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バイバイ

作者: 夕季きろ


見つからないうちに帰ろうと思っていたが、

 「上田~、帰りマックいかね?」

 くそ重い教科書を詰め込み終わった所で、いつも『所属』してるグループの連中からへらへらと声をかけられた。面倒だ。俺の『仕事』はもう終わってんだよ。

「わりい、今日はパスで」

 俺は内心思っていることを悟られないように、いつも通りの口調で、笑いながらリュックを背負う。教室には十人ほどの生徒が残って思い思いに騒いでいる。掃除の当番の奴らは掃除なんてこれっぽっちもやらず、英語を担当している教師の悪口で盛り上がっていた。

「なんだよーノリわりー、んなことやってっと友達いなくなんぞ―」

 俺に友達なんかはなっからいねーよ、と言いそうになった。

「わりーな、また誘ってくれよ」

 この空間で演じることに既に疲れ切った俺はそう言い残して、さっさと騒がしい教室を後にして、早歩きでだらだら歩く生徒の波を追い越す。正面玄関に向かう途中、知り合いや目をかけられている教師などに出くわすかもしれないため、人通りの少ないB階段を使うことにした。出くわせばまた好青年を演じなければならない。それは今日はもうごめんだ。期待通りB階段は誰も居らず、白い壁が異常に寒々としていた。階段を下りていく最中、何処からかさざ波のように吹奏楽部の楽器の音が聞こえた。

「上ちゃん」

俺はビクッと立ち止まった。が、声を掛けてきた相手はその呼び方と声で嫌になるぐらい分かっていたので、振り返らず歩き始める。

「ちょ、ちょ!無視すんなよ!」

ドタドタと馬鹿でかい音を立てながら、階段を駆けおり、そいつは俺の横に並ぶ。

「おい、無視すんな!」

そいつはいつものように時代遅れだろってぐらいデカいレンズの眼鏡をかけて、寝癖だらけの頭をしていた。

ただでさえイライラしてるのに、耳元ででかい声を立てられるのは苦痛でしかない。

「なんだよ、宮本」

しかし、まあ、宮本が俺に用があるって言ったらあれしかないということは、宮本が声を掛けてきた時から俺には分かっていた。

「行こうよ公園」

宮本はダセえ眼鏡をクイッとして、へったくそなしたり顔で言った。

「UFO呼びに」

「うそだろ…」

俺はこれでもかと大きなため息をついた。それは人のいないB階段に響きわたった。

         

           *                       *


 宮本と俺はいわゆる幼馴染だ。小学校を卒業後別々の中学に入ってもう会うことはないと思ってたら、最悪なことに高校で出くわしてしまった。宮本はそれを「上ちゃんと俺はやっぱり、銀河系の赤い糸で結ばれてんじゃ」なんて言っていたが、銀河系の赤い糸ってなんだ。そんな糸は早いとこハサミで切ってしまいたい。正直、別に俺は特別幼少期、宮本と親しかった訳じゃない。お互いそこまで意識しない、仲良しグループのメンバーの一人て感じだった。だけど、あの日の夜、十歳になったばかりの俺たち二人が宇宙人にさらわれた。そのせいで、宮本は自称親友になりやがり、何かにつけて俺に粘着するようになった。

そして、今日もそのせいでこのくそ寒い中、公園で訳の分からないアンテナのついた鉄の棒を持って突っ立ていなきゃいけなくなってしまった。

「宮本、寒いから俺、帰りてーわ」

俺は公園の先端で座り、華奢な背中を丸め作業をする、宮本の背に声を掛ける。作業と言っても小型ラジオの周波数を忙しなく変えているだけだが。

「黙ってて、あいつらの声が聞こえるかもしれない」

 振り向きもせず、宮本は途方もなく真剣な声を返してきた。寝癖が冷気を伴った風で揺れる。俺は呆れきれないぐらい呆れ、それ以上何かを言うのを諦めて、アンテナのついた鉄の棒を地面に放った。鉄が冷たくてもう持っていられない。

 この街は、丸い皿のような構造になっていて、街の中心に行けば行くほど必然的に下に降りていくようになっている。そのため俺たちの居る街の中腹のこの公園からは街の景色を一望できた。空は灰色の曇り空で、前方になだらかに下って続く街の風景は冷気によって凍ってしまったようだ。行きかう電線には生き物は停まっておらず、遠方に建つ団地の無機質な壁はヒマヤラあたりの氷河のようにも見える。

