ねえ、殿下。チェンジリングって知ってます?
今は卒業式ならぬ、卒園舞踏会。そこに婚約者がいるのにも関わらず、エスコート無しで入場した私は悪目立ちをしていた。
普段は茶髪茶目といういまいちぱっとしない色彩で隣に綺麗な王家にしか現れない青空のような髪と私とお揃いの茶目を持つイケメンが隣にいるおかげで影のような存在のなりあまり目立たないのだが今日は違った。
そんな悪目立ちをしている私に1組のカップルが気付いた。
余計目立つじゃないか。心でため息を吐く。
仲睦ましくお互いの腕を絡ませあいイチャイチャしているカップル。幸せそうな2人のうち、男の方は私の婚約者の第1王子なんですがね…。いつも私と一緒にいるのに何故。しかも事前にエスコートできないなどの連絡はなかった。まあ今考えても仕方がない。
相手の女性みる。相手の女性は、私が現れるまでは次期王妃として王子と一緒に育てられた公爵家ご令嬢。稲穂のような金色の髪に、生い茂る木や、広い草原のような緑の綺麗な瞳。まるでに豊かな自然の象徴の様な方。緑の瞳ということは今まで何回か王族の方を迎え入れたことがあるのだろう。それ程由緒ある家系なのだろう。
そのふたりが私の方へと向かってきた。そして、私の目の前で立ち止まると、婚約者である王子は挨拶もエスコート出来なかった謝罪も無しに突然言った。
「私、ミクチュリオ国第1王子、アレオンド・ミクチュリオは、ここに穢らわしい娼婦の娘デリセラッタと婚約を破棄する。」
唐突に挨拶もなしに一方的に宣言された婚約破棄。
婚約破棄を娼婦の娘の私が叩きつけられたのだ。
もちろん、卒園舞踏会は私たちだけじゃない。他の貴族や、奨学金で入った平民やらがいる。その皆が王子の言うことを聞いている。
「なぜ、第1王子の、それも継承権第1位の私の婚約者が娼婦の娘なんだ。父上の考えは理解が出来ぬ。」
「ええ、その通りですわ。レオの言う通り、幼い頃からレオの婚約者として、次期王妃として、育てられた公爵家の私を差し置いて娼婦の娘と婚約させるなんて理解ができませんわ。」
ええ、そうでしょうね。私も、プライドが高い王子って知っていたからお父様に何度も伝えたのよ。こうなるって…。お父様は「国民に分け隔てなく接し慈愛の心でこの国を導く王子なのだぞ。その様な身分で差別するような者のはずが無いだろう」と言っていたけれど全然違うじゃない。本当に、もう…。
「よく父上と密かに逢瀬していたと聞く。どうせ色仕掛けでもしたのだろう。父上もまだ男だということだろう。本当に見損なった。」
「まあまあ。流石は娼婦の娘ですわ。穢らわしい。」
ざわめく野次馬たち。
そりゃね、非公式でよくお会いしていたからね。王妃様もご一緒にだけど。
言い返したい本能を堪え、確認する。
「私と婚約破棄ですね?」
「他の誰がいるというんだ」
まだダメだ。堪えろ。私。
「本当にいいんですね?」
「しつこい。近衛兵、この者をココから摘み出せ。ここには似合わん。…皆の者、邪魔して悪かった。だが、こうでもしないと父上が婚約破棄を受け入れてくれなくてな。……そして」
王子の近くにいた近衛兵が謝りながら私に退出を促す。私は逆らいもせず、王子の下らない演説を聞きながらその場を去った。
「ここにいる新たな婚約者、由緒正しきウィンセデット公爵家の血を引く長女メリィシュ・ウィンセデットだ。」
幸せそうな2人に拍手が送られた。
****(第三者side)
卒園舞踏会から2日がたった。
この国の王子が卒園舞踏会で侵した事に対する説明が求められ、それに応えるべく王は今日、舞踏会を開くことにした。勿論、全貴族は出席する様に指示された。
「よく来てくれた。親愛なるこの国の下僕たち。我が同胞達よ。」
貴族が集まったことにより王の演説が始まった。王は皆と同じ、フロアに立っているため、王に挨拶したい人達が街灯の集まる虫のように群がっている為、遠目からは王の姿は見えなかった。が、声はフロア全体に響き渡りはっきりと聞こえた。
「急にも関わらず、よく集まってくれた。」
王様のよく通る声がホールに響く。
「此度は第1王子アレオンドの事で話さねばならぬ事がある。」
王様の声に誰もが耳を傾ける。これが王のカリスマ性なのか。それとも話題の王子のことが気になるのかは分からない。
「まず、アレオンドが生まれた時の話をしよう。」
いきなり王子の生まれについて話すと言った王様にザワ付き動揺する家臣たち。
「この世には精霊と言う不可視のものが王族ならば見える、はずだったのじゃが。アレオンドが生まれる時は見えなかった。
