自宅の前に後輩が捨てられていたのでスルーしたのだが
いつものバイト帰り、日が暮れて街灯がつく時間だ。
夕飯はコンビニで買って、俺――雪宮清治は借りているアパートの部屋へと戻る。
「……」
そんなアパートの部屋の前に、新品の段ボールと共に女子高生が捨てられていた。
俺の学校と同じ制服で、『拾ってください』と立て掛けられた看板を持ち、俺の自宅前に待機している。
その表情はどこか浮かない――というか、この世の終わりでも見ているかのようだった。
俺は特に焦ることなく、ポケットから鍵を取り出すと、そのまま部屋のドアを開ける。
そしてそのままドアを閉じ――
「ちょっとー! 何で話しかけてくれないんですか!? 普通話しかけません!?」
先ほどまでの死にそうな雰囲気はどこへやら、少女は無理やりにでも俺の部屋に入ろうという勢いでドアをこじ開けようとする。まるでホラー映画のワンシーンのようだ。
「いや、やばそうな雰囲気しかなかったから……」
「冷静! 相変わらず冷静すぎますって! あなたの後輩が家の前で捨てられているんですよ!? 放っておくなんて常識が許しませんって!」
「俺の常識をお前が語るな。それに、元後輩だろうが」
「バイトではそうですけど学校一緒だから永遠の後輩なんですぅー! はい、だから家に入れてください! 拾ってくださいお願いします!」
火事場の馬鹿力という奴なのか、俺の力以上の力を彼女は発揮して、無理やり部屋の中へと入ってくる。
やはりここはホラー映画の世界なのだろう。
抵抗したところで彼女なら間違いなく入ってくる……そんな気がしたので、俺は一先ず部屋に入れてやることにした。
黒の長髪に整った顔立ちは一見すると清楚に見えるのだが、今はそんな髪も乱れて肩で息をしながら玄関に跪いている。
「お前、自称大和撫子じゃなかったか?」
「た、他称も大和撫子です。現存最古の大和撫子です……!」
「その言い方だとお前が大和撫子の中で最も年寄りなことになるが」
「現存最ピチピチの大和撫子です……!」
当たり前のように言い直して、少女が息を整える。
立ち上がっても、俺より一回りくらい小さな彼女の名は――夕見依子。
少し前に俺と同じバイト先で働いていて、そして俺と同じ学校の一年後輩に当たる。
初めの頃は本当に清楚な女の子のイメージがあったのだが、少し付き合い始めるとそんなことはなく――どちらかというと天真爛漫という言葉の方が似合っていた。
本人曰く、「私ってコミュニケーションが苦手で人に会っても最初は奥手な感じなんですよねー! だから、仲良くなったらグイグイいけるタイプなので、先輩はもう私と仲良しこよしきよしってことなんです!」、だそうだ。長い。
「……で、その現存最ピチピチさんが何のようだ?」
「そう、そこなんです。今論じられるべき最大の問題点は!」
「今論じられるべき最大の問題点は、お前が俺の家の前で段ボールに立て看板片手に待ち構えてたことだが? 普通に警察案件なんだが?」
「通報されなくてよかったですね、先輩!」
「補導されなくて良かったな、後輩」
「あー! 後輩って呼んでくれましたね! 後輩と書いて後輩と読む後輩と呼んでくれましたね!?」
「うるせえ、後輩がゲシュタルト崩壊する」
「読んでにかけてくるとはさすがです!」
「……それより、何の用だって聞いてるんだ」
「先輩の部屋で養ってください。何でもしますから!」
「断る」
「はや! 即答はや!」
「即答だけで早いって意味だ」
「なんで断るんですか!?」
「いや、だって急に言われてもな」
「正論しかないじゃないですか……!」
俺に用意できるのは正論くらいしかない。
同じ学校の後輩が急に押し掛けてきて『養ってくれ』――そう言われても困ることしかできない。
「そもそも、どうしてそうなった。いいか、養うっていうのは大変なことなんだぞ」
「あ、そっちですか。そっちは冗談でして、アパートのお家賃半分支払うので、一緒に同棲してほしいなって……」
「……同棲ってお前、それも大変だぞ。そもそも俺とお前は付き合って――」
「ああもうっ! そっちも冗談です! いいですか、詳しくはこの紙を見てください!」
依子が俺に手渡してきたのは一枚の紙。依子はなんだかんだ説明が下手なのであらかじめ紙を用意しておいたのだろう。自称最古の大和撫子なだけあって、スマホのメモ帳ではないのが彼女らしい。そこには――、
「引っ越し?」
「そう、そうなんです!」
「そうか。残念だな……」
「諦めるの早!? そうじゃなくて、私はここに一人でも残ることを決めたんです! だから、少しの間でも泊めてくれる家を探しているんです!」
「友達の家にいけよ」
「ここです!」
「……いや、女子のだよ」
「……友達に迷惑かけたくないので」
「いきなり矛盾しやがってからに。そういやお前、友達いないとか言ってたっけ」
「はー? いますけど? 清楚キャラが定着していて今更キャラ崩壊させられないので先輩に頼ってるだけですけどー?」
したり顔なのがむかつく。
そう、依子は清楚な見た目だけでなく、学校ではそのまま清楚キャラで通している。
そして、清楚キャラが定着してそのまま崩せなくなった可哀想な奴なのだ。おそらく彼女が言いたいことは、一緒に暮らすとボロが出てイメージが崩れてしまうので、俺の世話になりたいということらしい。
「……お前、人の家の前で段ボールに入りながらよくイメージとか気にできたな」
「そ、そんな正論はいらないんですよ! 少しでも先輩の心の壁を取り除こうとしたんです!」
「逆に厚くなったわ。大体お前、俺は男だぞ?」
「……? 先輩は私に変なことしないですよね。真面目ですもん」
……平気でそんなことを言ってくるやつだ。「先輩が入れてくれないなら土管のなかで引っ越し先探します」と言ってくるくらいだし。
「それに、その……先輩だから……」
「ん、なんだ?」
「な、何でもないです! とにかく泊めてください!」
「……はあ、一先ず分かった。引っ越し先が見つかるまで、だな」
「さすが先輩! さす先! 話が早くて助かります!」
「話が早かったのはお前だけどな……」
こうして、こんな勢いで学校の後輩が転がりこんできた。
……そのまま、彼女が俺の家に居座ることになるとは、この時想像も――少しはしていた。
練習用という名のラブコメを再び書いて見ました!
清楚キャラを演じている後輩ちゃんと見せかけて、実は主人公の前ではハイテンションキャラを演じている本当は真面目で清楚な女の子だという設定を入れ忘れてました!