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ある霊視が出来る男性の手紙

作者: 杜

それは、とても蒸し暑い夜だった。クーラーなどついていない薄暗い和室に、扇風機のぶぅ~んという音だけが響いている。一本の蝋燭が放つ、ゆらゆらと頼りない灯りがその部屋を満たしていた。

 文机を前に、灰色の着流し姿の男が一人。目を閉じているのか、元来そういう形なのか、狐を思わせるような細い目をしていた。髪は白いがまだ若いようで、端正な顔立ちだ。

机の上には手紙の束。男はそのうちの一枚を熱心に呼んでいた。

 不意に、襖を開ける音が静寂を破った。

 「お兄ちゃん、何してるのぉ?」

 襖の向こうから、少女が中をのぞき込む。年は10歳くらいだろうか。真っ赤な浴衣と真っ白な肌、腰まで伸びた真っ黒な髪と、冬の夜の様に澄んだ瞳。それらのコントラストがあまりにも鮮やかで、まだ少女だというのにどこか妖艶な雰囲気すら醸し出していた。

 「稟、まだ起きていたのかい?これは仕事だよ。」

 男が優しい笑顔で答える。

 「眠れないのなら、これを読んでみるかい?おもしろいお便りだ。」

 そう言って男は、手に持っていた手紙を凛と呼ばれた少女に差し出す。

 少女はその手紙を読み始めた。


 

 拝啓 ×××様


 突然の、匿名でのお手紙をお許しください。私は東京都某区に住む学生です。

 あなたにお手紙を差し上げているという時点でご承知のこととは存じますが、私は霊視の目を持っております。生まれつきの体質で、物心のついた時分にはすでに視えることが当たり前となっておりました。

 今回あなたにお手紙を差し上げたのは、霊媒師として名高いあなた様のお考えを、是非ともお聞きしたいと考えたからであります。 

 お聞きしたいことというのは、「魂の在処」についてでございます。

 話しが長くなること、恐縮の極みではございますが、あなた様のご高説を賜るには必要なことでございますので、何卒ご容赦ください。


 私は学生であると述べましたが、恥ずかしながら、さほど熱心に勉学に励んでいるわけではありません。講義のない時間、あるいは抗議を欠席するときもありますが、天気のいい日などはよく、大学の近くの、大きな池がとても綺麗な公園で、文庫本を片手に日向ぼっこに興じるのであります。

 あれはある7月の、とても暑い晴れた日で、公園の池の水面が夏の強烈な日差しを受けてキラキラと輝いておりました。7月というのは巷に霊が増えてくる頃でございます(どうも盆の期間というのは明確には定まっていないようですね)。私は冷房というのがどうにも苦手で、夏の時期はいつにもまして公園にいる時間が延びてしまうのですが、その日も私は昼下がりの頃から『遠野物語』を片手に木陰で暇をつぶしていたのです。

 ふと池の方へ目をやると、奇妙な二人組が池の畔で言い争いをしておりました。

 二人は男女ひとりずつ、男性はスーツ姿で、女性は華やかなフリルのついたドレスのような服装でした。私は彼らが幽霊だとすぐに気づきました。池が日差しを反射する光が透けて見えていたからです。

 幽霊同士の言い争いというのはご存じの通り、生者のそれよりもずっと危険なものです。放っておけば、何かよくないモノが集まるのか、私などは生来の体質からそういったものによくあてられてしまいます。またそれは、霊視の目を持たない者にも何がしかの悪影響を与えてしまうことがしばしばあるようです。

 私はただ霊が見えるというだけで、その道の摂理には明るくないのですが、考えるに、多くの幽霊はこの世に未練があるわけで、それ故に生者より負の感情に流されやすいのが一因ではないか、と解しております。