精霊は気まぐれという伝承も残っていたので気にするものはいなかった。
我が唯一の王妃の初子、ましてや、第1王子の出産なのにも関わらず、姿を見せないとは不吉の予兆であると気付くべきだった。
じゃが、そんな事に当時のワシは恥ずかしいことに気付いておらず、素直に喜んでおった。
だが、色彩はワシと同じでも顔はわしにも王妃にも似ておらんと思ってしまった。まだ赤子。大きくなるにつれ似てくるだろうと、わし自身も思い、周囲のものたちもそう思っておった。
その中、子を産みながらも気を失わずに赤子を待っていた王妃は言ったのじゃ『可愛い私の娘を抱かせて』、と。アレオンドは男。なのに王妃は娘といった。すぐに出産を手伝った助産師に確認をした。そうすると助産師も、『王女様のお誕生おめでとうございます』、と言ったのじゃ。
しかし、手元に居る赤子は、アレオンドしか居らぬ。王妃たちの見間違いだろうと、アレオンドを第1王子として育てた。」
王様が話を区切る。王の声が消えたのを皮切りにまたザワつく会場。そして、アレオンド王子本人を探すような視線。
「静かに。まだ続きはある。
アレオンドの12度目の誕生の日のことである。」
王様が話し始めると静かになる家臣たち。さすが王様。
「今まで見えなかった精霊がようやく現れたのじゃ。
しかし、精霊はアレオンドの元に来たのではない。ある娘の元へといた。
それに気づいたのは、デゥエンデッテ伯爵に嫁いだわしの妹じゃ。お忍びで城下町に降りたことによりわかったそうだ。」
ざわざわ。周囲がどよめく中、アレオンド本人が戻ってきた。
「父上?どうなさったのです?」
今まで何も聞いていなかったのだろう、その発言に王様はため息を吐くことしか出来なかった。
「アレオンド。何処におったのじゃ?今までの話を聞いておらんかったのか……」
そうか、だから静かだったのか…。と、小さく呟いた王様は眉間に寄った皺を指で解すように揉んだ。
「何を言いますか、父上。私とメリィシュの婚約の話でしょう?」
「そうか。メリィシュ嬢と婚約するか。」
この王子は何を言っているんだ。そんな視線が彼に集まる。
「何を言ってるのです?その話をしていたんじゃないんですか?」
「そんな話などして居らん。どこで油を売っていたが知らんが、例え、ワシが貴様の父であったがこの国の王じゃ。話をしかと聞け。」
なんの話しをしていたんだ。ま、まさか。デリセラッタに絆されて……!?俺を廃嫡しようと…!?くそ……こんなことにも気付かないなんて……。爪が甘かったか、と小声で呟いてると思っている王子の声は静かなホールに響いた。
「父上?」
この王子、王様の言うことを聞いているが理解ができていないようだった。先程、貴様の父であったと過去形で言われたというのに。
「メリィシュ嬢と婚約できると良いな。ウィンセデット伯爵が許すとは思わんが。婚約でき、結婚したとしても自由はないがな。」
それを聞き顔面を蒼白にし、わなわなと震え出す王子。
当たり前である。第1王子として育ててしまった為、この国の事情を知り過ぎる。奥深くまで知りすぎてしまっている。
彼がもし、不勉強でわがまましか言わない馬鹿ならば本来の場所へ戻されただけだろうが、彼は優秀なのだ。これからのことも考え、国王の仕事さえ、一部とはいえ任せられている。
そんな彼を外には出せないだろう。良くて幽閉。最悪死刑だ。
「なっ!!お言葉ですが父上。デリセラッタは父上と何度も逢瀬していたと言う。私の、婚約者に手を付けたのは父上、貴方でしょう!?しかも、下町の、それも誰の子か分からない、娼婦の娘と聞く。今年から貴族平民関係なく過ごせるような処置として、私の婚約者にしようとするのは同年代なのだからわかるが、いくらなんでも息子の婚約者と逢瀬するぐらいなら自分の側妃にすればいいのでは!?」
まあ、!な、なんと…。、そう言った悲鳴に近い小さな声が会場をざわつかせる。
王子はその悲鳴が王様に向けられていると思っているのだろう。王子に向けられたものなのに。
「まあまあ。アレオンド。楽しいお話をしている様ね」
いつの間にか、何処かへ行ってしまった王妃が一人の少女を連れ、戻ってきた。王妃の表情は扇で顔が隠れよく分からないが目は笑っていなかった。
「母上!!母上からも」
「お前に母上などと言われる筋合いはないわ。」
王子の言葉に被せるように話し、勢いよく扇を閉じた音がホールに響く。
「は、母上!?」
「呼ぶなと言っているのよ。お前のような者が息子だったなどと恥ずかしいわ。」
