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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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雲の切れ間












   雲の切れ間

   2022.03.05











   

 いいお父さん、いいお母さんという言い方がありますが、あれは気をつけて使ったほうがいいとおもうんです。

 なぜかといえば、親という職業は点数をつけられるものではない。大抵の親御さんが迷いながらやっているものなのではないんですかね?


 会社で仕事をしていると、息子の担任の先生から電話が入る。何か用事があるとSMSは受け取りますが、電話は珍しいなと。ちょっと思ってから取りました。聞くと、オンライン授業の途中で息子が抜けてしまったというのです。私には言っていませんでしたが、最近そういうことが増えていると。


「心配しています」


 怒っているのではなく心配していると先生は言いました。


 顔を見ながらの話の方がいいかなと。急ぎではないというので夜に話すことにして先生からの電話を切りました。


 コロナの時期に学校に普通に通えない。家にひきごもりがちになる。それがきっかけで不登校になる子が増えているようなんですね。実際に不登校になってしまった知人がいて、その子はうちの息子と似ていて、とてもゲームが好きな子なんです。ゲームに依存しがちな生活で、学校に通えない時期に生活のバランスをゲームの方に崩してしまった。学校が再開したけど、うまく元の生活に馴染めなかった。


 うちの子も同様のケースになりはしないかと途端に心配になりました。


 私が、出勤しているからそばにいない。主人も。おばあちゃんはそばにいるけれど、やっぱり買い物とか付き合いとかで家を空けることがあって、1人で家にいてオンライン授業を受けていることが多い。サボっていても誰もわからないんですね。


 自由にさせすぎて、結局それが息子をダメにするのかなと。

 厳しくしないとあの子のためにならないなと。


 仕事をして、創作もしていて、育児もする。

 私はちゃんとあの子の勉強をみてあげてただろうか。

 一緒に遊ぶ時間は大切にしてた。でも、勉強はもっとみてあげるべきだった。


 去年の担任の先生に注意された。もっと関心を持ってあげてくださいと。

 私が関心を示さないから、やる気を出せないのかなと。


 もっと楽な仕事に転職しようかな……。


 そんな仕事が外国でタイミング良く見つかるかどうかわからない。しかも収入は必ず落ちるでしょう。

 だけど、育児をしていておもうんです。お父さんもお母さんもバリバリ働いていたら、皺寄せは子供にゆく。

 お金で買えないものもある。子供が育ってゆくその時の時間です。

 

 私はちゃんとそばにいてあげられてるんだろうか。


 問題が不登校とかそういう、具体的な形になって出てくる前に、ちゃんとそばにいて話を聞いてあげないと。


 色々な意味で悩みました。


 自分は育つ過程で、親にされた嫌なことというのがあります。

 でも、親になってわかることがある。人間は完璧ではないもの。

 私も所謂いいお母さんではないわけですよ。私も息子に何かを残してしまうんです。消化できない石のようなもの。


 うちの親は過干渉でした。それが嫌だった。

 だけど、それを避けたいあまり、私は不干渉過ぎるのではないでしょうか?わからない。


 車を降りて歩く道すがら思った。

 ゲームを一切禁止しようかと。

 こんな問題を起こさないようになるまで。甘い顔をしていたら本人のためによくない。

 1週間か、そこらか。


 マンションについて、出入り口で健康コードをスキャンする。エレベーターで上に上がる。

 自分の家のドアをノックすると、息子がドアを開けて輝くような笑顔で私を見ました。


 ちっちゃな頃から何度も何度も、この子は私が帰ってくるのを待ってるんです。いつもドアを開けて出迎えてくれる。

 寂しい思いをさせていて、それを親に気を使って私たちに見せずにいるうちに深刻な問題を心の中で起こして、この子が学校に通えなくなったりしたらどうしよう?


