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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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読書感想文:皮膚と心、太宰治














読書感想文:皮膚と心、太宰治

2024.07.30













昭和14年 初出の太宰治の短編です。


太宰治は中学、高校、大学の時に読んでいた作家で、その頃はまだ若くて純粋でしたので、結構影響を受けました。簡潔に言えば、作家というのはこのくらい悩み苦しまないと一流とは言えないのではないかと思い込んでしまったのです。


本はそれなりの冊数を読んでいましたが、今から思うと、それでも偏ってたし、まだまだ足りなかったんだと思います。だから、小説家=太宰治、流石にこれは言い過ぎですが、10代の自分はいくばくかそういうふうに思い込んでいた。


大人になってやっとそういう呪縛というものから自由になって、めちゃめちゃ久しぶりに太宰治の短編を読んで思ったこと。純粋にこう思いました。


太宰治にはもっと楽に生きてほしかったな。この人、大変だったろうなぁ。


まさか大人になった自分が太宰治を読みながらこんなことを思うなんて、10代の私はこれっぽっちも思ってなかったろうな。それなりに私、太宰とかそういうものにかぶれてましたから。


もしも、太宰治が楽に生きていたら、さまざまな作品はこの世に生まれてなかったかもしれませんがね。ただ、思うのはこういうことなんです。とある作家さんが、この方は現代の作家さんですが、他の作家さんの作品を読んでいて、心配になったと随筆に書いてたんです。この作品に込められているのと同じぐらいの密度というか濃度で生きていると、多分精神が持たなくて病気になってしまうだろうと心配したと書いてました。その後ご本人にあったら、ご本人と作品はちょっと違ったと。つまりは、作品は作品、生活は生活というかそんなふうに線引きできてたから、あの人は大丈夫だ。死なないと。


あまりにシュールで、読みながら笑っちゃったんですが……。ただ、発言されている作家さんは本気で心配してるし、本気で安心しているのだと思います。そういう方なんだと思います。そういうところも含めて、好きな作家さんです。


太宰治先生は、作品とご自身の死に様が切っても切れないようなところがあって、太宰治といえば人間失格だし、あの最後だよね、とどうしてもなってしまうのだと思います。ただ、この年齢になって思うことは色々あって、書かれた作品を色々と読んでみると、決して全てが人間失格のような沈鬱なものだけではないんですね。先生もいろいろな心の面を持ってたのですよ。


何かがもう少し違えば、あのような最後とならずもっと作品を書けただろうに。あるいはですね、人間としての幸せを思うなら、作品なんて書けなくたっていいわけ。そりゃ、読みたい人たちは困るけど、でも、芸術家として必ず生きないといけないわけでもないじゃない。


最高傑作を書くためには命を捧げるべきなんじゃないかなんて、10代の頃は思い詰めた自分もいたけど、そもそも命を捧げるふりなんてしても最高傑作なんて書けないわけだし。人間は悩もうと思ってそこまで悩めるわけじゃないから。そして、アホな私は、私は小説家になれるほど不幸ではないな、と若い頃は不思議なことで悩んでいたものです。


だけど、100人、小説家がいて、100人が100人、死ぬほど思い詰めるわけではない。作品の世界と現実を太宰治先生は線引きできなかったんだと思う。それはとっても苦しかったんだと思うんですよ。特に人間失格なんかを読んでると思いますが。名作がこの世に残らなくてもいいから、もう少し楽に生きてもらいたかったなと。


で、太宰といえば人間失格とあの最後、というのがあまり太宰を知らない人の感想なのかもしれないねという話はここまでにして、ずっと昔に読んでいて印象に残っていた短編の皮膚と心を読み返してみました。これは、太宰が得意と言われていた女性の一人称の独白形式の短編です。


昭和14年、第二次世界大戦勃発の年。今から85年前か。しかし、戦争について書かれている部分はありません。自分の容姿に強いコンプレックスのある女性の主人公が、なかなか嫁ぎ先が見つからずにいたのですが、結婚を諦めかけていた時に縁あって嫁いで夫婦になる。その夫というのが、とある女の人と内縁関係にあったのだけれど捨てられて、やはり自分にコンプレックスのある男性で、傷のあるもの同士夫婦になるのだけれど、お互いの劣等感やらなんやらが邪魔をして、いまいちしっくりとこないでいる。