まるでゴミを見るような目で、先日まで大変可愛がってきた息子だった者を見る王妃。
「なぜです、母上!?しかもどうしてデリセラッタを連れているのです!?」
ここで漸く、王妃がなにかに気づき王様にとても鋭い目を向ける。
「す、すまぬ…。皆の者にもまだ途中までしか話しておらん。どこかに行って居ったそやつが何故かワシとデリセラッタが関係を持ってると…」
「な、なんですか、そのような言いがかり!?アレオンド!?一体誰にそのような事を聞いたのです!?」
王妃は驚きのあまり淑女らしかぬ怒鳴り声を上げていた。普段、完璧な彼女が取り乱すのは珍しい。
****(アレオンド王子side)
そしてその様子を見た王子は、知らなかったのかとほくそ笑んだ。きっと母上も騙されていたに違いない。
「メリィシュ嬢ですが」
彼女は由緒正しき歴史ある公爵家の者。デリセラッタより信用あるだろう。
そう思ったが、現実は違かった。
「衛兵、今すぐウィンセデット公爵家に名を連ねるもの全員を捉えてきなさい。1人残さずですよ。わかりましたね!?」
「「「はっ」」」
即座に王妃の言う言葉に反応し、複数の衛兵たちはホールの外へ出ていった。
「なっ!?どういうことです、母上!!」
欲しい答えをくれたのは、母ではなかった。
「ねえ、殿下。チェンジリングって知ってます?」
そう聞いてくるデリセラッタは今まで見た事もない妖艶な笑みを浮かべていた。思わず、ドキリとしてしまった。
「あれだろう、精霊が赤子を取り替えることであろう??それがどうした」
まあ、なんて口の利き方…そう囁かれた言葉が自分ではなくデリセラッタに向けられているものだと思い込んでいた。
「殿下は、精霊が見えていますか?」
未だに妖艶な笑みを辞めないデリセラッタに心を奪われかけるが心にいるメリィシュが彼女の誘惑を追い払ってくれている。
「見えるかなど分かるわけないだろう。ここ数年、精霊は王都にはいないのだからな。」
ざわつくホール。
まさかこの王子は知らないのだろうか、精霊がいる時と、居ない時の差が。精霊の加護のことを。などと囁く声で溢れる。
精霊がいれば、土砂崩れや火山噴火などの自然災害はなくなり、魔物などによる襲撃も起きない。それに何より敵国による密偵やこの国に害意を持つ者を弾く結界を貼ってくれている。
「確かに数年いない時もありましたわ。ですが三年前から精霊は戻ってきているのです。」
なぜ、三年前から、と具体的にわかるのだ。それに3年前ってもしかして。
いや、まさか。まさかデリセラッタが学園に通うためにここへ来たから精霊も付いてきたというのだろうか。ありえない。
とりあえずどうしたらいいか分からず縋るように父上に目を向ける。
「………本当に見えておらんのだな。少しでもデリセラッタと心を通わすことが出来ていたのなら感じれたかもしれぬのに。心を通わせればこの力は共有できるのだがのう。残念じゃ。」
本当に意味がわからなかった。
「ど、どういうことです…?父上、ははうえ?」
両親を交互に見るが、母上は険しい顔で私を睨みつけ、父上は残念そうに目を伏せた。
「デリセラッタが答えをくれたであろう。」
父上のその言葉に焦りが出る。
「デリセラッタの色彩に青はないのに何故です!?」
最後の悪あがきだ。わかっている。だが、デリセラッタは王族の色を持っていない。そして私は持っている。
代々受け継がれていく青を私は纏っているのだ、目には無いが、青い髪を。
髪の毛か目が青ならば紛れもなく王族の血が流れているだろう。だが、デリセラッタは茶髪に茶目。王妃に似た可愛らしい顔立ちとあわせると、まるでとても甘いチョコレートのよう。
「デリセラッタは特別な子じゃ。とても。とても。」
父上がデリセラッタを慈しむようにみる。それは、私の向けられていたもの。どうして、どうして。
「デリセラッタは本来お前では届かない尊き者。」
王妃のデリセラッタを見る目は誰よりも優しく、親の目だった。もう、私は、必要が無いのか。もう父上と母上の子では無いのか。
そしてデリセラッタの周りが光に包まれた。そこから出てきたのは夜空の様な藍色の髪。まるで星が輝くように彼女の綺麗な髪に光が反射する。そして煌めくサファイアの様な色を持つ目。宝石が埋まっているのかと錯覚してしまう程美しい。
そして外が暗くなり、窓に鏡のように色まで全てが反射した私の姿が映る。魔法は解けた。
私の髪は青から元々彼女の持つ茶色の髪になっていた。
「実の子に手を出すはずがないじゃろう」
