強さはやはり修練しなければ身につかないものではないかと思ってます。

人は顔と体を磨くことに必死になるものですが、ただ、そこにやはり心も加えなければ。

人が美しいというのは顔かたちだけによるものではないと思うのです。特に歳を取ってくれば。


「50代の時は、胃を切ったけど」

「うん」

「すぐくっついたんだよ」

「うん」

「でも、70代になるとなかなかだね」

「そうだね」

「○ちゃんもさ、お父さんの子供だからさ」

「うん」

「DNAが同じだからそのうち癌になると思うのよ」

「うん」

「予告しといてあげよう。君もくっつかないよ」

「……」

「簡単にはくっつかないよ、はははは」


父らしく、最後には私も癌になる宣言をして喜んでいた。

でもね、お父さん、私……、どっちかっていうと体も顔もお母さんに似てると思うのよ。

お父さんと同じ病気になるとは決まってないけどね。お母さんやおじいちゃん(母方)系列の病気になる気がする。

冷え性でも便秘症でもないし。


「くっつかないよぉ、はははは」


ま、笑っているから、いいか。はたらく細胞によると笑うと確か免疫細胞が活性化するのではなかったかね?


汪海妹


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