そんな感じのおりに、主人公の妻の体に原因不明の醜い皮膚病が現れる、そういう話なんです。


この部分が一番面白いなと思ったところを下記に抜粋します。


エンマの苦しい生涯が、いつも私をなぐさめて下さいます。エンマの、こうして落ちて行く路が、私には一ばん女らしく自然のもののように思われてなりません。水が低きについて流れるように、からだのだるくなるような素直さを感じます。女って、こんなものです。言えない秘密を持って居ります。だって、それは女の「生れつき」ですもの。泥沼を、きっと一つずつ持って居ります。それは、はっきり言えるのです。だって、女には、一日一日が全部ですもの。男とちがう。死後も考えない。思索も、無い。一刻一刻の、美しさの完成だけを願って居ります。生活を、生活の感触を、溺愛いたします。女が、お茶碗や、きれいな柄の着物を愛するのは、それだけが、本当の生き甲斐だからでございます。

(太宰治 皮膚と心より抜粋)


現代の日本人女性である我々からみたら、なんかズレてるなってとこなんですけど、ただ、これの全てがずれているわけじゃなく、一部が的をえているなというのが非常に面白い。現代と昔というズレはあるのはありますが、ただ、今にも通用するような 女とは何か が書かれている部分があるなと思ったので、ここが面白かったんです。


どうして、太宰は男なのに、女についてこんなに詳しく書こうとしたのだろうなと思いますし、なんで男なのに女について割と詳しいのだろうなとも思う。


こういうものを読んで、自分がぼんやりと思ったことは一つだけです。


そうだよな、男と女って違うんだよな。


女の人を馬鹿にするつもりはないんです。自分も女だし。ただ、こうやって85年も前の小説を読んでいると、いつの間にか知らず知らず、自分は幼い頃から男と張り合って生きてきたなと思うわけですよ。無意識に張り合って生きてきてるんだなと昔の小説を読んで気がついた。


女ってどんなものだろうって、あんまり考えないできたな、考える前に男と女は同じなのに、違うように扱われている、大前提としてそういうものがあって、男と女は同じなんだってすごい思って生きてきた気がするんですよ。


それが、なんか違うなと今になって思うわけです。別に違うこと自体は良くも悪くもない。それ自体が差別なんじゃないと思う。でも、気がつくと自分は男と女が違うとされることに非常に敏感になって、そんなことはない、同じなんだ!って無理しながら生きてきたのかもしれない。


それ自体が不自然なことだったかも。


皮膚と心は別に男女平等を謳うための小説では全くなく、ただ、女の人独特の心の流れを男である太宰が切り取っている短編です。女は皮膚にプライドを持っているという捉え方をはじめ、コンプレックスにとらわれて揺れる女心をよく書いていると思う。


上記に面白いと思った部分を引用しましたが、もう一つ、昔から好きな部分を引用して、まとまりのない感想を終わらせてしまおうと思う。


お医者のほうでも、私を人の扱いせず、あちこちひねくって

「中毒ですよ。何か、わるいものを食べたのでしょう」

平気な声で、そう言いました。

「なおりましょうか」

あの人が、たずねて呉れて、

「なおります」

私は、ぼんやり、ちがう部屋にいるような気持で、聞いていたのでございます。

「ひとりで、めそめそ泣いていやがるので、見ちゃ居れねえのです」

(太宰治 皮膚と心より抜粋)


口下手で不器用なご主人が1人で思い詰める奥さんを心配しているこの最後のセリフが大好きです。それにしても、太宰治といえば二枚目で、女にモテたというではありませんか。それなのにどうして容姿コンプレックスの女性の心がよくわかるんですかねぇ。思うに、この人、顔だけじゃなくて優しい人だったんじゃないですかね?単純に優しくていい人。というには様々なアクシデントがありますし、いえないんでしょうけど。


中途半端にはなりますが、今日はここまでで。おやすみなさいませ。

汪海妹

2024.07.30

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