今更もう遅い
「今更もう遅い!」
「頼むよ! もう一度頑張らせてよ!」
このバッファー、パーティーからの追放を宣告したらしつこく縋り付いて来やがった。しかしこっちは我慢の限界だ。
「そう言われて俺達は二回待った。半年だ。てめぇはその間パーティーでの訓練もバックレて何をやっていた?」
「それはダンジョン攻略の準備だよ。ポーションを作ったり消耗品を買い足したりだよ」
「訓練をバックレてすることか?」
「いや、だってバッファーの僕は戦闘ができないから、その方が有意義じゃないか」
「てめぇは本当に解ってねぇ。俺達はてめぇに『自分の身は自分で守れるようになれ』って言い付けたんだぞ? それがどうして準備ばっかりになる? 言うに事欠いて有意義だぁ?」
「みんながしないからぼくがするしかないんだよ!」
「は? 俺達が悪いってのか? 押し付けたとでも?」
こいつが勝手にやるから何も言わなかったら俺達のせいにしやがった!
「そ、そう言うつもりじゃないけど……」
「だったらどう言うつもりだ?」
「アタックが五日に一回なんてハイペースだから準備するだけで時間が足りないんだよ……」
「いいか? ハイペースはてめぇにてめぇの立場を自覚させるためにやった事だ。てめぇが言い付けを守りゃ、もっとゆっくりやったさ。俺達は勇者として一〇〇階層と言われるダンジョンの攻略を目指してるんだぞ? 国から請け負ってだ。それがてめぇのせいでずっと足踏みしたまんまじゃねぇか。この役立たずが」
年々ダンジョンのスタンピードが酷くなって被害が拡大しているもんから国も必死だ。スタンピードを止めるにはダンジョンを攻略して核を破壊するしかない。
だが俺達の攻略は足踏みだ。それもこれもこいつが自分の身も自分で守れないから、こいつを守るためにアタッカーの俺かアーチャーの手が取られて敵を倒せなくなっている。
「や、役立たず……」
「ああ、そうだ。役立たずだ」
「わ、判ったよ! そんな風に思われていたならこっちから願い下げだよ!」
「なら、さっさと出て行け。あー、その前にてめぇに預けている装備は返して貰おうか」
物理攻撃を防ぐ「火竜のローブ」、魔力を上げる「魔術士の杖」、魔法抵抗を上げる「抗魔のバングル」、状態異常を防ぐ「清浄のリング」、こいつが自分でバフを付けても足りないから着けさせていただけで、こいつにやった物じゃない。
「そ、装備まで奪うのか!」
「てめぇにやったもんじゃねぇ! とっとと置いて出て行きやがれ! それとも無理矢理引っぺがそうか? おっと、おかしな真似をするんじゃねぇぞ?」
この野郎、一瞬持ち逃げする素振りを見せやがった。油断も隙もあったもんじゃねぇ。だがそんなのは想定済みだ。いつでもこいつの首を落とせるように準備は万端だ。
「わ、判った。置いて行けばいいんだろ!」
やっと観念して装備を外しだした。手間を掛けさせやがる。
「外したらとっとと行け! ほら! 早く!」
「……くそっ!」
はー、まったく清々するぜ。
「アタッカーさん、バッファーさんはまだ帰らないのですか?」
おっと、このヒーラーにはまだあの役立たずを追い出したのを言ってなかった。
「奴なら帰らねぇぜ。追い出してやったからな。はっはっはー」
「ど、どうして!?」
「あんな役立たず邪魔なだけだ」
「酷い! バッファーさんが居たから八〇階層まで行けたんじゃないですか!?」
「で?」
「え?」
「それで?」
「な、何なんですか……」
「奴が居たから八〇階層まで行けたとしてどうしようってんだ? って言ってんだよ」
「そ、それは勿論連れ戻すんです。謝れば帰って来てくれます!」
「あり得ねぇ。あんなのに下げる頭は無ぇ」
「そ、そんな……。アタッカーさんがそんな人だったなんて……」
「だったらどうする?」
「わ、わたしもパーティーから抜けさせて貰います!」
あー、考えてみたらこいつも要らねぇなぁ。バッファーの野郎が変に怪我するから入れたんだった。その後も奴の怪我は収まらねぇし、奴を守るせいで俺や他の連中が怪我するしで、結局入れたまんまになってただけだ。
「好きにしろ。貸し与えていた装備を置いて行けば直ぐに出て行っていいぞ」
「な……」
絶句してやがる。あっさり切られると思ってなかったんだろうなぁ。とんだ甘ちゃんだ。こいつのバッファーとお揃いのような装備だって貸してただけでやった訳じゃない。
