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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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バターがない














バターがない













最近の出来事をざっくばらんに語ろう。義兄の息子、中国の方の甥っ子が安徽省の田舎からはるばる高速鉄道、いわゆる『ガオティエ』に乗ってやってきた。小学校3年生である。うちの子も、こんな頃はまぢ、天使だったよ。声変わりしてなかったしな。そして、主人はやっぱり血が繋がってるからね、わりと可愛がるわけですよ。朝から晩まで「チェンチェン」と甥っ子を呼び、追いかけまわすわけ。それで息子に尋ねた。


「弟にお父さん取られたお兄ちゃんみたいな気持ちになった?」

「全然」


うちの子は一人っ子で、そりゃもう、おじいちゃん(存命の頃)、おばあちゃん、お父さん、お母さん(私)にチヤホヤされながら育った。中国側の初孫だから。それで、基本は、大人「うざー」のスタンスなわけですよ。なんせほら、1対3だからさ。


そのため、仕事から帰ってくると息子に付きまとう父親が寄ってこなくても、おばあちゃんがチェンチェンにばかりかかりきりでも、息子、涼しい顔をしていた。それにほら、お母さんはそこまでチェンチェンにのめり込まないからな。何せ、ベッド取られたし、血は繋がってないしな。


しかしだな、こんな私も、徐々にソファーでも寝られて心が安定してくると、チェンチェンに気を使うわけです。


「パンを食べるか、ご飯を食べるか」

「パン」

「お前は牛乳を飲むのか」

「飲む」


朝ごはんを準備してやる。これがまた大変なんだ。なぜって、安徽の田舎に住んでるチェンチェンは、洋風のものを食べ慣れてないので、日本人である私と半分日本人である息子が普段食べているものが口に合わないのよ。


「このソーセージはどうだ?」

「うげえ」


主人が買った、ハーブ入りのイギリスソーセージは、チェンチェンの口には合わなかった。もう一個食べられないものがある。


「この黄色いの嫌だ」

「え、そうなの?」


トーストの上に載せた溶かしバターが口に合わなかったのである。


バターはね、みなさん、子供の頃から食べ慣れていないと、まずいものなんですってよ。とほほ。無類のバター好きとしては、寂しいが、致し方ない。


「卵がない」

「ここにあるよ」

「ゆで卵はやだ」


みなさん、子供ってね、大変なんですよ。おばあちゃんのゆでたゆで卵を食べない。その日の朝、私は息子にいつもの目玉焼きを焼いた。彼の好みは白身だけ固めた黄身は生の目玉焼きだ。そして、お弁当用に焼いた卵焼きの残りを自分が食べてた。からの、彼のために焼いた目玉焼きをスルーし、息子が卵焼きに手を出した。自分のものを取られても嬉しいのが母である。


而して、訳のわからないバライティでもって、その時テーブルには、おばあちゃんのゆでたゆで卵が二つと、目玉焼きと、卵焼きがあった。卵料理がシノギを削っていた。


「これ、あげていいよ」


さすが、生まれた時から3人の大人にチヤホヤされ、日本に行ったらさらに母方の親族にチヤホヤされながら育った息子は余裕である。母の愛を込めて白身だけ固めた目玉焼きをいとこに譲りやがった。


でもね、息子よ。ここで君に教えてあげよう。


生の目玉焼きにこだわってるのは君だけで、普通はもそっと焼いて食うんだよ。私も君に合わせてるからこんな生なだけで、一人分作る時は焼くわよ。


「こ、これ、食えるか?」

「……」


こっちのちびっ子はゆで卵を拒否し、こっちの思春期男子は、生の目玉焼き以外を拒否する。スクランブルエッグは食べるし、卵焼きもオムレツも食べるが、黄身がきっちり固まった目玉焼きとゆで卵は、食べ物と認めず、全て残すのが我が息子である。パサパサするのがいやらしい。