 さて私が先ほど「奇妙」と申しましたのは、一つにはこの点です。つまり彼らはどつきあうほどの言い争いをしているのに、悪い気が全く感じられないのです。

 私は、おや、と思い、彼らの声が聞こえるところまで近づいてみることにしました。

 するとどうでしょう。彼らは確かにどつきあいながら言い争っていたのですが、なんと「漫才」の稽古をしているではありませんか。

 「ちょっと相談があるんだけども。」

 「何何?」

 「この間この公園で散歩してたらね、若いカップルがいちゃついてたんですよ。」

 「若いっていうとどのくらいだったん?」

 「高校生くらいかな?僕はほんの出来心でね、ちょっと驚かしてやろうと思いましてね。」

 「やめときなさいよ。え?大事な青春の一コマなんだから、邪魔してあげなさんな。」

 「良いじゃないですか少しくらい。こっちは死んでしまって、もう女の子といちゃつくことも出来ないんですよ。それにちょっと脅かすくらい、せっかくお化けになったんだから一回くらいやってみたいじゃないですか。」

 「そうだけど。で、どうやって驚かしたん?」

 「いや、そこで相談なんですよ。だって僕ら、何にも触れないんですもん。」

 「そらそうよ!お化けだもん!」

 「それをすっかり忘れてて。いくら男の方を驚かそうと思っていろいろ試してみても、柳に風ってな感じで。」

「あら、ちょっと上手いじゃない。お化けだけにね。でも世の中、そうそう悪いことは出来ないようになってんのよ。」

「いや、でもせっかくお化けになったからにはやっぱり驚かしたい。だから相談っていうのはね、どうしたら生きてる人等を脅かせるかなと思いまして。」

 「写真とかに写り込んでやったらいいんじゃない?」 

 「そんなん、だめですよ!お寺さんとかで供養されたら、下手したら成仏モンですよ!」

 「そしたら、走ってる車に飛び乗ってバックミラーにでも映ってやったら?」

 「いやですよそんな危ない!事故られでもしたら下手したら僕も死んでしまいますよ!?」

 「もう死んでるだろ!あんたお化け向いてないよ。やめさして貰います!」

 とこのような具合です。

 多くの幽霊にはしっかりとした意志があるということは、私も経験上承知しております。住宅街などでは、井戸端会議をしている幽霊をよく見かけたりするものですから。しかし、漫才の稽古をしているお化けとは、奇妙というほかありません。さらに奇妙なことに、彼らはその翌日も翌々日も、同じ場所で同じように稽古に励んでいたのです。

 普段であれば、私から幽霊に話しかけるようなことはございません。先ほども申しましたように、幽霊というのは基本的に負の感情をため込みやすく、話しかけたとして理不尽に祟られないとも限りません(幼少期の分別の付かない頃には、大変苦労したものです)。

 しかしこのときに限っては、どうにも気になってしまい、またあまりにも彼らが生き生きと稽古に励んでいるのでよもや祟られはしないだろうとたかをくくり、私の方から話しかけてみたのです。

 すると、二人は自分たちのことを聞かせてくれました。

 男の方はと言うと、死因は会社でのいじめを苦にした入水自殺で、死体は今も池に沈んでいると言います。女の方は、彼氏の妻に殺されてしまい、死体はこの公園の敷地内に埋められているとのこと。二人は死後にここで出会い、慰みに話していたら、二人とも漫才を見るのが趣味だったとわかり、意気投合したらしいのです。そして、生前は勇気がもてず、自ら漫才をするなどとても出来なかったけれど、死んだ今となっては失うものもなし、公園で稽古に励もうと誰に見られる訳でもなし、挑戦してみようじゃないか、と言う運びになって今に至るという訳です(コンビ名は「死体噺隊したいはなしたい」だそうです)。

 さてここからが、あなた様にご相談させていただきたい本題でございます。

 私は彼らを成仏させる方法を心得ております。死体の在処を警察に届け出、しかるべき方法で供養してもらえばよいのです。私はこのような体質ですから、不意に死体を発見してしまうことは今までもありました。その死体の魂は例外なく、しっかりと供養してもらうよう計らえば安らかに成仏していきました。今や私は、彼ら一組の漫才コンビの死体の在処を知っているわけですから、彼らに安らかな成仏をもたらすのは訳ないことなのです。

 しかし彼らは、自分達を死に追いやった人物を恨む気持ちはもちろんあるけれど、今こうして漫才に興じて過ごす時はとても幸せだと、まぶしいくらいの笑顔で話すのです。

 私は今まで、幽霊とはいえ肉体を供養すれば成仏するわけですから、当然魂というのは肉体に属するのだと考えておりました。しかし彼らは、生前の恨みよりも今の楽しみの方が勝っている様子。死んだ時点で肉体の変化は終わっているのにもかかわらず、幽霊の状態で新しい「生き甲斐」を見つけてしまった彼らの魂は、肉体から独立して存在しているかの様です。

 果たして、魂とは人間の何処に由来するのでしょうか?肉体の活動が停止しても、魂は成長出来るものなのでしょうか?そうであるならば、私たちが生きている意味とは何処にあるのでしょうか?