「わ、判りました」
「おー、出て行け、出て行け」
バッファーに比べて素直に出て行った。奴が粘りすぎただけなんだがな。
「さて、バッファーを追い出して、ヒーラーも出て行ったから、奴ら抜きでの役割分担と立ち回りを考えなきゃならねぇ」
「バフ、デバフに回復魔法かー」
「戦闘面はそうだ。それでバフ、デバフはアーチャーとソーサラーが分担してやってくれねぇか?」
「オレが矢を強化しているからって、他人を強化できるとは限らないじゃん?」
「わいが魔法を使えるからって、以下同文」
「あっはっは。そこは最悪バフ、デバフ抜きでやればいいから気楽にやってくれ。努力目標ってやつだ」
「それなら引き受けた」
「わいもだー」
「某は憶えなくて良いのか?」
「あー、タンカーは魔法なんて唱えてる暇無いだろ?」
「うむ。確かに」
「だから気が向いたらでいいぜ」
「承った。して、アタッカーが憶えない理由は何ぞ?」
「俺は別の魔法、アンチマジックを憶える予定」
「ほう?」
「魔物もあんだけ強けれりゃ、バフの一つや二つ掛けてあんだろ。こっちのバフが無くなる分、向こうも剥がしちまおうとな」
「ほうほう」
「そんで、回復魔法の方は全員で使えるようにしてお互いに掛け合うことにしよう」
「でもさ、俺達でやるとなると戦闘中の回復魔法は望めないじゃん?」
「それって、今までも大して変わらんだろ?」
「そう言われれば?」
「まあ、できる範囲ででいいんじゃないか?」
全員が頷いた。
「よし、それは決まりだ。で、問題なのが荷物だ。奴が規格外のアイテムボックスを持っていたせいで、それに依存していた面が多々あるからな」
「普通なら赤字のところがバッファーのアイテムボックスで持ち帰った素材で黒字に保てたってやつかー」
「そうだ。逆にダンジョンに持ち込む食い物の事もある」
「食い物ってーと、バッファーは料理もやってたじゃん?」
「ダンジョンの飯が不味くなるのかー」
「それは甘んじなければなるまいな」
「味だけで済めばいいが、量もな」
「あ、アイテムボックスかー」
「そうだ。俺達のは容量が小さくて十分な量が運べねぇ。マジックバッグを調達して担ぐ必要がある。全員がな」
「動きづらくなるなー」
「それも踏まえて訓練のし直しだ。連携もやり直すぞ。そしてこっちが少し弱体化する分、攻略は四〇階からおさらいしながら資金の調達だ」
「おーけー」
「おー」
「うむ」
◆
「半年掛かってやっと六〇階かー」
「しゃーねーよ。回復魔法がしょぼい分、慎重に行かねぇとな。大怪我しちまったら大赤字だ」
「赤字では続けられんからな……。黒字を保つのも大変なものだ」
「持ち帰れるのが魔石と、それと同じくらい高価な素材くらいなのも痛ぇな」
どうにもならないと解っていても、稼ぎが少ない分、不用意に怪我をしないよう安全マージンを余計に取らなきゃならない。
まあ、バッファーの野郎があの後町からも出て行って、見たくない顔を見なくて済んでる分、気分は楽だがな。
「やっとギルドか。とっとと換金して帰ろうぜ。長居したくもねぇし」
「……はいいんだけど、何か騒がしいじゃん?」
確かに冒険者ギルドが騒がしい。浮かれている感じだ。まあ、ぼーっと見ていても何も判りゃしないから、適当な奴を捕まえて聞くしかねぇな。
「おい、これは一体何の騒ぎだ?」
「んだよ……? 階層攻略が更新されたからに決まってんだろ」
「更新されただと?」
「ああ、そうさ……って、ぎっひっひひっ、何だ、おめぇらかよ。なあ、落ち目の勇者さんよ、今どんな気持ちだ? おめぇらが搾取した挙げ句に追い出したバッファーがやったんだぜ?」
「バッファーだと? 奴が帰って来たってのか?」
「そうさ。かわい子ちゃんばっかり何人も侍らせてな。全くあやかりたいもんだぜ。ぎっひっひひっ」
「そうかよ!」
「ってえな! くそが!」
掴んでいた肩を突き放してやったら文句言いやがった。てめぇが厭味な事言ったからじゃねぇか。俺らが前より浅い階層にしか行けてねぇからって舐めやがって。今の俺らより浅い階層にしか行けねぇ癖しやがってよ。この手の糞野郎ばかりでうんざりする。
それもこれもあのバッファーの野郎だ。野郎が被害者ぶりながら町の連中に愛想を振りまいていたせいで、俺達が極悪人に仕立て上げられちまってる。
何が他のメンバーより分け前が少ないだ?