「それに私も常に同席していたわ。血の繋がった我が子をどうして陛下に任せ切りに出来るのでしょう」
王様と王妃の言葉がものすごく遠くで聞こえた。やめてくれ。理解したくない。やめてくれ。心でそう叫ぶも頭では理解してしまった。
ああ、だからか、と。
今まで信じていたものが壊れた。そう思うとパキッと何かが割れた。
****(デリセラッタside)
精霊がかけてくれていた魔法が解ける。ああ、これでもう逃げられない。
力をなくし、膝から崩れ落ちた可哀想なアレオンド王子。
「殿下。私は許しますわ。」
私は許す。それしか選択肢はない。私は許さなければならない。
王子はハッと顔を上げる。王子の目に光が宿る。
「なぜ、何故なのデリセラッタ。アレオンドの事をどうして…」
困惑する母様。母様は私の事を大事になさってくれた。父様の血を引く王家の血を持つ物として。私の母だと思われていた娼婦は育てられないからと私を捨てた。だから私は親の愛に喜んだ。しかし、12歳の時に迎えにきたのだ。もう性格も全て形成されている頃だ。それなのにいきなり、王族としてこうあるべきだと押し付けてくるのには疲れた。
そして気づいた。母様は私ではなく、私に流れる王族の血を愛しているのだと。
「母様。私は唯一がいるとお伝えしたはずですわ。」
「では、アレオンドが唯一なの!?」
察しが悪い母様にため息が出そうになる。
「……。私の唯一が殿下であればもう少し上手くいったと思いますわ。」
「なぜ、まだ殿下と呼ぶの。貴方が尊き者なのよ、その青が何よりも証拠じゃない!?」
母様は私を見てくれない。私の流れる血しか見てくれない。
そしてそれに気がついてるはずの父様は何も言わない。
でも父様は、母様と違い確かに私に親の愛をくれた。優しく、辛かったね、と抱きしめてくれた。
でも私は知っている。あの時の表情や仕草が全て嘘なのかは分からないが、アレオンドではなくどうして私が自分の子なのだ、そう嘆いていたのを。
ある日偶然、少し空いていた執務室を覗いてしまった。
『どうして今なのだ。どうしてこの時期なのだ。もう少し早ければ育てられたのに。庶民のように育ってしまったからには国の駒として育てるのは難しい。それに貴族としてももう無理だろう。なぜ優秀なアレオンドが我が子ではないのだ…待て。デリセラッタと結婚すれば解決するのでは…。デリセラッタは王族の血を引く。彼女を婚約者の添えれば、王家の血を絶やすことなく優秀なアレオンドのことを王にする事が出来る。対外的には彼女は息子の婚約者になるがそれでいい。』
父様がそう言っているのを聞いてしまった。
私は結局誰にも愛されなかった。愛されないのにこの場所にいても仕方がない。
どうして私は私の唯一を置いてまでここに来てしまったのだろう。親の愛なんてんかったのに。早く私の唯一の元へ行かなくては。
「殿下はこの国の、王となられるお方。王の血を引く者。私は何処ぞの娼婦の娘ですわ」
「何を言っているの!?アレオンドが娼婦の子供よ!?私の子はデリセラッタよ!?」
取り乱す母様。ごめんなさい親不孝で。お腹を痛めて産んでもらったけれど、貴方の大好きな王家の血は彼に流れるわ。
「……殿下に救いを。殿下に尊き血を。私に流れる尊き血を。いいえ、それだけではなく、父様と母様との繋がりを全て殿下へ。どうか、精霊よ。聞き届けて。私の願いを。」
精霊が聞いてくれたのだろう。先程と同じように祝福の光が私たちに降り注ぐ。
光が消えると、ザワつく者たち。
「な、何を…。何をしたの…?」
王妃が飛びそうになる意識を必死に掴み問いかける。
もう私は王の血を引く者では無い。王妃の子と証明する血ももう無い。そして娼婦の娘でもなくなった。先程まで見慣れぬ本来の夜空の様な藍色の髪は、色が抜け落ち、何も知らぬ様な無垢な白髪に。とはならず、夜を照らす月明かりの様な銀髪だ。サファイアの宝石の様な瞳は色の抜け落ちた宝石。見る方向によって色が変わるダイヤモンドのようだった。
そして先程まで青だった髪が茶髪になった事で衝撃を受けていた王子の髪と瞳は、私の色だったものを纏っていた。夜空の様な藍色髪に宝石の様なサファイアの色の瞳。王家の血は彼が受け継いだ。
「な、なんてことを…。アレオンドはもう王にはなれないというのに」
王妃の声は震えていた。王の血がアレオンドに行ったからか先程までの態度とは違い弱々しくなっている。
「殿下はなれますわ。だって、殿下に非はないですもの。」
そういうと誰より最初に反応したのは王様だった。