「PCR検査いこう」


 そう言ったら、靴下を探して走り回る。いつもの息子でした。授業をサボってるなんてそんなこと全然知らなかったし、何か問題があるようには全然見えない。

 

 エレベーターで2人で下に降りる。あのねあのねと話したい話を繰り出す子に向かって言いました。


「今日学校、どうだった?」

「普通だった」

「なんの授業だったの?」

「国語と算数と理科のテスト」

「そう」


 ぎゅっと手を繋ぎながら息子の顔を覗きました。


「お母さんね、今から話す話はお父さんにもおばあちゃんにも言わないから」

「……」

「2人だけの秘密にするから、だから、正直に答えて。今日、先生から電話が来ました。あなた、時々、授業に出てないんだって?」


 さっきまでキラキラしていた顔が一気に暗くなった。


 ああ、この子もいつの間にか、親に嘘をついたり隠し事をするくらい大きくなったのだなぁと思いました。学校はどうだったと聞いても、一度も問題があるなんてことなかったもの。


「どうしてなのか、聞きたいの。先生にも言わないから、本当のこと、教えて」


 それから息子は黙りました。少し泣きそうになりながら。握った手を時々撫でで、言葉を続ける。


「あのね、あなたは大丈夫だと思ってるのかもしれないけど、お母さんも先生も心配しています。小さなことをほっとくといつの間にか大きくなることもあるからね」


 学校が嫌いなの?先生の言い方が嫌だった?先生にも学校にも言わないから。お父さんにも、おばあちゃんにも。


「お母さんはあなたの味方だよ」


 私自身が、この子の最大の敵になることもある。

 それを理解した上で、上のような言葉を言った。


 生きるというのは本当に不思議なものです。

 自分がこんなことを言う日がくるなんてなぁ。


 もし、自分がこの子の最大の敵で、そして、私では手助けしてあげられないのなら、主人がすればいい。

 親というのは自分では良かれと思っていてしていても、それでも、子供の敵になってしまうことがあるのだと思うんです。

 自分の親ももしかしたらそうだったのかもしれませんよね。やっぱりこれは自分が親にならなければわからなかったことです。


 息子はずっと口を開きませんでした。

 息子の手を握りながら、ゆっくり話をしようとPCR検査を受けた後に、近くのマクドナルドへと向かいながら、息子が口を開くのを待ちました。


 学校に行けなくなってしまった子を知ってる。何人もいます。

 学校でいじめられたりしないか。とあることをきっかけに不登校にならないか。

 親はいつもそういうことを心配しながら生きている。


 私はちゃんとできてるのだろうか?お母さんを。

 私はいいお母さんですか?


 その評価をしてもいいのは世界でただ1人。あなただけです。

 私の子供である、あなただけ。


「宿題を……」

「うん」

「しなければならないのを忘れてて」

「うん」

「朝の会に出ている時に思い出して」

「うん」

「先生に怒られるのが怖くて、途中で出たの」


 それだけ言うと、立ち止まって泣き出してしまいました。


「やるのが嫌だったわけじゃないんだよね?」

「うん」

「真面目にやりたかったのに、できなくて、不真面目だと思われるのが嫌だったんだね」

「うん」


先生や、親からの評価というものは子供たちにとって、大人である私たちが思う以上に重いものである。

特に息子は、私に似て繊細なのかもしれません。


オンライン授業が始まる前は、学校でちゃんと連絡帳に宿題をメモしたりする時間がありました。オンラインではできない。それに、オンラインは授業で先生に直接渡すことができない。図工とか、音楽とか。リコーダーのテストの動画とか、図工の宿題のプリントとか、山のように色々なものをロイロノートでオンライン上で送らなければならない。