俺やタンカーの装備のメンテナンス費用、アーチャーの矢の代金、装備買い換え代金の積み立てなんかを差し引いた残りを等分したら、奴が受け取った額にしかならねぇんだよ!
奴にはメンテナンス費用も俺らの取り分に見えてたのか!? それともヒーラー、あのアマか!? 紅一点、女だから何かと物入りだと思って五割増にしてやってたのを、俺らも同じ額を受け取ってたとでも思ったか!?
それに何が自腹を切らされてるだ?
相談も無しに買って来て、何を買ったかも言いもしないものの金なんか出せる訳がねぇぞ!
俺らが虐待していたなんて噂を置き土産にしやがって、それでも出て行ったきりならまだしも戻って来ただと?
あったま来る!
「とっとと、用を済ませて帰ろうぜ。気分が悪い」
「だねー」
「うむ」
「じゃん」
◆
「何でてめぇが六〇階に居やがんだ?」
バッファーとバッファーの仲間らしい女が四人。
バッファーの野郎、短剣まで提げてやがる。俺達と組んでた頃は魔物の解体用のナイフしか持ってなかった癖に。あんなもの持ってるくらいだから、戦闘もこなすようになったんだろう。
だったらどうして俺達と組んでいた時にしない? 飛んだ手抜き野郎だった訳だ。俺達はこの野郎に舐められてたってか?
ああー、怒りで目眩がしそうだ。
「アタッカー達を待ってたんだよ」
「こんな場所でか?」
闇討ちする気満々だな、おい。
ダンジョン攻略を目指す勇者でなければ精々四〇階までしか潜らない。六〇階ともなったら全く人目に付かないんだから、闇討ちし放題って訳だ。
「それは、余人を交えたくなかったから!」
「それで闇討ちでもしようってか?」
奴らが全員揃って殺気を放ちやがった。取り繕ったようだがもう遅い。
「ち、違うよ!」
「ほう。だったらどんな了見だ?」
さっさとどっか行けと念じてもまったく効きゃしない。
「仲直りしたくて!」
「今更もう遅い。てめぇの面なんぞ見たくもねぇ」
また揃って殺気を放ちやがった。女アタッカーなんかもう駄々漏れのままだぞ。
まあ、バッファーの野郎はまだ取り繕うようだが。
「それでも、ぼくらは同じダンジョンを攻略する仲間じゃないか! 仲違いしたままじゃ駄目だよ!」
薄っぺらい言葉だな、おい。そしてまたこの野郎はしつこい。
もしかしてこのしつこさで女達にまとわり付いて籠絡したのか? 想像したらきめぇ……。
しかしもうめんどくせぇ。いいぜ。相手してやんよ。
「あー、判った。そうまで言うならまずは握手だ」
右手を差し出しても野郎は出して来ねぇ……。
「どうした? 仲直りしたいんじゃなかったのか? さっきの言葉は嘘だったんだな?」
「ち、違うよ!」
口では違うだとか言ってる癖に手は躊躇ったままで軽くしか出して来ねぇ。めんどくせぇからこっちから握る!