「どういうことじゃ。デリセラッタを見捨てた時点で血も関係なくアレオンドは王家の恥さらしだぞ」
「いいえ、殿下はメリィシュ様…いえ、ウィンセデット家に魅了の呪いを掛けられていたのです。そして私はそれに気づいていたのに関わらず、助けずに誤解も解かずに全て受け入れていましたわ。ですから殿下だけが悪い訳では無いのです。
彼女も殿下に想いがあれど、彼女自身が私に手を出した事も何もありません。殿下とも一線は超えず、マトモな方でしたわ。
彼女の言っていた、私と陛下の関係の事を調べさせたのはウィンセデット家の者。ウィンセデット公爵が娘のメリィシュ様にどうしても王妃になって貰いたく、娘に嘘を伝え、娘を洗脳したのでしょう。
エスコートが無かったパーティーもあれが初めてでしたわ。それまでは噂にならない程度の逢瀬しかしていませんでしたもの。
彼女自身は王妃になれずとも、殿下と入れれば側妃で構わないと思い、デリセラッタの補佐もすると私自身に宣言し、殿下の将来の邪魔にならない程度の交流しかありませんでしたもの。
そんな意外とまともな彼女がいきなり、あの日になっていきなり『私が王妃に選ばれるはずだった!!』なんておかしなことこの上ない発言をする彼女に違和感を感じましたわ。
よく見れば彼女自身も魅了の呪いにかかっていましたわ。恐らくウィンセデット公爵でしょう。
つまり全ては未来の陛下と王妃を操り人形にしようとしたウィンセデット公爵のせいなのです。」
言い切った。噛まなかった…。思わずそんなどうでもいいことを考えてしまった。
「い、いや…しかし。それは、どうやって説明するのじゃ…?」
王様は信じられないとばかりに言う。そしてタイミング良く、衛兵に連れられてきたメリィシュ様が来た。
「デリセラッタ!!!私の場所を、返せ!!なぜお前が王妃なっ!?」
私の姿が目視できる距離に来ると、人が変わったように叫んでいた彼女は声を失った。
そしてみるみる青白い顔色になっていくメリィシュ様。
「あ、あ、なんてことを…。申し訳ありません…。デリセラッタ様、本当に申し訳ありません。」
彼女が私を見ることが出来るなら私も彼女のことを見ることが出来る。見ることが出来れば魅了の呪いを消してあげることは出来る。
色は失っても、力は残っているから。まあ、この力は王家の血とは関係ないからなのだけど。
「大丈夫ですわ。メリィシュ様。ねえ、陛下。これでわかったでしょう?」
私が陛下呼びしているのにも気が付かないのね、デリセラッタはふとそう思った。
「そうじゃな…。衛兵、ウィンセデット公爵も捕らえておるか?」
王様は疲れたように眉間を揉み衛兵に訊ねる。
「捕らえております。」
「牢屋にぶち込んどくんじゃ」
「はっ」
命令を受けた衛兵はホールを出ていく。
「うむ。皆の者、話を途中でやめてしまい申し訳ない。アレオンドは我が子ではなかったが、今日、王家の血を引く我が子となった。これからと変わらずよろしく頼む。そしてデリセラッタ、すまなかった。これからどうする?神秘的な色彩を持ち、不思議な力を使うそなたはこの国の貴族、隣国の王家でも欲しがるだろう。しかしこの国のためにもこの国の貴族に王女として嫁げ。どこがいいか?」
何を言っているのだ。私の体にはこの国の、ましてや王家の血など流れていない。王妃の血も、一滴足りとも流れていない。
「王よ。私はもう王女ではない。
貴方の血も、王妃の血もこの体には流れていない。
顔立ちは王妃と似ているかもしれないが、髪の毛先から足のつま先まで貴方達のものは何も引き継いでいないわ。
全部、殿下に差し上げましたもの。
私を娘の様に扱うのは先程までで結構。私たちはもう他人なのです。そして貴族籍を持たない私は平民。平民がどこに行こうと王様たちは関係ないですわ」
そこまで言うと、サッと顔色を変える王様。
ええ、ええ、不思議な力を持つ娘が敵国に行くかもしれませんもの。この国の未来のためにも心配でしょうね。
「な、何を言っているんだ。デリセラッタ?」
私は近くの使用人が持っていた果物ナイフを奪い、自分の腕をを切り付ける。
「何を!?!?…な、なんだそれは…!?」
ナイフで切ったところから出てきたのは、無色透明な液。恐らく私の体に流れる血だったもの。いや、血なのかも知れない。
ヒィッ、化け物、と軽い叫び声が上がったが王は違った。
まるで獲物を見るような目で、決して娘を見る目ではない目で静かに私を見つめた。
「…………デリセラッタお前は特別じゃ。逃がさんぞ」
