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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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リトルヨーロッパ イン チャイナ













リトルヨーロッパ イン チャイナ












どこぞのヨーロッパの街のようであるが、この写真の中央の奥をよく見るとビルはあるし、この写真を撮った立ち位置から振り返れば、そこはヨーロッパではない。中国広東省東莞市の松山湖付近である。


これはあの有名な華為が東莞に造った華為村だ。私の住んでいる深圳市内から地下鉄とタクシーを乗り継いで1時間半強かかるところにある。週末ショートトリップである。友人と連れ立って訪れた。


松山湖華為村の遊歩道の入り口は、もはや屋台でごった返してる。むっちゃ中華な賑わいをかき分けてゆくと、レンタサイクル屋に辿り着く。待ち合わせた友人は皆、自転車に乗る格好をしていた。それに引き換え私は、お魚咥えたドラねこを追っかけるサザエさんのようだった。つまりは、めっちゃ普段着。


やべ、格好でもうすでに出遅れていると思った。しかしだな、私はあれである。本来なら洞窟の奥に住んでいて滅多にお日様を浴びないテレビミタガル人である。そんな人が週末にお日様の下にいるだけで偉いじゃないですか。お魚咥えたどらねこ追っかけスタイルで来て何が悪い!


それから生まれて初めて中国で自転車をレンタした。


「これ、ブレーキ、効くかな?」


ぶっちゃけ、命に関わる何かが起きても、ここは自己責任なとこあっからな。ブレーキなんか壊れててもしれっとレンタサイクルの山の中にポイっと紛れ込ませておくのがここの常套手段だぜ、と思いながら、非常に適当に山積みされたマウンテンバイクの中から自転車を選ぼうとする。


ちなみにマウンテンバイクとママチャリと二人乗りとか三人乗りの自転車とかいろんな自転車あったけど、マウンテンバイクは一日で1600円でした。さらにデポジットが16000円取られる。これは自転車返したら返ってくるお金だ。


マウンテンバイクなんて乗り慣れてない上に、自転車自体何年も乗っていなかった私は、お魚咥えたどらねこ追っかけスタイルで、決して長くはない足をあげて自転車に跨った。


「足がつく!」

「だからどうした?」

「それ、低すぎない?」


周りからやいのやいのと言われたが、足が余裕で着かなきゃ自転車なんか漕げるかっつうの。


「それ、一番低いよね?」


サドルの高さの設定につっこまれる。


すみませんね、脚、短いんです。見栄を張ってサドルを上げることはなく、余裕綽々で足が地面につく状態で漕ぎ出した。安全第一である。これがだな!これがだなー!!


久々の自転車でした。そして、私、マウンテンバイクとかあんま乗ったことない。


「ぎょえー」


右と左に数字のついた謎な何かがついていて、ギア変則ってやつですか?ペダルが軽すぎるのよっ!どれにすれば普通になるのかわからない。


「ぎょえええー」


松山湖、悲しいかな、めっちゃ人が多いねん。往年のお伊勢参り(江戸時代)かと思うくらいわさわさと、徒歩の家族づれ、ベビーカー、子供、恋人同士、合間に謎の弱虫ペダルもマッツアオなガチの競技自転車の人、婆さん、爺さん、ハラホロヒレ。


「ぎょえええー」


ハラホロヒレな人々が水族館の魚のように規則を無視して遊歩道を右往左往する間を、自転車の乗り方を忘れかけた、マウンテンバイクの軽すぎるペダルをふみふみしながら、標準の中国語を話せない日本人中年女性が突っ切る。


なんと!


しかしだな、挙動不審だとか、浮いてるとか、全くなくてみんな綺麗に我を無視した。みんながそれぞれの方向に自由にずれているので、挙動不審でも全く目立たないのだ。それが中国だ。


「大丈夫ですか?」

「怖いいいい」

「ええ?」


共に松山湖に集った日本人女性たちの眉を顰めさせた。しかしだな、ここからだぞよ。大和魂。えいや、こらさ。ハラホロヒレに視界や進行方向にトリッキーに入り込んでくる様々な人々を避けつつ、走行が安定するまでスピードを上げ、私は戦闘モードに入った。


いやっほう!


つうか、ギアか?軽いのに入れすぎてんだな。カチッとな。


よくわかんないまま、左をカチカチ入れ替えて、軽すぎてパタリと倒れそうなモードを入れ替えた。やれやれ。


そして、ふと思う。左はギアなんだろう。この右の七段階はなんぢゃ?


???