「さみーな」

 こんなにも寒いと外で過ごすことなんて普通は出来やしない。現にこの公園には俺たち以外に人の姿はなかった。俺はポケットにかじかんだ手を突っ込み、マフラーに顔を埋める。まずい、何か温かい物を飲まないと本気で死ぬかもしれない。仕方なく踵を返し、公園の外にある自販機へと向かって一人歩き出す。公園の木から枯れ落ちた葉が踏むごとに小さな音をささやかに鳴らした。

 缶コーヒーを二本持って帰ってくるも宮本は変わらずラジオを弄っていた。

「ほら」

俺は眉間に皺を寄せる宮本の顔の前に缶コーヒーを差し出した。

「あ、」

 宮本はちらりと顔を上げ、俺の顔を見た後指し出された物を見て、

「あんがと」

と言って受け取ると、にやつきながらプルタブを開けた。カコンと良い音がした。

俺も自分の缶コーヒーを開け、黙って一口飲む。温かい。

「はー、やっぱさ、あの日居たメンバー全員居ないと無理なんかなー」

 宮本は缶コーヒーを啜るように飲みながらそう呟いた。こいつ猫舌か。

「岩木と菅君、俺、上ちゃんの四人じゃないとさ」

「岩木は死んだだろ」

「そうなんだよなぁ~」

「菅原はヤンキーになっちまったし」

「いやー怖くて連絡とれないなー、菅君とは」

あの日の夜、超常現象の検証番組に触発され、UFOを呼ぼうとこの公園に夜中に集まったのは俺と宮本に街の工場の息子の『岩木』と寡黙で内気な『菅原』の計四人だった。その岩木と菅原の二人は片方は中学に入る前にバイクに轢かれ、もう片方は内気だった少年が一変して、なぜか盗んだバイクで人を轢く奴になってしまった。

「それにもし仮に、岩木が生きていて、菅原がグレていなかったとしてもUFOを呼ぶなんてふざけたこと付き合わねーよ」

「んなことないさ」

 宮本は大真面目な顔で首を横に振った。左手で眼鏡の位置を一度直す。

「岩木も菅君も来る。俺には分かる」

「どうして分かるんだよ」

「さあね」

 缶コーヒーを地面に置くと、宮本はまたラジオに手を伸ばした。俺は話題を切り上げようとした宮本の言葉に何か引っかかりを感じた。が、追及はせずに黙ってコーヒーを飲み、空気を変える話題を探す。忙しなく変わるラジオの周波数が様々な音を拾っていくが地球外生命体の声は未だ拾えない。

「そういやさ」

俺はそのラジオの音を聞いてふと素朴な疑問が湧いてきた。

「なんで、ラジオで宇宙人の声を拾えると思ってんだ?」

「はぁ?」

俺の問いかけに宮本は顔は上げず、呆れた声を出した。

「なんでもなにも、あの日ラジオであいつらの声を拾ったじゃん」

全く憶えていない。俺の記憶だと星が夜空に瞬いたと思ったら、こっちに向かってきて、それが球状の銀の宇宙船だったことは何となくおぼえている。その後、もわもわした宇宙人に俺と宮本の二人は攫われたことも。

「そうだったか?」

「それに何より」

一呼吸置いて、宮本はラジオから手を放し、顔を上げた。

「上ちゃんの発案だよ」

「俺の?ラジオを使おうとしたことが?」

「いやいや、全部」

「全部?」

「あの日、公園でUFO呼ぼうってみんなに声かけたのは上ちゃんだろ?」

「は?」

俺が人を集めた?こんなあほくさいことのために?

「まさか、」

むしろ、ひょうきんで好奇心旺盛な宮本が言いだしそうなことじゃないか。

「上ちゃんがあの日の前日にアンビリバボーだかアド街ック天国だか見て、俺たちのグループで内容を喋ったんだよ。で、俺たちもやってみようよって上ちゃんが提案して、乗ったのが3人。岩木、菅君、俺」

「いやいや、嘘つけ」

高校で宮本と再会してから俺は何回かこいつに強制的に引っ張られてここでUFO呼ぶ手伝いをやらされてきたが、今までそんなこと一度も思い出さなかった。俺の若干の動揺を無視して、宮本は淡々と話し続ける。

「グループの中で上ちゃんはすげー興奮して宇宙とか異星人のこと語ってたよ。まじめに聞いてたの3人だけだったけど」

「思いだせねーわ、ほんとうに」

 そこで、お互い口を閉ざした。俺はどうにか思い出そうと頭を回転させたが、これっぽっちも自分が幼馴染に対して、興奮して絵空事を話す姿を想像出来なかった。宮本の表情を盗み見ると、ほんの少し瞼を閉じていて、俺には何となく遠くを見るような顔つきに見えた。普段は見せない表情だ。車が公園の前の道路を走った。

