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すぐそこにある未来

すぐそこにあるゴミ問題

作者: 坂井ひいろ

 かつて人口百万人を有する江戸は、理想的なリサイクル都市だった。割れた茶碗、破れた傘、古くなった布団や畳、着物や農具などありとあらゆるものが職人によって修復され、再利用されていた。紙や古着はもちろん、果ては台所の灰や糞尿を買い付ける業者まで存在した。


 時代が進むと西洋文明に浸食されて、大量生産の名のもとに、人々は大量消費を強いられることとなった。人口一千万人を超えた現代の東京では、年間約二百七十五万トンのゴミが排出された。なんと東京ドーム約七杯以上に相当する大量のゴミの山だ。


 都市鉱山だとか、リサイクル時代と叫ばれてはいるが、その実、排出されるゴミの大半が焼却処分されていた。一方、最新のゴミ焼却炉は高温で焼却することでダイオキシンなど発生を押さえることができた。都民にペットボトルの分別を強制しておきながら、実際は火力を上げる為に、こっそりと一般ごみに混ぜて焼却する自治体もあるらしい。


 又、不燃ごみの多くが、わざわざ大量の燃料を使ってコンテナ船で輸出された。リサイクルの名のもとに、劣悪な環境で働く現地の低賃金労働者と自然破壊を生み出していた。都民のほとんどが、その事を知らずに、又は知っていても目をつむって暮らしていた。


 日本には、古来より『もったいない』と言う言葉が存在する。これは、世界に類を見ない概念だそうだ。だが、現代の若者はこの言葉をほとんど使わなくなってきている。もはや『もったいない』と言う言葉は、日本国内では死語になりつつある。


 そこで私はあるビジネスを開始した。みなさんは『ビンテージ』と言う言葉をご存じたろうか。似たような言葉に『アンティーク』と言うものがあるが、こちらはだいたい百年以上前に製造されたものを指すそうだ。『ビンテージ』はそれ以降に製造されたもで価値のあるもの。つまり、厳密な定義は存在しない。


 それとは別に『ユーズド・イン・ジャパン』と言う言葉がある。まあ、簡単に言うと中国製だろうと何だろうと日本人の肥えた目にかなって『日本で使われていたものは良いものだ』と言う、アジア諸国の人々が抱く神話みたいなものだ。


 この二つを組み合わせて『ユーズド・イン・ニッポン・ビンテージ』なるものをインターネットを使って売り出した。ちなみに『ユーズド・イン・ジャパン』を使わない理由は商標登録されているためだ。世の中には目ざとい奴がいるものだ。


 が、しかし、これが大当たり。商売の流れはこうだ。新聞やインターネットで金持ち連中の葬儀の告知をチェック。葬儀を終えて、親族が落ち着いた頃合いを見計らって訪問。金にならない故人の遺物を処分の名目でタダで引き取る。金目のものは他の業者に転売するので一石二鳥。後はガラクタや古着を丁寧にクリーニングして、写真を撮りネットに上げる。たったこれだけだ。


 ブランドものでもない家具や工芸品などのガラクタ。金色の背広など今では考えられないメチャクチャなセンスの古着が『ユーズド・イン・ニッポン・ビンテージ』の言葉一つで飛ぶように売れた。正に、古き良きバブル万歳だ。




「山下君は脱サラしてずいぶん儲けているようじゃないか」


「いやいや、先輩。事業なんて始めるもんじゃないですよ。浮き沈みが激しくて。いつ倒産するかヒヤヒヤもんです」


「そうかなー。羽振りがよさそうに見えるがなー」


 くっ。イエスマンで成り上がった部長風情が。在職中は人のことをぐずだの、アホだの罵ったあげく、散々な無理難題を押し付けたくせに。今更、先輩面して現れるんじゃない。


「いやーもう。安定した仕事が一番ですよ。本当に」


「そう言わんでくれ。実は君の事業を我社で大々的に引き継ぎたいと社長が言っているんだ」


「・・・」


「それなりの事はさせてもらうつもりだ。ここは一つ、君の持つ『ユーズド・イン・ニッポン・ビンテージ』ブランド、つまり商標を売ってくれんかね」


「・・・」


「一億だそう。君もサラリーマンをしていたのだから、これがどんなに大金か分かるだろう」


「事業が波に乗って儲かっているところですが、分かりました。先輩の頼みなら邪険じゃけんにはできません。三億円なら手を打ちます」


「山下君。君も言う様になったね。商売の落としどころを理解しているようだ。二億円までなら今すぐ出せる用意がある」


「二億円ですか・・・。考えさせてください」


 私は飛び上がって喜びたいところを、あえて苦虫を噛み潰したような顔をする。苦渋の選択をしているように見せかけることで、ブランド価値を高める為に。


「わかった。私の裁量で一割、二千万円を上乗せしよう。他ならぬ君のためだ」


「先輩には色々と御恩がありますし。先輩じゃなきゃ絶対に売らないんですが。分かりました。二億二千万円で手を打ちましょう」


 私は先輩の持ってきた売買契約書にサインした。喜び勇んで帰っていく先輩の後姿に手を振る。


 程なくして私の口座に二億二千万円が振り込まれる。愚かなやつだ。バブル期の遺品にはそれなりに価値があったが、バブル崩壊後に日本で売られた品物は安物ばかりで本当のガラクタだ。『ビンテージ』なんてとても呼べない。


 ビジネスには潮時と言うものがある。成功することより、やめるタイミングが一番難しい。古物商なんて大々的に商売できるものか。直ぐに仕入れが尽きる。二年もせずに先輩の事業の失敗が経済紙を賑わすこととなった。






おしまい。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは面白いですね。内容に説得力があり、なおかつざまぁ系で上手く締めくくられてますし。
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