虹色の空
この空間は僕にとって居場所であり、千遥と出会った場所でもある。
「これで、太陽は元の世界に帰れるね」
どこか寂しそうに呟く彼女の目は今にも涙が溢れそうな目をしている。
「どういう事?」
僕には全く理解ができない。というか、理解しようと思っていないのだろう。
「太陽は、本当の世界では病院で眠っているの」
「えっ!??」
いきなりのカミングアウトで驚きを隠せない。
僕が眠っている?それも、病院で??
「現実世界でも太陽が中学1年の時いじめられていて、学校の屋上から飛び降りたのよ?」
ゾワっと鳥肌が立った。
僕はこの世界で試されていたのだろうか。
また同じ人生を歩もうとしていた。
「運良く命は落とさなかったけど今植物状態なの。でも、今の貴方なら本当の世界でもやって行けるよ」
「やだ!!僕はずっとここに居たい!」
即答で答えた。いつの間にかこの世界をかなり気に入っていたらしい。
「ミッションは無事クリアしたから大丈夫だよ。元の世界に戻っても太陽は大丈夫。あっ、太陽の、口癖の“大丈夫”が移っちゃうたわね。」
無理に笑顔を作り僕をぎゅっと抱き寄せる。
「元の世界に私もいるわ。だけどね、飯田千遥と言う名前じゃないの。太陽の事も知らないわ。だけど、貴方なら…諦めなければ私を見つける事が出来ると思うの。もし、見つけたら……。」
千遥の話を聞きながら涙が勝手に僕の頬を伝わり落ちていく。
「僕、絶対見つける!千遥を絶対見つける!」
涙が止まることなく溢れ出しぎゅっと千遥を抱きしめる。
「人を頼る事はダメじゃない。人を頼る事が出来なくて自分で抱え込み逃げて関係の無い人に迷惑をかけるのがよっぽどダメな人間なの。」
ゆっくりとこの世界が消えていく。
たくさんたくさん涙が零れる。
この世界に来てこんなに泣いたことがあるだろうか?
消えて欲しくない。
ずっとそばにいて欲しい。
そんな願いは誰にも聞きいれて貰えず、千遥の体もどんどん薄れていく。
現実の世界に今の太陽なら逃げずに向き合える。
忘れないで、貴方は1人じゃない。
私がそばにいる。
諦めなければきっとたどり着けるから。
現実世界で必ず会おう。
ニコッと微笑み千遥は消えていった。
「ちはるぅぅぅぅー!!!!」
瞼が重い。
体が重い。
指先に力を入れると微かに動く。
「先生ぃ!!亮一君が!!!先生!!」
騒がしいな。
ここはどこなんだろう。
目を開けたい…けど、目を開けていいのだろうか?
心がちょっと苦しい。
「亮一君!分かるかい?聞こえるかい?」
ゆっくりと目を開ける。
白い天井が見え男の人と女の人が僕の顔をジロジロ見ている。
女の人は何故か涙目だ。
「こ…こは?」
おずおず尋ねる。
まだ、上手く喋れない。
「ここは病院だよ。覚えていないと思うが君が中学1年の時学校の屋上から飛び降り運良く植物状態になっていたんだ。あれからもう8年経過したよ。」
8年!??
夢の中ではそんなに月日は流れていないのに、実際は8年も月日が流れていたなんて。
「でも。良かった。亮一君目を覚ましてくれて」
涙を流しながら僕の手を握るナース。
「あの、亮一って誰ですか?僕の名前は……あれ?」
僕の名前は…なんだったけ?