本当に私は愛されていないのね。このタイミングでまた自覚させられる。
このタイミングで、もし、同じ血は流れていなくても私の可愛い子、などと言われていたら心が揺れていただろう。
しかし、そのような事を感じさせない、この国のためだけに生きさせられるような言い方をされれば余計に決心は固くなる一方だ。
「僕の唯一」
誰よりも美しい声で。私の事を呼ぶ声が。私の望んだ声が。
この広いホールに響き渡った。
彼はいつの間にか私の隣にいた。太陽の光のような暖かく燃える赤い髪にルビーの様な煌めく輝きを持つ美しい宝石の瞳。そして恐らくこの世界の誰よりも整った美しい見目を持ちながら、誰よりも何よりも繊細で清らかな心を持つひと。
「デリセラッタ。僕の唯一。」
名前も付けられず、捨てられた私に名前をくれた優しく愛しい私の唯一。
「ティヴァン!!」
思わず彼の名前を呼び抱きついてしまう。
****(第三者side)
「な、どこから入ってきたのじゃ!?衛兵、この不審なものを捕らえよ!!」
王様の言葉に衛兵は動こうとするが動けなかった。
「ふん。今代の王は自分の国が祀っているモノのことさえ知らぬのか。…もうこの国を庇護してやる必要は無さそうだな。」
ティヴァンが吐き捨てると王様は震え出した。
「ま、まさか。貴方様は、太陽神ティヴァン様なのですか!?」
****
太陽神は、創造神の次に生まれた神とされている。創造神が作る世界を明るくし、悪い所も良い所も良く見えるように照らし続け真実を見る役目を持った神であり、希望という名の光をもたらす精霊王でもあった。
人の為になればと優しい彼は、人の願いを聞く自らの分身を作り出した。それが精霊だ。
しかし、いつしか人はその力に頼り醜く争うようになった。
悲しく心を痛めた彼は正しく使える人を選ぶことにした。
選んだものは最初は清らかな心を持っていた。だが、力を得れば人は変わるもの。かの者は醜く染まってしまい彼は力を取り上げた。
次は誰よりも心が優しく綺麗なものを。そう思ったがなかなか現れず、彼の力が人に影響を与えなくなった。それでも心の醜いものたちしかいなかった。彼は少しづつ心を閉ざしていった。
分身とはいえ、精霊たちは各々性格があり一体一体が別のものとして独立していた。もちろん、精霊王のティヴァンとも別のものとして。
しかしティヴァンは生みの親。精霊たちの尊敬し、敬愛すべき相手。精霊たちの王なのだ。
精霊たちは考えた。王がこのまま心を閉ざしてしまったら。王はもう笑わないのではないか。大好きだった人たちを見捨てるのではないか。そう思った。
ならば王に合うものを育てればいい。
王の庇護する国の王族は精霊を見る目を持つと言われている。
ならばそこから得よう。何も知らぬ無垢な子を。
しかし、子を取り上げては悲しむのでは無いか?
ならば子を必要としていない者の子と取り替えよう。
しかし、王族は特別な色を持つらしい。
ならば私達が育てる子と取り替える子の色彩を交換しよう。
しかし、色はその者の個性。勝手に奪っていいのだろうか。
ならば私たちの子は上から茶髪茶目を。取り替えた子は王家の血を引いたと見せるために髪を魔法で塗ろう。そうすれば隠すだけで個性を失わない。
よし、そうしよう。
そして結果は、精霊たちの王は人をまた愛し始めたように見えたが、精霊王は人をまだ愛せず、ただデリセラッタという一人の女性を愛してしまったようだった。
****(第三者side)
「僕の唯一を返してもらうよ。」
ティヴァンがそう言う。
「なっ!……いや、デリセラッタを差し上げる代わりに我が国を見捨てないでいただきたい。」
王様の言葉がティヴァンの耳に入ると同時にピシッとなにかにヒビが入った様な音がする。
「先程もデリセラッタ本人が言っていたようにお前たちとなんの関係もないのになぜだ」
「王妃が腹を痛めて産んだのはデリセラッタじゃ」
ピシピシッ………パリンッ。
ホールのガラスというガラス全てが割れた。
恐らくティヴァンの何らかの力だろう。
ヒィッなどと小さな悲鳴は会場中に広がった。
王様の額にも汗が滲む。
王様の言葉は愛があれば通じるが、幾ら王妃が腹を痛めて産んだ娘を駒としてみていない王様に言われても説得力がないのは分からないのだろうか。
「ほう?ならば王妃よ。そちに聞こう。王家の血を引く息子と、なんの繋がりもない娘、腹を痛め産んだのはどちらの子だ?」
王家の血を愛する王妃の答えは決まっている。
王様は焦った。王家の血を愛する王妃の事を誰よりも見ていたから。しかしそれを宥めなかったことを今、後悔することになろうとは。