みなさん、子供ってね、結構大変なんですよ……


ちびっ子は箸で目玉をツンツンした。


「食えない」

「だよねー」


そこで、一度出来上がった目玉焼き(白身だけを固め、形を崩さずに皿に乗せるのはそれなりに大変だ)をもう一度フライパンに戻し、焼く。


じじじ……


朝から、卵焼き焼いて、切って、お弁当箱に詰めて残りをお皿に乗せ、皿に目玉焼きを焼いてさ、それから3人分のトースト焼いて、バターは要らないと言われ、私用の卵焼きは奪われ、そして、せっかくきれいに焼いた完璧生の目玉焼きに、


もう一度焼き入れるんか……、とかくこの世はままならずってか。


ちなみに、生にこだわる息子のために、私は日系の業者さんが中国で販売している 伊勢の卵 という高級卵をせっせと買っているのである。生で卵を食べて喜ぶ変態は日本人ぐらいで、中国人は生で卵を食べないので、中国で普通に売っている卵を生で食べるのは、アドベンチャーである。


おばあちゃんには悪いけど、おばあちゃんが普通にそこらで買ってくる卵と黄身の色も大きさも違う。立派な卵である。


デデン!(目玉焼きを焼き直しながら、浮浪雲の効果音をつけてみる)


それを、崩れないようにきれいに焼くのが私の朝の日課なのである。なのであるが……


めんどくさ!


なんで、奴隷のように何度も卵を焼かねばあかんねん。


そこで、女は、フライ返しで目玉焼きをひっくり返して両面焼いた!テラリラリ!アチョー!


なぜかカンフーっぽい掛け声までかけて、目玉焼きを焼き直し、食卓へもう一度運ぶ。


「これでいいか?」


すると、ゆで卵は嫌で、目玉焼きが好きな甥っ子は、ハグハグっと目玉焼きを熱心に食べた。


……ちょっと情が湧いた。


なんつうか、我らは親戚であるが、しかし、ちびっ子はまだ子供である。突然ポンと親に置いていかれても、他人の家である、心許ない。子供が遠慮しないなんて思ってはならない。子供というのは結構大人の顔色伺ってる。だからさっき、チビは一瞬、自分は食べられない生の目玉焼きをじっと睨み、我慢して食うかと逡巡したのだよ。


家政婦はみた!というか、おばさんは見てたぞ!


こんな遠慮しながら他人の家にいなきゃいけないなんて、大変なこった。でも、目玉焼きはちゃんと焼き直したら、うまそうに食ったな。ちょっと飼育員になったというと、甥っ子に失礼だが、自分が作ったものを子供がはぐはぐ食べているのをみるのは、微妙になんか情が湧くぞ。


私と息子はハムもソーセージも好みがあって、中華っぽい味付けのものは全く受け付けないのである。この前もとあるソーセージを「二度と買わないで!」と王子様(息子)に言われまして、うちに出禁になったソーセージがある。


しかし反対にちびっ子は、中華っぽい味付けじゃないとダメなんである。ちびっ子用のソーセージを買ってやるか。


しばし考える。


そして、次の日だ。


「おばあちゃん、チェンチェンの目玉焼きは私がついでに焼くか?」


昨日の今日で、聞いてみた。おばあちゃんもゆで卵茹でたり、一個だけ目玉焼き焼いたり、めんどくさいだろう。私がついでに焼いてやるかと思ったのだ。


「いや、いい!」

「あ、はい……」


我が家の七不思議というか、非合理的体制というか、おばあちゃんと私は常に台所でシノギを削っている。息子は私の領地となったが、旦那は彼女の領地であり、ここに新たに奪い合う領地が現れた(甥っ子)が、これは彼女にとっては敵(私)に渡せる訳のない神聖な領地なのだ。


しかし、ドラマティックに書いてみても、実際は別々に卵を焼くことで、ガス代が余計にかかっているだけだ。南無三!


