少年と異世界の少女は模擬戦を行う②
「それじゃあ私のターンです」
クロとアズの模擬戦は2ターン目に進む。
アズがターン開始の宣言をした直後、2人の足元の幾何学模様に変化が生まれる。
幾何学模様が一度収縮したのち、色を変えつつ再び拡張して同じ大きさに戻った。
クロの幾何学模様は赤から白へ。
アズの幾何学模様は白から赤へ。
アズの黒アリに与えられたダメージは回復していない。
ユニットのダメージは時間の経過で回復しないようだ。
クロは祈る。
攻撃力が高いユニットを揃えれば誰でも勝ててしまう――。
そんなセオリーが存在しないことを。
底が浅いカードゲームであって欲しくなかった。
「えっと……最初の行動は隊列の入れ替えだから、アズもできることが無いってことで合ってる?」
「クロ、そのとおりです。デュエルのルールを少しずつわかってきたようですねっ」
ミーゼの代わりにアズが答える。
彼女は模擬戦が始まってから快活な笑みを浮かべていた。
明朗快活な一面こそが、彼女の本質なのかもしれない。
クロは3つの行動を振り返る。
隊列変更。
攻撃。
そして戦闘結果の確認。
新たなレクチャーが行われない限り、アズのターンで彼に行えることは無い。
「行きます! 私の黒アリでクロの黒アリを攻撃! 突進!」
「おおっ……」
思わずクロから言葉にならない感嘆とした声が漏れる。
アズがビシッと人差し指を彼の黒アリに向かって指さす。
黒アリ同士がぶつかり、重く鈍い音が身廊に反響した。
結果は先ほどのターンと殆ど大差無い。
「なるほど……攻撃する時に技名を言う必要があるのか」
クロは深く感銘を覚えた。
口調こそ変わらないが表情が明るく、そして瞳がキラキラしている。
「さっき、クロ君は『攻撃』って言ったでしょう?」
「そういえばそうでした」
「……アズちゃんはノリで言ってるだけですよ」
「ノリ、なんだ……」
即座に挟まれる否定の言葉。
審判であり、レクチャー役のミーゼは苦笑いを浮かべた。
「……技名を叫ぶと攻撃力が変わったりしないんですか?」
「しないです。スキルはスキル名と使用を宣言するのがトリガーだけどね」
「防御宣言みたいなのは無いんですか? 例えば……そう! 『攻撃を避けろ!』とか、『盾で防御しろ!』みたいな」
「あるのは攻撃宣言とスキルの使用宣言のみね」
クロはデュエルというカードゲームは、もっと自由度の高いものだと期待した。
だが蓋を開けてみればどうだ。
確かに幻影という素晴らしさがある。
だが本質的に元の世界のカードゲームと何ら変わらない。
ユニットに命令を与え、自由に動かすような楽しさが存在しない。
アズは楽しそうにプレイしている。
だがそれは、彼女が楽しそうに感情を乗せてプレイしているに過ぎない。
期待し過ぎたのかな……彼はデュエルに抱いた幻想が失われていくのを感じた。
「私はこれでターンエンドです。さぁクロ、あなたのターンですよ」
「あぁ……オレのターンだな」
模擬戦は3ターン目に突入する。
幾何学模様が一度収縮したのち、色を変えて拡張する。
それはさながら、幾何学模様という花が開くような光景だった。
「……オレの黒アリでアズの黒アリを攻撃」
クロのテンションは露骨に下がっていた。
彼が行うことは変わらない。攻撃宣言のみだ。
召喚術バトルのような構図なのに、防御や回避といった行動が取れない。
期待し過ぎたのかな……黒アリの幻影を見つつ、ぼんやりと呟く。
クロの黒アリの2度目の攻撃。
アズの黒アリは2度目の攻撃を受けたあと、ゆっくりと音を立てて横に倒れる。
少しの間、彼女の黒アリは痙攣していたが、ピクリとも動かなくなって沈黙した。
「えっと……その、オレの勝ち……ですか?」
「負けちゃいましたね……」
「クロ君の勝ちですよ」
模擬戦が終わりを迎えた。
2体の黒アリも、地面に開いた幾何学模様も、光の粒子になって霧散する。
雪が降るのを逆再生するような幻想的な光景だった……。
肩を落としてしょんぼりするアズ。
にこやかな表情を浮かべ、デュエルの勝敗宣言を行うミーゼ。
不完全燃焼なクロ。
三者三様、それぞれ異なる色模様を見せる。
幻影同士による戦いは、確かに召喚術バトルのようで面白い。
だが、それはあくまでルールの外側の話だ。
肝心要のゲーム部分が面白くないと、中身がスカスカだと思わざるを得ない。
「それじゃあ2戦目よ。先攻後攻を入れ替えてもう一度デュエルを行いましょう」
ミーゼが手を叩きながら2人を交互に見る。
「……え? もう一度?」
「今度は負けませんよっ」
まさかの再戦。
わかりきった結果になるんじゃ? クロは思わず首を傾げる。
しかし今行われているのは、デュエルのルールレクチャーだ。
2度目の模擬戦では、何か新要素があるのだろうか?
しかし結果は同じだった。3ターン目の途中までは。
「私の黒アリでクロの黒アリを攻撃! 突進!」
「ハァ……これでオレの黒アリは倒されて負け……――あれ?」
違っていた。
攻撃を受けたクロの黒アリが倒れていない。
確かに深刻なダメージを受けているのは誰の目にも明らか。
だが、彼の黒アリは倒れていない。
立ったまま死んでいる、というわけでもない。
前回と今回で何が異なるのだろうか? 皆目見当がつかない。
「倒しきれなかったですね……」
「ちょちょちょ待って待ってっ! なんでオレの黒アリが生き残っているのっ!」
クロは思わず饒舌になって早口にまくし立てる。
その言葉が聞きたかったのか、アズもミーゼも意地悪な笑みを浮かべた。
「これがデュエルの大事な部分――デュエリストの加護です」
「デュエリストの……加護?」
生き残った彼の黒アリ。
デュエリストの加護という新たなキーワード。
クロは呆気に取られ、ミーゼの言葉に対してオウム返しに呟いた。