「ま、待つのじゃ!!」
「……私が産んだのは、腹を痛めて産んだのは……アレオンドですわ。私の血と王家の血を継ぐ子はアレオンドだけですわ。」
「お前!!なんてことを!?」
王様は王妃に今すぐにでも殴り掛かる勢いだったがその動きはティヴァンの魔法によってとめられた。
「そうか、ならばデリセラッタを返してもらおう」
「ええ。彼女は私たちとは関係の無いもの。構いませんわ」
王様はティヴァンのせいで声を出せないのか、静かに王妃を睨んでいた。そんな王様に代わり王妃が答える。
「………」
そうしてこれ以上何も言わずにティヴァンとデリセラッタは姿を消した。
****(デリセラッタside)
あれから数ヶ月経った。
ここはミクチュリオ国の隣の国、ジュウェベン帝国で、ミクチュリオ国とは反対の端っこにある何も無い村。
その村の中でも端っこにある我が家の庭で私は彼とお茶をしていた。
敷物を引き、地べたに座り、隣に座る彼と話すのは日課になった。
そんな幸せの日々が続いたある日、『ミクチュリア国は精霊の加護をなくした』と囁かれていた噂が耳に入り、あの日の事を思い出していた。
「ねえ、ティヴァン。私、何になったのかしら。」
愛しい私の唯一に聞く。
色彩も変わり、流れる血さえも無色透明な物になっていた私は一体何になったのだろう。
きっと、もう、人間では無い。そう思うとズクリと何かが胸に刺さったような苦しい感覚に襲われた。
しかし、逆に人間ではないなら、人間と同じ寿命では無いのでは。ティヴァンと半永久的に一緒に居られるのでは。ティヴァンに近づけたのでは…そんな淡い期待が胸を高鳴らせる。
「恐らく、月の女神デリセラッタだ。……済まない。僕のせいだ。」
心底申し訳なさそうに言う彼に驚いた。私は今まで勇気が持てずに聞けなかったけれど、やっと聞けた答えが女神なんて。
「め、女神?どういうこと?」
「力あるものが神の名を名付け、無垢なものが個性を捨て、その全てを創造神が認め、尚且つ、君の場合は月の女神デリセラッタの許可が必要だったんだが、あったことは無いが彼女ももう疲れていたのだろう。彼女も許可したがために全ての条件が揃った君は月の女神と交代してしまった。あ、心配しなくても前の月の女神は輪廻の輪に入り新たな命を与えられる。」
情報が多すぎる…。
「月の女神は時空を司る。自分の運命は変えられないが、生き物の命も出来事もなかったようにできるし、あったようにもできる。その為1番不安定な神でもある。自分の見ているものが本来の姿なのかわからなくなるから。でも大丈夫。太陽神の僕と一緒なら。太陽神は真実の目を持っているから何が嘘で本当かはわかるよ。」
頭がパンクしそう。でも取り敢えず、ティヴァンといればいいのね。そしてそれはこれから先、半永久的にティヴァンと一緒に居れるという事ね。そう考えていたら声に出ていたのか笑われてしまったわ。
「僕は心が読めるからね」
「えっ初めて聞きましたわ!?確かに察しがよすぎるとは思ってたけどまさか…。」
今まで彼の前で考えていたことを思い出す。………大丈夫。彼に聞かれて不味いものなんてなかったわ。ただ彼への愛がダダ漏れなのは恥ずかしすぎるけど。
あ、待って!?心の中だけ、私の唯一とか言ってるのもバレてたってこと!?まずいまずい恥ずかしすぎる。
「ふふっ、僕のことを唯一といつも言ってくれてるのは知っているよ。君の声で聞きたいな?」
こてんと首を傾げる彼。私よりも大きいはずで、私よりも年上のはずなのに可愛いと思わず唸ってしまう。
「………ティヴァン。…………あなたが私の、唯一。」
恥ずかしいと思いつつ、ティヴァンの方を見ると顔が真っ赤なのを隠すように手で抑えていた。
可愛すぎる。
そういえば、あの時も私の唯一と口に出したな、と思い出す。そしてあの時の、察しの悪い王妃に少しイラついたことも思い出す。
「デリセラッタ。彼女は君を愛せなかったことを後悔してたよ」
唐突のティヴァンの言葉に驚く。
私の心を読んだのだろう。
彼女とはきっと王妃のことだ。
「どういうこと?」
さっきから聞いてばっかじゃない私。少しは考えろって飽きられてしまうかしら。
「いくらでも聞いていいんだよ。僕が君を見捨てることなんて絶対ないから。
それで、彼女っていうのは王妃ね。彼女は君が国から解放されるのを選ぶためにアレオンドを選んだ。
………ああ思い出しただけでデリセラッタの色彩を纏う彼を潰したくなる。
