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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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お父さん、ごめんなさい の周辺

長編の いつも空を見ている④ に第三章を追加しました。


お父さん、ごめんなさい というタイトルです。


いつも作品には作品の反省を込めて後書を書いているのですが、部分しか書いていないのにあとがき、うざいよなと思い、エッセイに反省文を書きます。すごくダラダラと書く予定ですので、うっかりと開いてしまった方、閉じてしまっても全く問題ございません。


で、何を書くか?


ううん、なんというか、自分という人間は、自分で自分のことをハッピーエンディング症候群と呼んでいますが、物事の綺麗な部分を中心に作品を書く傾向があります。


自分は絵を描くのが好きだったので、作品を一枚の絵画だとすると、絵画には色調というものがありますね。白や水色とか、明るい黄色とか、そういう色調で軽やかに描くのが好き、もとい、書くのが好き。


しかし、いつもいつも白ばっか使っててもイマイチ奥行きがないなと。

それで、作品の中に黒い要素を入れなくてはとそりゃもう当初からずっと書き続けてきています。


でも、悪役を書いてもだんだんいい人になっていってしまったり、いじめを書いても、モノホンのイジメの場面は避けて書いてしまったり、イマイチ黒の世界というか場面に入り込めない自分がずっといました。


今回の作品は、そこが少しだけ入り込めたな というのがわたしの反省文です。


わたしの今、創作という面で自分に感じている課題は、出来事や人間のあらゆる面を満遍なく書けないということで、これを乗り越えたいのです。


言い換えれば、わたしが書くと簡単にいえばみんないい人になってしまうので、人のいい面を見て生きていくことも、そういう作品を書くことも別に悪いことではないのだけど、ただ、どこまで作品を現実とリンクさせるのかってのが問題になってきます。つまりは、人のいい面だけを見て生きていけば、落とし穴に落ちることもある。実際自分は現実世界で何度か落とし穴にハマってますから。


こういう状態で生きてきて、自分はそんな自分の現実をまるっと無視して、作品の中だけは綺麗に幸せにまとめるのか?こういうはてなを抱えながら今まで書いてきたわけです。


人間はきっと 見たくないものを見ずに、現実に起きた嫌なことを自分なりに消化というか脚色して、自分の心を守りながら生きているんだと思います。だから、私の書く物語の優しい部分は、私の心を癒し支えてきたものたちであり、それだって嘘のようで嘘でない。意味のないものではない。


そういう、優しい虚構のどこを残し、どこを壊すのか、これがきっと創作というものなのだと漠然と思っております。


多分、自分が一番得意とするのは、心理描写だと思いますので、この心理描写は あまねく突き詰めていかねばなるまいと思ってまして、だから、自分と似たような優しい人の心ばかりのぞいていては あまねくとはいえない。


それともう一つ、これが一番怖い取り組みですが、自分で自分のことを優しいと評しておりますが、私は本当に優しいのかという話です。


自分が人間の心理描写を軸としていけるところまでいって、作品を書こうと思うならば、人間にはですね、蓋をしたその先の心というのがある。私は知ってる。人間というのは、自分で自分を騙して生きている存在です。つまりは、自分の本心に蓋をしてみないようにして生きているのです。


これを開けねばなるまい、というのが、私の取り組みになるでしょう。

ただし、この蓋、適当に開けると、心のバランスを崩します。


小説を書くというのは、スキューバーダイビングに似ている。深いところに潜って、何かを見つけて戻ってくるわけだけど、下手すると戻れなくなる。


まとまりのないままにダラダラと書くと宣言しましたので、こっから話がちょっとずれます。


自分の創作としての中間目標というか指針なのですが、自分は登場人物の感情をシームレスに繋げていきたいのです。自分がいうところの少女漫画的なものを書こうと決めてやってきましたが、その恋愛感情を中心においての展開に興味が持てなくなってしまいました。


恋愛感情を書くのが嫌なのではなくて、人間の感情というのは、恋愛感情のみで構成されているわけではないので、恋愛感情ばかり次から次へと書くようなプロットではバランスの悪さを感じてしまうのです。


いうならば、歪な人間を書いているというか、人間を書いていないような違和感です。

様々な人間の感情の一つとしての恋愛感情を書きたい。

そう思うと、不思議なもので、恋愛感情というもの自体が溶けるように感じます。

それは嫉妬だったり、束縛だったり、執着だったり、あるいは憧れだったり、守ってあげたい気持ちだったり、そういう本来は、好きだとか愛しているとかそんなふうに簡単に表せない様々な感情の総体であるはずで、それが、まるで何かのお菓子の型にはめて作成されるように、それぞれに違う感情を恋愛感情という型にはめ込めて言葉を綴っているような、強烈な違和感を覚えるようになりました。


恋愛感情ばかりを多く書こうとしたための、アレルギーみたいなものでしょうか。


自分のような隠れ乙女の人間が、小説を書いていて恋愛要素を書かなくなるなんてことはまずないと思いますが、恋愛感情ばかりを書いて、たとえば、不安、恐怖、劣等感、他にも色々ある感情を書かずに書き続けても、ま、意味はないなと思うに至りました。


様々な感情や様々な場面を書くためにプロットを立てて、なれないなりに書き続ければ、それは多分面白くはないものになっていくだろうなというのは予想できるのです。ただ、多分、自分はもう少し、色々な感情を文字に起こすことはできるような気がしますので、ま、結局今までと結論は同じなのですが、


自分にも漠然とこんな感じの面白いものを書いてみたいという気持ちはありつつ、

しかし、面白そうなものにワット飛びつくのを我慢して、まだしばらく遠回りを続けます。


自分が書けるものと、面白いからいつか書きたいなと思うものは実は微妙に違っていて、

尚且つ、はっきり言って、自分が一体どんな人間なのかさっぱりわかりません。

いまだに五里霧中です。一寸先は闇。

ただ、昔と少し違うのは、それが皆さんに受け入れられるものなのかどうかは分からなくても、自分は多分、自分でやるだけやったなと満足するまでは、心の中に浮かんでくる他人の心のようなものを捉える努力をすべきなのではないかと思うようになったということです。

そうやって書いたものが他人の人から見て面白いかどうかはまた別のことなんだよなと思う。


訳のわからないことをたくさん書いてしまいまして、大変失礼。本日のこの文章は魑魅魍魎な独り言です。


本当は、お父さん、ごめんなさい の反省文でしたよね。

かなり暗い話だったんですが、自分としては以前までの自分より一歩暗さや 清濁の 濁の部分に踏み込めたという点で良かったです。


次はできるだけ1ヶ月以内にまた きみどり② の部分になると思いますが、書いて発表できればと思います。


汪海妹

ほぼ独り言の日記でした。

これは、新作を発表した小説家にのみあげた文章です。

2025.05.05

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