何もわからないままマウンテンバイク乗るなよ、ど素人が。自分で自分に悪態をつく。ちくしょー!ママチャリにしとけばよかったな。しかしである。松山湖のママチャリはやばいぐらいにダサかった。日本のママチャリなんかとは桁違いにダサい。人間の尊厳を奪うようなデザイン性のなさである。


今日は、お魚咥えた猫を追っかけスタイルできたが、それでも、それに輪をかけそうな呪いのママチャリ(レンタサイクル場に鬼のように積まれている)なんぞに乗るにはアチキはまだ、覚悟が決まっていないようで!女をそこまで捨てきれーん。


捨てきレーン、きれーん、きれーん……


松山湖に向かって叫んでみても、中国のいいところはみんな他人に無関心。ある程度の意味のない行動は、全くもって無視される。


やれやれ。


そして、スーパーサイヤ人ばりにスイッチ入った自分は、


「こんなさっか、なんだサッカ、くっダリざかっ」


坂のないところで不思議な歌を歌いつつ、いつもギャラリーの前では


「自分は文化系デェ」


とスポーツは全然できないアピールをしておきつつ、隠れ北斗の拳(?)的な頑張りでケンシロウもかくやと思うような、意外と実はサイクリング強者系?的な不思議な走りをしてみせた。シュタタタタ!


そして、フォトジェニックな風景の写真を撮らずにひた走る。本当は文章を書いているんだからもっと映える写真を気合を入れて撮るべきだったんだろうが、気合いはケンシロウばりに自転車を漕ぐことに注がれた。


デデン!


全く1円にもならず、これによってイケメンに惚れられるような可能性も1ミリもない無駄な行為であった。しかし、運動にはなった。


ゴーン……


ちなみにマウンテンバイクって調子に乗ってこぐとお尻が痛くなりますね。乗馬も痛くなると聞いたことがあるが。


よいしょ、よいしょと華為村の脇を漕ぐ。ちなみに華為村は華威の研修施設とか宿泊施設とかまた従業員の住居、図書館などの施設なのだそうだが、一般人は入れない。松山湖を挟んで向こう側に桃源郷を見るかな、我庶民。俳句できそうだな。季語なしでいいのかな。


松山湖 挟んで向こう 桃源郷


あ、庶民を入れそびれた。まぁいいか。松山湖の西側は、庶民が、ほえええっと埴輪になり、指を咥えて華為、すげーっと思うエリアに成り下がったぜ。


それからのお昼である。お弁当を持ってきて湖岸でピクニックしても素敵なポカポカ陽気だったのであるが、あいにくお弁当の持ち合わせなどなく、最寄りの友人の行きつけの韓国料理屋へ行くことになった。


「自転車で25分です」(片道)

「……」


ここから、首脳会議のような真剣さで皆で会議をする。


「もう、近くで間に合わせますか?」

「……」


私は食欲のためならえんらこやだ。そこらのなんちゃら山荘なんぞでヨーロピアンな街並みの麓で庶民としてど中華を食べるのは嫌だ。このど中華というのは、日本で喜ばれる小籠包とかそういうのではなく、どこにでもあるようなそこらの道端で食える庶民の食堂である。腹が満たされればいいがな!的な!


嫌だっ!今日は週末だもん。綺麗なもの見たもん。美味しいもの食べたいもん。しかしだな、私一人が食欲のためならエンラコやですでに1時間以上自転車を漕いだのに、さらに25分、往復で50分自転車を漕ごうと言っていいものか?


「25分ならまだどうにか、でも、50分漕ぐのはちょっと無理かも」


周りの雰囲気を読みつつ、先ほどまでケンシロウばりにガンガンバリバリ自転車漕いでいましたが、弱音を吐いてみた。デデン。


「じゃ、あのほにゃらら山荘だね」


山荘は嫌じゃ!ここで私の頭はフル回転した。


「80元(1600円)払いましたが、勇気を持って(?)、自転車はもう返してしまいましょう」

「え……」

「私たちはもう十分自転車に乗りました。ね?」(賛同を求めて横を見る)

「……」


この時、もう自転車に乗りたくないというか、普段運動不足のためにもう足がガタガタなのは自分だけなのかどうか友人たちの表情からは読み取れず、賭けでしたー!