それをメモをとっていなかったし、そばに手伝う大人もいないので、何度も忘れました。

先生に指摘されるたびに、自分をダメだと思ってしまったようなんです。


先生に怒られなければ、ダメな自分は存在しないと思い詰めて授業から逃げてしまうほどに。


ため息が出た。


子供というのは本当に、大人とは違う世界の中で生きているものだなぁと。

かつて、確かに自分もそんな世界にいたのだけれどね。

担任の先生はハキハキした女の先生です。ただ、出てないよと言っただけ。

世の中には色々な人がいる。私や息子のように人の評価や表情、感情にとても敏感な人もいるし、そうでない人もいる。

そこまで繊細ではない人は、たったそれだけのことでここまで落ち込む気持ちは理解できない。

だから、注意の仕方を変えるということは現実的ではないと思うんです。


それよりも、受け止め方を変えてほしい。


「あのね。子供というのはさ、経験が少ないですから」

「うん」

「まだ、うまく判断できないこともあると思うんです。お母さんは大人ですから、経験が多い。あなたよりもね」

「うん」

「だから、お母さんの判断を教えますから、参考にしてください」

「はい」

「普通の学校のシステムとオンラインのシステムは違います。方法が突然変わっちゃって、あなたがうまくできなかったわけ」

「うん」

「でも、ふざけてサボったのでも、授業の内容がわからなくてできなかったのでもない。システムの問題よ。やり方を工夫すれば忘れません。だから」

「だから?」

「あなたは不真面目でもダメでもない」

「……」

「どうすれば忘れずに全部できるか一緒に考えよう」


顔色の明るくなった息子と手を繋いでマクドナルドに向かいます。


どうやら息子は、こういうところは私に似たようだなと思う。主人はここまで繊細ではない。

前からなんとなく思ってた。息子は主人の評価にとても敏感なんですね。もちろん私の評価にも。

主人はそういう気持ちがわからないから、普通に色々言ってしまうんです。


その言葉は主人にとっては 1 の重さ。

でも、息子にとっては 10 の重さ。


愛していないわけではない。主人は息子が大好きです。でも、違う人間だから。

親子でも違う人間だから、気持ちがわからないのだよね。


きっとたくさんの親が、やってしまう。

本当はそうではないのに、不真面目にサボったのだろうとか、ゲームばっかりしていて勉強する気がないとか。


先に親が決めつけると思うんですね。子供を信じない。

不真面目でダメな子だと。

そして、その子の好きなもの、うちの息子ならゲームですが、それを取り上げる。


先に親が決めつける。だから、子供が親が思う通りのダメな子になる。最初からダメなわけじゃない。

だけど、決めつける親は子供の未来を心配しているわけで、そこにあるのは愛なんです。愛なんですよ。


「え、うそ?」

「ここで食べられないね」


苦労して辿り着いたマクドナルドは、コロナのためテークアウトのみ。しょうがないから買って家へと戻る。歩きながら言う。


「お腹すいたー」

「僕も」

「え、あんた、夕飯食べたでしょ?」


いつもは夕方におばあちゃんの夕飯を食べている。


「お母さんがスパゲッティ作るって言ってたから、食べないで待ってた」

「ええっ?」

「お腹すいた」

「ごめん」

「早く帰ろ」

「あ、でも、お母さん、限界」


ほっとしたら、疲れが出た。会社の車を途中で降り、自宅までウォーキング。PCR検査。マック往復。約2時間立ちっぱなし、歩いてました。


「ごめん」

「しょうがないな」


笑ってる。


その笑顔が雲の切れ間のようだなと思いました。

息子のことが心配で、真っ黒に曇ってしまった私の心の空に開いた雲の切れ間。


子供の心というのは難しい。きっと些細なことで、親子ってすれ違ってしまうと思うんです。愛し合っていても。

きっとどこの親子も何度もこんな瀬戸際を迎えるのだろうな。

そして、すれ違いを繰り返すと、いつか手が届かなくなってしまうんです。


昔、重要な考え方をくれた友達がいて、短所は長所というのですね。

私も息子も繊細すぎるところが短所で、そして長所だなと思います。

それを自分で理解して、繊細すぎるところを長所として生かして生きていく方法を探るべきだなと。


息子は先生になりたがっているんです。将来、どこかで方向は変わるかもしれません。

でも、今は先生になりたがっている。


繊細すぎて傷つきやすい経験を乗り越えて、ちゃんと大人になれたら、きっと生徒の気持ちのよくわかるいい先生になってくれるでしょう。




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