さっきまで違う名前で呼ばれていたはずなのに…思い出せない。
僕にとって大事な人に付けてもらった大切な名前のはずなのに。
「何を言ってるの。あなたの名前は、杉浦 亮一君よ?きっと夢でも見てたんじゃないかしら?」
夢…だったのだろうか。
全部あれは…夢。
とりあえず、僕の名前はーー。
杉浦 亮一。現在21歳らしい。
両親は離婚を父の方に引き取られていたが、酒癖が悪く、僕が飛び降りた1年後に自殺をしたという。ナースさんが話してくれた。
その話を聞きながら僕の父親ってどんな人物だったけ?と、少し興味が湧いたがすぐどうでも良くなった。
リハビリを3ヶ月程行い退院の日。
「元気でね、亮一君!」
たくさんのナースと2人の医師に見送られるなんて思っていなかった。
みんな、笑っている。
泣いている人も何人か居る。
「お世話になりました!」
元気よく挨拶をし、歩き出す。
太陽の日差しが強く、一瞬目を細める。
なんで今日はこんなにも暑いんだ。
「太陽!行くよ!」
そう聞え、慌てて声が聞こえた方を探す。
「ママ、待ってよー!」
公園で遊んでいた親子の会話だ。
なんで、今自然と体が反応してしまったのだろう。
僕の名前は…杉浦亮一なのに。
退院してから1年が過ぎた。
現在僕はボロアパートで一人暮らしをしながらサラリーマンとして働いている。
毎日遅くまで残業をし、出勤をしてと、繰り返す日々。
人混みは時々気持ち悪くなる。
毎日のようにニュースになる人身事故。
この世界は毎日のように誰かが自分の命を投げ出している。
「ちはる!早く行かないと遅刻するよ!」
「待ってよ!りな!」
制服をきた学生が走って僕の横を通っていく。
ちはる…。千遥。
そうだ…僕は…ずっと待っているんだ。
君に会える人をずっと待っているのに。
どこだ、どこにいるんだ!!
フラフラと公園のベンチに座る。
薄らあの世界のことを覚えている。
だけど、形が見える訳じゃなくて何かあったよな。と、思う程度。覚えていないのと等しいぐらいだ。
次第に雨が降り出してきた。
傘なんて持ってきていない。
雨に打たれるのも悪くないな。
「あの、大丈夫ですか?風邪引きますよ?」
いきなり声をかけられぱっと顔を上げると女性がニコッと微笑んだ。
長い黒髪、ニコッと微笑む姿…何故だろう。
釘付けにされる。
「あれ?どこかで会いましたっけ?」
初めて会うはずなのにどうして胸が苦しくてこんなに嬉しい気持ちになるんだ??
「とりあえず、風邪引いちゃいますから、屋根のある所に移動しましょう?」
言われるまま立ち上がり近くの屋根のあるベンチに移動する。
傘をとじ彼女も横に座る。
「良かったらタオル使って下さい。」
カバンから取り出された白い清潔なタオルを受け取る。
柔らかくて暖かい。
心臓の鼓動が早く、頭と顔を拭きながら彼女が気になって仕方がない。
「不思議ですね。初めてお会いするはずなのにどこかで会ったきがします。きっと運命ですね!これは!」
ニコッと微笑む姿を見た瞬間、確信した。
ずっと探していた僕の大切な人だと。
「そうですね、僕も貴方に初めてあった気がしません。運命ですね!」
「僕って…サラリーマンの人が使いますか?」
クスクスと笑う彼女を見ているとさっきまで緊張していたのが嘘のように口が動く。
「実は僕、中学生の時訳あって植物状態になってしまい、目を開けたらもう大人の年齢になっていたんです。」
「そうだったんですね。サラリーマンで僕っ子いいと思いますよ!」
クスッと笑い馬鹿にされているのはわかる。
だけど、彼女の無邪気さはどこか懐かしく見てて微笑んでしまう。
「だけど、良かった。目を覚ましてくれて」
えっ?
いきなり真面目な口調で話し出す彼女。
「だって、こうやって運命の人に会えたんですから…」
すっと風が吹き彼女の長い髪がなびく。
雨はやみ雲の隙間から太陽の光が顔を出す。
「私の名前は中澤 千夏」
立ち上がり僕に手を差し出す。
「僕の名前は杉浦 亮一」
その手を取り僕も立ち上がる。
初めて会ったはずなのに初めてではないこの感覚。
ぎっと、手を握る。
この時、僕は生きてて良かった、諦めなくて良かったと、心の底から思った。
今僕がここに居られているのは千遥のおかげだ、ありがとう千遥。
ぎゅっと覚悟を決め、千夏を見る。
目と目があい、もう逃げたいという気持ちは僕にはない。
「僕と結婚してください!」
一瞬驚いた顔をしたが僕の手を取り笑顔で答えた。
「喜んで!」
逃げる事なんて簡単だ。逃げないという選択肢の方が生きるのが難しい。
だけど、人に頼るのはダメなことではない。
千遥に会えてよかった。
生きててよかった。
広い空に虹が広がりまるで千遥がおめでとうと、言っているかのように思えた。