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04. 不穏なお茶会(前)

 夏至祭まで、あと九日。ジュリアンとリナリアは、フルール城の庭園で、静かに向かい合っていた。ガーデンテーブルを運ばせて、お茶の用意を整えてある。咲き揃う花々が、薫風にゆれて、深緑の庭園に美しい彩りを添えていた。


 時間通りにやってきたリナリアは、どことなく緊張した面持ちだ。今日は地味な装いではなく、ジュリアンが贈った流行のドレスを身に付けている。座るように促すと、彼女は大人しく席に着いた。


「大したものだな、リナリア。あれは何だ。祝福なのか、それとも魔法か。どんなに考えても、まったく分からん」


 虚勢を張ったジュリアンは、どことなく横柄な態度である。実際は、リナリアに怯えを悟られぬよう、平静を保つのに苦労していた。


 これまでの不可解な出来事の原因が、神子の力なら問題ない。祝福とは、有益でありながら、何かしら制限のある能力だ。

 その証拠に、教会が神子の後ろ楯につきはするが、強制保護や監視は受けない。ある程度、自由に生活できるのは、危険度の低さによるものだ。


 しかし、魔法が使用されたとなると、話は別である。反魂、精神操作、時間操作、等々、極めて凶悪な禁忌魔法が関わっている。万一、そんな魔法が使用されていたとすれば、国家レベルの大問題だ。


「もし、あれが神子の祝福なら、お前が授かったのは、殺意を感知して発動する、幻惑の力あたりか?」


 リナリアへ殺意を向けると、彼女を殺害したという幻惑にかかる。実際には手を下しておらず、翌日になると効果が消える――――そんな能力かと推測した。


「だが、魔法による異変なら、死者蘇生・大規模な記憶改竄・時間操作が行われている。神の領域に踏み込む禁忌魔法だ」


 本来のリナリアに、魔法を使う技能はない。そうなると、恐ろしい魔女に憑依され、いつの間にか体を乗っ取られていたことになる。


 この世界には、無形の魔女と呼ばれる思念体の化物が現れる。魔界の尖兵だとか、異界人だとか、諸説あるが正体は解明されていない。


 無形の魔女は、人間に憑依し、禁忌魔法で悪事を働く。とり憑かれた人間は、体から魂を追い出され、殺されてしまうのだ。


 隣国の魔女事件では、心の傷を癒す神子が、無形の魔女に体を奪われたと報告されている。偽りの神子となった恐ろしい魔女は、祝福の力を装って、魅了魔法で貴公子たちを虜にし、思い通りに操ったと聞いている。


 ジュリアンの言葉に動じることなく、リナリアはポツリと呟いた。


「わたくしが怪異の原因でしたら、殿下にとって、どれだけよろしかったでしょうね……」


 いったい、どういう意味だろう。ジュリアンは眉をひそめた。目を伏せた彼女は、湯気をたてる紅茶を見つめている。


「本日は、殿下がお知りになりたいことを、全てお話するつもりで参りました。お信じになられるか分かりませんが、真実をお伝えすると、お約束致します」


 リナリアはカップを取ると、ゆっくり紅茶に口をつけた。猜疑心もあらわに凝視するジュリアンへ、喉を潤した令嬢は、信じがたい話を語り始めた


 神子として生まれながら、祝福の力があらわれず、偽物ではないかと疑われてきたリナリア。実際は、すでに祝福の力に目覚めており、使いこなしていたという。


「隠していた訳ではございません。つい最近まで、わたくしは神子の力に気付かなかったのです。物心ついた時分には、当たり前に備わっておりましたので、それが祝福の力だとは、思いもよりませんでした」


 リナリアはよく、日常の夢を見る。メイドにコルセットをしめてもらったり、家庭教師から外国語の指導を受けたりと、ほとんどが習慣化した生活風景だ。


 大抵は、現実化しても意外性の無い内容ばかりで、不思議には感じなかった。ずっと、普通の夢だと思っていたのだ。


「では、お前の授かった祝福は、予知夢ということか?」

「はい、殿下。厳密には、ただの予知ではありませんが。先日、わたくしは、夏至祭の宴に出席し、災難にあう夢を見ました」


 恐ろしくも馬鹿げた内容で、現実味は薄かった。だが、とても色鮮やかで生々しく感じられた。あまりに不吉で忘れようとしたのだが、胸騒ぎが消えなかった。

 そこまで鮮明な夢は、特別な内容が多いのだ。病弱で臥せっていた実母が亡くなる時や、ジュリアンとの婚約が内定する時、現実と見紛うほど鮮やかな光景を、事前に夢で見ていたのである。


