思いやりを行為で表す。
思いやりを行為で表す。
毎週空手を習っている先生が、日本で行われた世界選手権に出場した。次々と勝ち進んだのだが惜しくも試合中に怪我をしてしまって、現在中国で治療中なのです。
そんなある日、治療中の先生に励ましの動画を送ろうというプランがあると耳にして、『お前も参加してこい』と息子に連絡した。
送ったものの、息子が嫌だと言ったらそれ以上強要するつもりはなかった。中学生である、思春期である、反抗期である。嫌だと言ったら嫌である。平日だったし、めんどくさいだろう。
その時、ふと昔のことを思い出した。
私たちは昔、親戚と離れてポツンと東北に住んでいた。関西に住む祖父母とは疎遠で、特に父方の祖母とは疎遠だった。そんな祖母に折々父に言われて強制的にハガキや手紙を書かされていた。あれ、めんどくさかったなと。
めんどくさがると、感情豊かな父にお前ら(姉と私)は思いやりがないと詰られたな。懐かしい。
あの時は嫌だった父のあの、躾というか教育というか、親になった今、しみじみと懐かしい。
今になってやっと、先祖に対する思いというか感謝の気持ちを持つようになり、その頃には祖母はいない。時々、父方母方含め、祖父母について心で想っている。
祖父母が父、また母をこの世に生み出してくれなければ、私はこの世にいないのである。おじいちゃんやおばあちゃんのそばに住んでいなかったから、会える機会は限られていたけれど、会えた時にはもっとおじいちゃんやおばあちゃんのこと知ろうと努力してもよかったよなと、うっすらとちょぴっと悔やんでる。
血のつながりというのはやっぱり、尊いものだと思う。
しかし、祖父母はもうすでに他界してしまったので、しのごの言ってもしょうがない。心で時々思い出しては、空を見上げている。私は輪廻転生を信じているから、おじいちゃんおばあちゃんはもう空にはいないと思ってる(現世で青春してると思ってる)けど、とりあえず空を見上げる。
子供の頃とか、若い頃って、優しい気持ちとか思いやりがないわけではないけれど、それをどうすれば行為として表すことができるのか、方法を知らない。あるいは、何かしてあげることがあることに、うっかり気づかないものだと思う。
そこで子供のケツをそっと叩いて、仕掛ける黒子はやはり親なのだろう。半信半疑でやった行為とその結果から、子供は徐々に 思いやり を覚えるものだと思う。
息子はもう思春期で、反抗期で、背も伸びたし、声も低い。空手の技で来られたら、親もほうほうの体で逃げ出すしかないのであるが、しかし平日ではあるが素直に動画撮影に参加したようだった。
仕事から帰ってしばらくたつと、息子が戻ってきた。
それからしばらくして、空手を習っている子供達だけがパラパラと出てくる、ショートドラマチックな先生治療頑張ってねムービーがグルチャで届けられた。
大人にはお見舞金という形でいくばくかの応援ができるのだが、こういう心にガツンと届くものは、子供達にしかできないよなと思う。
「先生、すっごい喜んでたみたい」
「そう」
「いいよね!これ」
「ああ、もう何度も見ないでいいでしょ?」
思春期なんてこんなものだ。いいことだとわかっててやってはくれるが、恥ずかしいのだ。そして、10代の子にとって母とはキャピキャピとうざいものである。
思春期の頃は恥ずかしがっててもいい。時には反抗して素直にやってくれないこともあるかもしれない。ただ、やはり大人は子供達に思いやりの行為とはどういうことかというのを示してあげる必要がある。
たとえ、その時は反抗していやいややったものの、それは心からの行為でなかったり、あるいは反抗してそもそもしてくれなかったりしたとしても、その記憶は残る。いつか未来で必要な時にその経験が生きる。どうすれば人に思いやりを示せるのか、知っていると知らないでは大きな差があるのだ。
育児や躾というのは、未来に向かってタネを蒔くことである。私も昔、父にタネを蒔いてもらったのだ。私もそれを引き継いで、タネを蒔かねばなるまい。きっと一つ一つの経験が、未来の息子のためになっていると信じている。
汪海妹
2025.05.11