 私は彼らの死体の在処を知ったからと言って、彼らを成仏させ、魂だけの幸福を奪うことは許されるのでしょうか?

 つまるところ、魂の在処とはいったいどこなのでしょうか?

あなた様のお知恵をお借りしたいと思い、この手紙を差し上げた次第です。

 これは私たち生者にとっても、その存在の根元に関わるような、重大な問題だと私は思います。どうかご教授ください。何卒よろしくお願い申しあげます。

                                      敬具


 追伸。いつも「月刊 異世界への扉」楽しく拝読いたしております。是非この投稿を「お悩み未解決!~幽霊が見えるのはあなただけじゃない~」のコーナーで取り上げてください。お願いします。


 平成29年某月某日   PN・お化け越しに見る夕日は切ない より



 「凛はどう思った?」

 男は優しい声色で、少女に尋ねた。

 「生きてる人からのお手紙、珍しいねぇ。」

 「そうだね。この人には答えてあげないといけないね。」

 「トリオを組んじゃえぇ!っていうのはどう?」

 「あはは。面白そうだけど、だめだよ。この青年があちらへ連れて行かれてしまう。」

 「わかってるよ。冗談ですぅ。…でも、この二人。死んでまでやりたいことがあったなら、生きてるうちにやっとけばよかったのにねぇ…。愚鈍だねぇ、愚かしいねぇ。笑っちゃうくらい滑稽だねぇ。」

 凛と呼ばれた少女は、きゃっきゃっと声を立てて嗤った。

 男は、少女の頭を優しく、とても優しく撫でた。相変わらず男の目は細く、その表情は窺えない。

 「さぁ、もうお休み、凛。いい子は寝る時間だ。」

 「えぇ~。私もお兄ちゃんの仕事、お手伝いできるよぉ?」

 「ありがとう。でもそれは凛がもう少し大人になってからで良いよ。明日も朝から出かけるのだから、休みなさい。」

 「…はぁ~い…。おやすみなさい。」

 「はい、おやすみなさい。」

 少女は部屋から出ていった。

 「さて…。」

 男は筆を執り、原稿を書き始めた。

 


 お化け越しに見る夕日は切ないさん。お便りありがとうございます!

 あなたのお悩みですが、結論として、生者であるあなたには、果たすべき社会的義務があります。死体の在処は、しっかりと通報すること。

 死者には死者の、生者には生者の理があるのです。それを犯してはなりません。

 今は二人の霊から悪い気は感じられないとのことでしたが、日々が楽しくなればなるほど、現世への執着が湧いてくるいうものです。その前に成仏に導いてやらねばなりません。

 ただ、この二人の霊を哀れむ必要はあまりないでしょう。

 あなたが二人に出会って考えたように、魂とは肉体から独立して成長します。今回のように、死後生き甲斐を見つけるということもあるでしょう。

 しかし、あくまでそれは、生きていた時間があったからこそなのです。

 二人の魂には、生前「漫才を見るのが楽しかった」という確かな記憶があります。それがあったから、今、日々を楽しく過ごせているのです。

 不幸にして亡くなられた二人ではありますが、生きている間に、間違いなく楽しいと思える時間があったのです。それはとても幸福なことです。

そしてそれこそが、私たちが生きる意味だといえるのではないでしょうか。

 生まれつき人と違う体質をお持ちのあなたは、大変なこともあるでしょうが、このことを忘れずに生を謳歌してください。がんばって!

                         スーパー霊媒師・閏より



「…こんなものかな。全く、少しは自分で考えてほしいものだ。やはりどうも人間は…。」

 男はふみ机を片づけると、蝋燭の火をふぅっと吹き消した。


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