「タクシーで韓国料理行きましょう!」


金がかかっても時間がかかっても、うまいもん食いたい。山荘は嫌じゃ。80元で借りた自転車をもう降りていいのかわからんかったが、運動不足の人が突然運動すると魔が忍び寄ると昔から言うではないか。つまり、碌でもないことになる。怪我をするとか、さ。で、このくらいで自分を許して、わしはうまいもん食うぞと。


「そお……」

「そお?」

「ね」


ヤッタアアアアア!ヴィクトリーである。


「タクシーで移動すればいいわよね」

「そうですね」


そこで、ケンシロウになり損ねた私たちはさっさと松山湖とレンタサイクルにアディオスして、タクシーに乗る。いやいやしかし、マウンテンバイクを返却してほっとした途端に、気が抜けたのか足がヨレヨレである。


「なんか思ってたより疲れてる」

「ほんとだね」

「あのまま乗ってたらやばかったかも」


運動不足万歳!車移動、楽だぜーーーー。


ヨーロピアンに背を向けて振り返れば、しっかりチャイナである


人の多い深圳から東莞でもゆったりとした区域である松山湖。街並みに人が少ないのをみただけでほっとする。自分が実は疲れているということに、人間は結構気がついていないものだ。


肉を焼く


お店には日本語ペラペラの朝鮮族のママがいた。昼は入らない店なのか、広い店内にいるのは我々のみ。貸切状態で肉を焼く。


「お腹すいたー」


ケンシロウとしてヒタ走った反動で、育ち盛りの子供のように腹が減っていた。肉用の調味料は三つ。粉の唐辛子粉末と焼き肉のたれとコチジャンと


「……」


こりゃなんだ?刻んだ青唐辛子かしら?食べてみた。


「青唐辛子にレモンが入ってます」

「おお」


青唐辛子に少しのニンニクとレモンだろうか。これはお店のオリジナルである。さっぱりとする。


日本に昔住んでいたという流暢な日本語のママとおしゃべりをしながら食事が進む。話は自然とお店に来る華為の職員、中国人の方が主だそうだが、の様子になった。


「すっごく疲れてて」

「ハァ」

「音楽とかうるさいから消してって言われるんです」

「あら」


私たち庶民は入らせてもらえない、ヨーロピアンなゴージャスなエリアの表と裏をふと感じる。世界的企業で給与も高いのだが、目標管理はかなり厳しく、その基準に応えるために皆長時間労働になる。ついていけなくなって途中で辞めていく人が多いとは聞いていた。


企業にも表と裏がある。光と影、世界的な成功の裏にだって、ちゃんと物語がある。人生を謳歌すべき若者が音楽すら聴きたくない状態でスマホでゲームをしながら黙々とお一人様焼き肉を焼くのである。他人との会話すら、疲れるからだ。


終わらないノルマ。仕事が終わってもそれは常に脳内で鳴り響いて、人間から音楽を聴く心の余裕を奪うのである。


一体全体、人間はいつから企業の子飼いのロボットになったのだろう?これでは21世紀の奴隷ではないか。


私はもともと物理的なものには大いに疑問を持っている人間で、そして、終わらない経済成長に対しても懐疑的だ。簡単にいうと、経済成長を続ければ環境破壊が止まらないだろうという考えがあるからだ。人間は進歩している部分と、発展的にアホになっている部分があり、進歩している部分で科学や医学を発展させ、アホになっている部分で戦争をして環境を破壊しているのである。


ま、簡単にこう終わらせてしまうと、世界を良くするために一生懸命頑張っている人たちに対して悪いのでここまでにしておこう。ただ現状を悲観するだけなら、猿にでもできる。猿が文句言ってきそうだが、慣用句なので許してくれ。


すげー、華為、すげー、と リトルヨーロッパ イン チャイナ にはしゃぎ、遊び回って写真も撮ったが、奇しくも同日に光を見て影も見た。そんな気分になった。


一人になって深圳へ帰る。タクシーに乗って駅から地下鉄に乗る。


体は疲れている。でも、それは頭脳の疲れとは別ですっきりとした疲れだった。体は疲れているけど、私はとても元気だった。


垣間見た影に世紀末のような妄想を寄せることはないだろう。私一人が悪い方へ悪い方へ考えたって、世界を動かしているのは私の妄想ではないのだから。どうせならもっといい方に妄想すべきである。


私が心配しなくたってみんな頑張っている。一人一人が一生懸命生きている。今、音楽を聴く元気が一時的になくなってしまっている元気のない人だって、時がくれば自分が決めた方向に向かって歩むことができる人である。人間は自分で思っている以上に実は強いものである。自分の足で立って歩むことができれば、たいていの状況は変えられる。戦争とかそういうことはまだここでは起きてないからね。


金がないのも悲惨だが、いくら金があったって自分がボロボロになってしまってはなぁ。やれやれ。


「松山湖楽しかったよ。今度一緒に行く?」

「行く」


春休み中の息子と再びサイクリングへゆく約束をした。彼は私に再び運動をさせようと目論んでいるのである。


汪海妹

2025.03.19




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