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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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ワルツ













  ワルツ













最近はよく なんでも鑑定団 を見ています。蒐集家が自信を持って集めたものが蓋を開けたら二束三文のものだったっていう番組の本筋も好きなのですが、それよりも自分の知らない色々な画家の案内をコンパクトに見られるから好きなのです。


日本にもこんなにたくさん色々な画家の人がいるんだなぁと思いながら見てる。高校の時に選択科目で美術を取っていましたが、それの延長のようなノリです。


今週は、カミーユ・クローデルのワルツにちなんだ作品が出ました。もちろん本物じゃないよ、複製版です。カミーユ・クローデルは、考える人で有名なロダンの年の離れた女弟子。才能にもめぐまれたが、かなりの美人でもある。ロダン40とカミーユ19の出会い。お互いの才能に惹かれ合い、やがてカミーユはロダンの弟子であるだけではなく愛人にもなりますが、その愛は破綻し、師であり愛した人であるロダンとの別れを彫刻という形にしたのがワルツです。


ワルツを見て思ったのは、いいなぁ〜ではないんですよ。なんていうのかなー。


これ、死ね死ね死ねって思いながら作ったんだろうなぁって思った。ははは!


冗談はさておき、死ね死ね死ねと言わんばかりの激しい憎しみを持ちながらも、それでもなお同じぐらいの激しさで愛している、そういうのがよく現れていると思うんです、ワルツには。その引き裂かれんばかりの苦しみ。


運命の恋人たちというのは激しく愛し合った後には、ズタズタに傷つけあうものなのではないでしょうかね?ロダンにはカミーユが必要だったろうし、カミーユにもロダンが必要だった。でも、最後には別れちゃった。


愛というのにも色々あって、激しく愛し合い、そして壊れてしまうこともあるだろうし、それに、壊れるからこそのとでもいうのかな?私にとってカミーユという女性は、壊れてしまうことまで含めてカミーユなのだと思うのです。


壊れることを恐れずに突き進んだからこそ激しかったのだと思う。


個人的にはロダンとの愛は私にはどうでもよくて、というかロダンがどうでもよい。カミーユの残した作品群ですね。彼女が己が壊れるのを恐れず生きて作らなければそれは形にならなかったでしょう。文字通り 心血 を注いでいるのです。


そして、彼女は人生の半ばで心を患ってしまい、後半生は病院で過ごすことになってしまう。もちろん彫像をすることもなく。


なんって残酷な人生。


芸術家の全てが激しいものでもなくて、芸術家だって一口に芸術家と言ってもいろいろな人がいるでしょう。だから、自己を損なうことが必ずしも創作活動だと言いたいわけでもない。しかし、心身を注ぎ込み、早逝する人も少なくないし、ゴッホだって晩年病院にいますよね。


生きるか死ぬかの思いを持って作られたものには、やはり我々は思わず足を止めて眺め入ってしまうのでしょうか。


私が大好きな言葉に、鋼の錬金術師の 等価交換の法則 があるんですが。


何かを得れば、それと 同等の価値の 何か を失う


もう一度同じ断りを入れる。創作活動というのは必ずしも自己を損ないながらそれを作品に注ぎ込むことではない。しかし、人生というのは、この地球というのは綺麗事だけで回っているわけではなく、私は個人としては 鋼の錬金術師の世界観に共感している。 何かを得れば 何かを失う。


カミーユが ぬるい恋愛をするような平凡な女だったなら、ワルツをはじめある一線を超えた作品はこの世に出なかったろう。美貌の天才彫刻家。時代を代表する彫刻家の愛人だった。ただし彼女は傑作と引き換えに正気を失った。


愛というのは主に光り輝くような形で描かれることが多いが、人間の愛情というのは正の感情だけで成り立つものでもないと私は思うんです。カミーユのワルツには愛と憎しみが描かれている。カミーユのような激しさまでいかなくとも、私たちの愛にだって、きらきら輝く感情の後ろに細やかな憎しみが隠されていることだってあるでしょう。


年老いた両親の前に立つ時、私の中にもそんな複雑な愛情があります。私の愛情はマーブルなんですよ。そのほとんどが愛情でできているけれど、淡く輝く美しい色に濃い色で線が混ざる。その線はマイナスな感情です。私の親への愛を塗りつぶすほどに強くはないけれど、愛なんて純白ではないぞ。作り物ではない本物の人間の感情はな。純白などであるはずがない。


カミーユのワルツは、像が全体的に傾いているのですが、それが愛というものの本質は不安定さなのだと叫んでるように思う。


殺したいほどに憎んでいるのに愛しているから殺せない。そして、別れられない、離れられない、その苦しみが見事につまってる。


これは本物を見にいきたいなと思う。


もう少し歳をとって、白髪頭の自分が、その白い髪に似合う綺麗な色の服で、まだちゃんと元気に歩いていて、本物のワルツの前に立ちたいなぁ。


カミーユ、ちゃんと会いに来たよと言ってあげたい。美貌の天才彫刻家。ロダンの地獄の門にはちょっと圧倒されないでもないけれど、しかし、私はロダンよりあなたが好きだよと伝えてあげたいのだ。


そんな空想をする。私の旅に、後ろに、従順な犬のように主人はついてくるかしら?長生きさせないといけないね。


いつか、いつか行きたい。中年になっても人はささやかな夢を持ちながら生きていくものだ。そうでなくてはならない。


2024.12.06

汪海妹

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