フグオの本懐
フグオの本懐
国慶節のお休みを目前に本日調整出勤でして、日曜日に起き出してきてニュースを見ようと思ってテレビをつけると、半透明なボディに白い斑点が浮き、必死に鰭を動かしている魚が映る。
「?」
彼は奄美何ちゃらフグだった。
本日、日曜日じゃないですか。休日出勤の人以外はまだ寝ている時間帯。ニュースはやっていなくって、フグが海底にサークルを作っていた。朝ごはんを食べながら、フグのオスが、サークルを作っている様子を眺める。それは、まぁ、家なんだろうけど、オープンカーみたいな家である。つまりは屋根がない。岩陰でもない。海水が右からも左からも365度から流れる、吹きっさらし、ならぬ流れっさらしなのだ。ま、でも、海底はそこまで流れは急ではないのかもしれないけどね。
落ち着かねー、家だな
と思いながらバター塗って焼いたトーストにマスタードを塗り、非常に薄く切られたサラミを載せ、葉っぱを載せた。ミックスサラダの葉であり、そこらから引っこ抜いてきたものではない。一応ここに記す。
ど素人が、のキングダムの桓騎になったつもりで冷たい目で画面の中のフグを見つめる。そんな冷たい視線の先で、フグは新鮮な体(寿司食ってる身からするとそうとしか思えない。ぴちぴちに新鮮だ。なんせ生きてる)をひらりひらりと光らせながら、自分の4倍ほどはあろうかと思うタイを威嚇してサークルから追い払い。このサークルをさらに城塞にするために泳ぎまくる。ちなみにサークルとは何かというと、海底の砂の上に放射線状に畝を作るのだ。それは真ん中に円形広場をもち、その周囲にひまわりの花びらのように盛り上がった部分と溝が交互にくるうねりを作る。さらにその外郭に花びらがもう一層ある。三段構造で、その感じは上から見ると、
こんな感じのクッキーがあったな
絞り出しで模様を作るクッキーの形に似ているが、あれは二段構造だ。フグはそして、マスタードとバターとサラミのハーモニーを楽しんでいる私の前で、ひらりひらりと新鮮な体をひねらせる。
そして、奄美なんちゃらフグはサークルをさらに増強させ……
「おおー」
ナレーターの解説とともに場面が変わる。改造後のサークルが映される。それはただの海底での砂遊びであるが、しかし、フグのやつ、やりやがった。もう、これは、絞り出しクッキーではないな!かなり気合の入った砂遊びだぞ!
建築物はそれなりの深さと厚みを持ち、三段構造を醸し出す。きっとフグは海流の穏やかなポイントを選んだのだろう。海流により更地にされることもなさそうだ。
頭の片隅で、このフグのために海底にコンクリでこの建造物を建ててやりたい気がしたが、(それはどんな魚にも海流にも飛ばされない永遠の巣である)それこそ余計なお世話なのだろうと思い、やめておいた。
フグは画面の中で、新鮮な美味しそうな体をひらりひらりと泳がせながら、この非常に原始的な建築物を一心に作っている。
じいんとした。なんか、サラリーマンみたい。このフグ。
コンクリ使ったらはえんじゃねえの?なんて邪な考えをつゆとも持たずに愚直に己の新鮮な体とただの海底の砂だけで延々とサークルを築く姿は、サラリーマンの姿と重なるぜ。
そして、とうとうその時が来た。絞り出しクッキーの真ん中に花嫁が来たのである。来た時点で既に孕んでた。
え、それ、他人の子供?
と一瞬哺乳類の頭で思う。魚類はあれだ。卵が先で受精が後でしたよね。そして、フグはオスメスどちらも新鮮だったが、メスの方がデカかった。オスが軽自動車でメスがバンだ。腹が卵ででかいから尚更でかい。
その後、花嫁きたらオスが寄ってってあっちゅうまにことは終わった。ちなみにそういう瞬間は砂が飛び散り見えんかった。
この時私は思った。神様、これ、全くの快楽抜きですが、同じ生物として不公平では?神様からお返事はなかった。フグはコンクリも使わず古来から同じ方法でサークルを建築し、快楽も抜きで子孫を繁栄させる。人間と比べてなんと不自由なことか。脳みそが小さいからか?しかし、進化を侮るなかれ。もしかしたら、ダーウィンもマッツアオな進化をフグが成し遂げ、いつぞや人間はフグを先祖とするフグ人間に支配され、
「あら、新鮮な人間」
などと言われ、回転寿司の皿の上に俺らが載ってるかもしれないやんけ!人間は美味しくアーリませんよ!
そんな自分の生物化学の基礎を無視した妄想はほっといて、画面の中ではフグの花嫁はさっさとどっかいってしまった。
え、産み逃げ?
それがフグの世界の常識らしい。その後である。産み落とされた卵の周りでかいがいしく泳ぎ回り、オスフグが新鮮な海水を送る。
二度目にじいんとした。卵が孵化する数日間の間、フグはたった一度快楽抜きで繋がった相手との子供のために頑張り続けるのだ。
やべえ、男の悲哀を感じるわ。つうか、花嫁、勝手すぎね?
人間の世界では男尊女卑なんて言葉もあるっちゃあるが、あちきの常識の範囲はまだまだ狭かったな。フグのメス、どうよ?家を作らせ、子供は産みっぱなし、優しい言葉もなく、することしたらさっさといなくなる。なんか、バンみたいで可愛くも全然ないし。
「それがフグの世界では普通ですが、なにか?」
どっかからフグ子の声が聞こえた。そしてフグオは、疲れた身体に鞭打ち新鮮な海水を送り続ける。やべ、死なないかな、このフグ。さっきまで寿司ネタとして見てた彼の心配をする。
そして、その時がやってきた。子供達の誕生である。海中に無数の命がちらばってゆく。子供達もあれだ。父親なんぞこれっぽっちも認識せずに去ってゆくのだ。
何のためにー!!!
フグオの代わりに画面の前で叫んでやった。奥様にも適当にされ、子供ときたら自分を父親とも認識せずにさっさと流れていった。
しかし、この時、私はもう一つのことに気づいたのである。つまりこういうことだ。フグオのことを愚直なリーマンとして認識していたが、それは誤りだ。純粋にまっすぐに生きてはいるが、フグオはバリバリのエリート中のエリートである。普通のフグではない!エクセレントフグである!フグの中のフグだ!
なんでそういうことになるのか?簡単だ。ダメなフグも普通のフグもどうなるかっちゅうと、
大人になれないのであるーーーーーーー!!!!!
さっき見たっしょ?あの、父親を父親とも認識せずにサクッと流されていくこちびたち。胡椒みたいだったじゃない。あんな生物がどうやって大きくなるのよ。ほとんどが死ぬっぺ。フグオの世界では、大きくなったこと自体が偉大なわけよ。つまりフグオは超エクセレントなエリートフグだった!
普通の人間であるアチキが冷たい視線で眺め、寿司ネタとしてうまそうなんて思ってはいけないお方だったわけです。総理大臣レベルの人だったかもしれない。
そして、最後の劇的な結論に大ショックを受けている私を残して、フグオは次のサークルを作るためにこの場を去っていった。
フグオーーーーーー!!!!
ではなくて、仕事に行かないと。やれやれ。小学校で同じだった同級生の99%が死ぬのがフグの世界なのかもな。君たちむしろ、養殖になって人間に飼われたら?
息子が重力に逆らっている髪で起きてくる。
「あれ、仕事なの?日曜日なのに?」
「仕事でーす」
そして、あとちょっとで大型連休の私も出勤のために家を出たのであった。
2024.09.29
汪海妹