「なあ、上ちゃん」

 俺を見ずに、宮本は俺を呼んだ。俺は返事をせずに宮本の言葉を促す。

「この街はさ、中心に行けば行くほど下っていく構造になってるじゃんか、それがなぜなのか俺は分かったんだ」

厚く揺れ動かない雲の隙間から光の線が唐突に街を射した。俺はそれを見つめた。

「大昔隕石が落ちたんだよ。だから、この街はクレーターの上に建ってるんだ。そんで、あの日きたあいつらはその調査のためにこの街やってきたんだ絶対に」

見ると、宮本も光の線を見つめていた。また、沈黙が訪れた。だけど何となく、俺は気づいていた。その気づいたことを宮本に伝えずに終わりにするか、伝えて終わりにするかを考える。でも、まあ伝えても伝えなくてもそのうち宮本は傷ついちまうか。

「宮」

結局、俺は宮本と友達だった頃に戻ることにした。

「おまえ、信じてないな」

「うん、そりゃーね」

振り返って、宮は明るく楽しそうに笑った。

「ほんと、いつの間にかなんにも信じられなくなっちゃたんだよね。でもそれが怖いから信じてる振りして、」

 宮はラジオを手に取って、

「こんなことしてるアホみたいに」

地面に放った。衝突の瞬間鈍い音がした。宮の表情は自嘲気味な笑顔に変わっていた。俺は黙って宮が喋りたいように喋らせてみることにした。

「確かにあの日、俺と上ちゃんはあいつらに捕まって、どうにかこうにか逃げ出した。でも最近じゃその記憶もなんだか曖昧なんだ。あのさ上ちゃん、俺たちは本当にあの日あいつらに出会ったんかな?」

「さーな」

ぬるくなった缶コーヒーを一気に飲み干す。喉を通りきってから、一つため息をつく。

「憶えてるっちゃ、憶えてるけど昔のことだし、もしかしたら、俺とお前で作った嘘の話を気づかないうちにごっちゃごちゃにしてるってこともありえる」

銀の宇宙船が現れて、もやもやした宇宙人に攫われた。どうなんだろうな。

「それよりも、お前が言った、発案者が俺だったてことの方が信じられないけど」

「それはほんとだよ」

「そうか」

「俺はね、上ちゃん」

宮は立ち上がって、服についた泥を払うと、ひょいっと目の前の落下防止の手すりに飛び乗った。手すりの上で仁王立ちになり街を見渡した。

「危ないぞ」

下は住宅街家の屋根か網目状に延びるアスファルト。落ちたら即死だろう。そんな俺の心配を無視して、独り言のように宮は話す。

「この先どう生きていけばいいのか分かんないんだ、俺にはなんにもないからさ。でもあの日のことはそんなことどうでもよくなるような瞬間だったはずなんだ。なのにそんな大切なことなのに記憶が曖昧で…」

黒いカラスが空を駆けていく。射しこんでいた太陽は雲の幕を引くように消えた。

「どうしたらいいんかなぁ俺は」

 呟きはふわふわと消えていくような声音だった。俺はとにかく遠くに落ちていきそうな宮の言葉を掴まなければと思った。

「俺もそうだよ、俺も同じだ。どいつもこいつも変わっていくし、もしくは死ぬし。それでも昔みたいに生きられたらとか考えるよ。でもそうはいかないからどうにかやっていこうとするとなんかいろいろなくなっていって、そのうち多分、、」

一呼吸おいた。

「全部なくなる」

 街は相変わらず俺達二人を無視して佇んでいた。

「うん、その通りだね、もうどうしようもない」

宮は手すりから降りた。表情は特別思い詰めたものではなくいつもの宮のものだった。

「上ちゃん帰ろうぜ、さみーしさ」

むしろ、元気そうな顔つきだ。

「お前な、だから帰ろうってさっき言っただろ」

蓋をしたように変わらず厚い雲で街は覆われていた。


         *                             *


 次の日、宮は居なくなった。多分宇宙人に攫われたんだろう。さらにそれから一年ぐらい経って、菅原がバイクの事故で死んだという噂を小耳に挟んだ。そんなことがありながらも、俺は大学に進んでそれなりに楽しくやってる。演じたりするのも慣れたし、なんだかんだ生きることは簡単なんだって最近きづいた。まあそんな感じでそのうちあいつらのことも多分忘れる。



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