「悪夢を見た数日後、刺客の襲撃を受けました。夏至祭の宴へ出席することなく、わたくしは一刀のもとに斬り伏せられたのです。しかし、気付けば、翌朝、寝台の中にいました。最初は、何が起きたのか、理解出来ませんでした」


 ほどなくして、二人目の暗殺者が現れた。首を折られて即死したが、翌朝には何事もなく目を覚ました。

 三人目の暗殺者は、リナリアの喉を掻き切った。あっさり失血で死んだはずが、やはり翌朝には生きており、寝台で目が覚めた。


「立て続けに命を奪われて、生き返る怪異など、相談できる相手がおりません。一人で悩んでおりましたら、あの夜会で、殿下に……」


 ジュリアンは、夜会に出席したリナリアを、短剣で刺殺している。確かに殺めたはずなのに、二人とも翌朝まで時間が飛んで、殺害自体が行われていないことになっていた。

 殺害の事実を憶えていたのは、殺されたリナリアと、直接手を下したジュリアンのみである。


 ――――本当です、殿下。エピカ神に誓って、わたしは、かのご令嬢の喉を掻き切ったのです!


 失敗した暗殺者たちは、口を揃えて仕事を果たしたと訴えていた。おそらく彼らも、ジュリアンたちと同じ怪異にあっており、正しい記憶を留めていたのだろう。


「わたくしを殺めようとしていたのは、ジュリアン殿下でしたのね。いつも優しい殿下が、暗殺を指示されたなど、想像さえしておりませんでした。心臓を貫かれ、首をはねられるまでは」


 リナリアは穏やかに紅茶を口に含んだ。話しているうち、緊張が解れた様子で、今では落ち着き払っている。

 ジュリアンは、内気で大人しい婚約者の姿しか知らない。まるで、別人と対峙しているような錯覚におちいって、背筋が寒くなっていた。


「わたくし、よく考えてみましたの。それで、気付きました。的中する夢には、二種類あると」

「二種類?」

「ひとつは、輪郭がぼやけた朧気な夢。朝食に卵が出るとか、他愛ない内容が多いですね。使用人に卵を出さないよう頼んでみると、夢とは違う朝食になるだけです。わたくしの行動次第で、現実にはならない、不確定な未来なのだと思います」

「もうひとつは?」

「鮮やかで生々しい夢です。母の死、殿下との婚約のような。どう行動しても、外れたことはありません。きっと鮮明な夢は、すでに確定している変えようのない未来なのでしょう」


 まだ怪訝そうなジュリアンに、リナリアが告げる。


「夏至祭の宴で災難にあう、鮮明な夢をみたと申し上げましたね。わたくしは、必ずあの災難に遭遇すると、決まっているのではないでしょうか?」

「死をもっても変えられない、運命だと言うのか」

「はい。おそらく運命とは、確定するまでなら、いく通りもの道があるのです。わたくしが授かった祝福は、確定した未来かどうか、運命を読みとく力なのでしょう。きっと、あの災難に巻き込まれるために、わたくしは生かされ、不都合な一日が書き替えられたのだと思います」


 過去の積み重ねが未来をつくる。けれど、中には確定した未来、動かすことが出来ない運命があるという。

 不都合な過去を強制的に修正してでも、特定の未来へ向かわせる強力な運命が。


 何度殺めても生きていたのは、神子の力とは無関係だと、リナリアは言う。全ては、運命の強制力が作用した結果にすぎない。彼女の蘇生は、不都合な過去の修正に、巻き込まれただけなのだと。


 驚いているジュリアンへ、リナリアは眉尻を下げた。


「ですが、そうなりますと、殿下の御身が心配で……」

「俺の身だと!? お、お前の災難に、俺は関係ないではないか!」

「ふふ、うふふふっ」


 クスクスとリナリアが笑う。


「殿下ですよ。殿下が、夏至祭の宴で、とんでもない騒動を起こされるのです。わたくしの災難とは、その騒動に巻き込まれてしまうことですから」


 ジュリアンは、言葉を失った。可笑しそうに肩を揺らして、リナリアはまた一口、紅茶を飲んだ。

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