やれやれ今日も仕事だよーと思いながら、トーストをトースターに入れる。トーストに関してはおばあちゃんもこだわりはなく、私が3人分焼くのである。


「メッシーできた?」

「あいよー」


学校では、冷めた思春期を装っている息子も、家では外だけおっきくなった中身はまだまだ甘えんぼ。パン皿に焼いたトーストを乗せる。


「なんでバターないの?」

「ん?」


この時、我々はしばし見つめあった。


「切らしちゃったんだよ。今日、買ってくるからさ」

「そなの?」


今までだって、バターを切らしたことなんて何度もあって、我らのトーストの上には、バターはあったりなかったりだったんですよ。うちの息子、それに対してただの一度も文句言ったことなかったんです。つまりは、バターは好きだけど、別にそれがなくても文句言うほどのこだわりはなかったわけ。


王子様のこだわりは、生まれた時から今までいつ何時だって、息子ファーストで彼を優先させてきたお母さんが、甥っ子に合わせてバターを省略した、このポイントにあったわけ。生まれて初めての


「バターがない」


発言だ。


か、かわいい……


大きくなってくると、子供の頃みたいにストレートにものを言わなくなるから、お母さんは、多分今、こうなんだろうなと思いながら、皆まで言わず、皆まで言わさず会話していくようになるのだけど、久々の直球でしたよね。バターがない。


余裕のよっちゃんの化けの皮が一瞬剥がれる。やっぱりいっつも自分にかかりっきりのお父さんやおばあちゃん、更にお母さんまで新しくきたちびっ子のこと先に考えてたら、ざわざわするわよね。弟ができて、お父さんお母さんを取られるお兄ちゃんの気持ちがちょっとはわかったか?息子よ。


ちなみに、上記とはちょっと関係のない話だが、ソファーでとにかく寝ないといけない自分。毎日掃除機をかけ、ファブリーズする。エアコンはかけすぎない。ソファーで寝るのは仕方ないが、少しでも快適に過ごせるよう闘い始めた。からの、寝不足が続いていたためとある日に早い時間にころりとネタ。息子より早く寝てしまった。そして、翌朝、


「あれ、昨日の夜、あんた、お母さん寝てからお風呂入った?」

「うん」

「えー、全然わかんなかった。すっごいぐっすり寝てた。髪の毛乾かさなかったの?」


我が家のみんなはリビングで髪を乾かす。その音にも気づかないくらい久々にぐっすり寝てたんだなと思いながら、息子に話しかけてた。ところが違った。


「乾かしたけど、自分の部屋で乾かしたから」

「え?」


別にたいした話ではない。いつものようにリビングで髪を乾かそうと思ったら、お母さんが寝てたからドライヤーを持って自分の部屋で乾かしただけだ。ヒジョーに当たり前の話だ。


ただし、ワタクシは感動しました。


この前、某ご一行が真夜中にパレードみたいに帰ってきて、その次は、明け方からなんか台所でガチャガチャやられて、通常仕様で不眠な自分がさらにハイグレードな不眠状態で心がカサカサになっていた。そんな乾いてた心に、お母さんが寝れるようにって自分の部屋にドライヤー持ち込んでくれた優しさが沁みた。


あんた、よくこの悪気はないのだけど、ハイパーに気の利かないお父さんの血を継ぎながら、こんな気の使い方できるわねー。


身も蓋もない感想が立ち上がる。


親子って不思議である。親子であってもわりと、性格が異なることもある。うちの息子は嫁姑の間に幼い頃から立たされているので、わりと、女心はわかってるかもだよ。旦那よりな。息子は、ほら、おばあちゃんとお母さんと二股かけて付き合っているような、そんな立場だったりしたわけさ。


ごめん!そして、ありがとう!!ついでに言うと、お父さんに君の爪の垢を煎じて飲ましてやってくれ。おっとっと、ちょっと言いすぎたかな?クワバラクワバラ。私も口が悪いものでね。


汪海妹

2025.07.07



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