ごめんごめん、話が逸れたね。
王妃はデリセラッタの血を、王家の血を愛していたことを誰より悔やんでいた。血がなくなっても繋がりがなくても自分の子は娘だけ、デリセラッタだけだと心の中で叫んでいたよ。
でもあの場で君が自分の子だと主張してしまうと君はあの国に縛られてしまう。君を王族だからと縛ってしまったからこそ君の自由を1番に望んでいたよ。
だからデリセラッタを傷つけた彼女を僕は許せないけれど彼女に敬意を示し彼女を老衰以外で死なないように精霊たちに頼んでいるよ。」
「そ、そうなの。王妃は、……………母様は私を。そう、そうなのね。」
嬉しく思うが、気づいてしまった。
自分の力を、母様の最後の優しさを。聞いてしまった。
聞いたからには変えなくては行けない。
母様はきっと、私を逃がしたことによって王に虐げられている。
母様は愛をずっと与えてくれなかったが、最後にくれた優しさがきっと母様なりの最初の愛なのだろう。母様は最後だけど私を見てくれた。私を、逃がしてくれた。
母様を、彼女を、救わなければ。
母様は愛をくれたから、私も愛を返す。
母様が幸せになれるように。
例え、忘れられても……。
「いいんだよ、そのままでも。」
そう言いながら、優しく彼が髪を撫でてくれるからこそ私はやる。
優しい彼のためにも。このままでは行けない。あの王はきっと私を王女のまま縛り付け、神に嫁いだと言い王家の価値を高めようとする。純真な心を持つ彼を利用される事だけは許せない。
彼の為にも、母様の為にも。
「優しいね、君は。」
彼に抱きしめてもらいながら力を使う。力を使うのはきっとこれが最初で最後にしたい。
デリセラッタの瞳からポロポロと生まれ落ちる宝石たちは頬を伝い、地面に落ちると淡く優しい光を放ち、消滅した。
デリセラッタは自分の涙を見て、もう人では無いのだと改めて実感した。
デリセラッタの涙は、宝石であった。ルビーもサファイアもダイヤモンドも。色んな宝石がこぼれ落ちた。しかしデリセラッタはその涙が存在する事を望まない為にも地面へと堕ちる宝石たちは淡い光を放ち消えてしまった。
「大好きよ、母様。ありがとう、産んでくれて。母様が忘れても、きっと私は忘れられないだろうから、どうか、心の中で母様と呼ぶのは許して。」
****(その後の記録)
デリセラッタは娼婦の娘。産まれたばかりの赤子は捨てられたその日から数日、誰にも見つけられず衰弱死。
アレオンドは王族の色を髪と瞳に纏い王家の血が濃いのがわかる彼は王位を受け継いだのだ。
メリィシュはウィンセデット公爵家が没落したため、王妃にはなれなかったが賢く王の役に立つため側妃になった。尚、ウェンセデット公爵は行方不明。
王妃(アレオンドの母)は、何か違和感を感じたが考えてはならぬと誰かに言われている気がし、違和感について何も考えずに生涯を全うした。40という歳若さで病気でも無く、老衰で儚くなった。アレオンドの事を血だけではなく、彼自身を見て愛したという。
王様(アレオンドの父)は、本当に王妃を愛していたらしい。しかし王妃の儚くなるその日まで気が付かず、政略結婚の為、愛を囁かずに義務でアレオンドを産ませたとされている。アレオンドが、第一王子が生まれたことにより王妃は用済みだとばかりに、見た目は優しく王妃に対応するが王自身は王妃を求めなかったそうだ。それを後悔し、王妃の後を追うように数週間後に衰弱死したそうだ。
王様は対外的には優しい人に見えたが内心は国のことしか考えていない、国にとっては良き人、人にとっては冷酷な人だった。人を駒としか見ていないような人だった。そんな王様は王妃を追うように儚くなり、何も知らないアレオンド王は冷酷な面を持つ王妃を迎え、賢妃と呼ばれるほどの知識を持つメリィシュ側妃たちと、良くも悪くも平凡な国を育てていた。
ミクチュリオ国に精霊は今もいるが、もう王族にも見えなくなってしまった。そして、その事実に気づくものは誰もいない。
そして最後に嫉妬深い太陽神に目をつけられてしまった王子の為に月の女神は王家の持つ色を変えた。誰よりも美しく気高く王子を支えたメリィシュ嬢を称え、王家の持つ色を青から彼女の持つ金へ。
王家の色を金にした為、青の色彩を持つものは生まれなくなった。それでも、青の色彩は決して月に女神に、彼女に戻ることは無かった。彼女は望んで自分の個性を捨てたのだから。
こうして歴史は変わってしまった。
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