「アンチマジック」
「あっ!」
パキパキパキパキパキパキンと音がした。手を握った瞬間、奴の驚く声に合わせるように奴が掛けていたバフが砕け散った。砕けた数からして攻撃強化まで入ってるのは確実だ。
俺らを待つのに攻撃強化とわね。そんなもん、やっぱり闇討ちじゃねぇか!
なら、やられる前にやるのみ!
……なんて考え終わる前に、左手でナイフを抜いて野郎の胸を刺したんだがな。
「ゴ、ゴフアッ! ど、どう……」
汚ね! 血反吐が掛かっちまったじゃねぇか。
どうしてかなんぞ、こっちの方が聞きてぇよ!
「貴様! きゃっ!」
アーチャー、ナイス! 俺に飛び掛かって来た女アタッカーの顔に矢を当てての牽制。向こうにはバフが掛かってて刺さりはしないが顔に矢が当たって一瞬たりとも怯まない奴なんてそうそう居ない。
この隙を逃してなるものか!
「アンチマジック」
パキパキパキパキパキパキンと音がした。この女アタッカーには盾になって貰う。女アーチャーが射ようとした矢を止めた。
「ひ、卑怯な!」
「卑怯で結構。こんな場所に闇討ちに来る奴らには後悔させてやる!」
致命傷のバッファーと盾にされた女アタッカーを前に動揺した奴らなんか一瞬だ。アーチャーの矢とソーサラーの魔法で牽制する間に俺が近付いてアンチマジックでバフを砕き、俺とタンカーとアーチャーで一人ずつ取り押さえるだけのこと。俺達の中じゃ非力なソーサラーだってバフの掛かってない女アーチャーを抑えておける。
「わ、わたし達をどうするつもりですか!?」
「その前にヒーラーよぉ。てめぇには町の噂のことで聞きてぇと思ってたんだよ」
「ふん! 極悪人のあなた達が極悪人と言われるののどこがおかしいのですか」
「この状況で煽るたぁ、良い根性だな、おい。まあ、いい。聞きてぇのはバッファーの野郎に分け前を少なくしてただのってやつだ」
「少なかったじゃないですか。わたしの三分の二だったそうじゃないですか」
「そりゃ、俺ら四人も一緒だ。女のおめぇにだけ多く渡してたんだよ」
「え!?」
「もう一つ聞きてぇのは奴に自腹を切らせてたやつだ」
「彼がパーティーのために買ったものなのにお金を払ってなかったそうじゃないですか!」
「てめぇさぁ、俺がてめぇのためにって下着や歯ブラシを買って来たら、てめぇは金出して引き取るのか?」
「そんな気持ち悪い物、無視するに決まってるじゃないですか!」
「だろ?」
「あっ!」
「てめぇもほんと碌でもねぇ噂で俺らを虚仮にしてくれやがったよな?」
「わ、わたし達をどうするつもりですか?」
「お、またそれか。だがその前にどうして闇討ちしようなんてした?」
「な、何を、い、言ってるんですかぁ? な、仲直りしようとし、しただけですよぉ。そ、それをあなたが彼を!」
「声、裏返ってんぞ」
「……」
「だいたい、それが本当なら町中で繋ぎを取るもんだろ」
「それは余人を交えたくなかったから!」
「そりゃ闇討ちなら余人を交えたくねぇわな」
「……」
「都合が悪くなるとだんまりかよ」
「わ、わたし達をどうするつもりですか?」
「ああ、そんなもん、さよならだ」
「え……」
「待ち伏せの答え合わせをしたかったんだが、案外おめぇが正直なもんだから他の奴らに聞く必要も無くなったな」
「そ、そんな! た、助けて!」
「無理だな。おめぇらが町に戻ったらまた有ること無いこと言いふらすだろ。それにまた闇討ちなんてされちゃ敵わんからな」
ここで消えてくれれば行方不明のままだ。冒険者ギルドもこいつらが六〇階をうろついてたなんて思わねぇだろうしな。
「何でもするから! お願いよ!」
「今更もう遅い」
ダンジョンの攻略階層を更新したパーティーが消息を絶って冒険者ギルドが大騒ぎになったのは数日後のこと。