説明を受ける少年は異世界のカードと回路を繋ぐ
「本当はユニットカードを3枚ずつ使うのだけれど、今回はわかりやすいようにカードを1枚ずつ使って模擬戦をしましょう。2人には同じカードを渡しますね」
ミーゼはカードを裏から表に翻し、クロとアズにそれぞれ手渡す。
2人はそれぞれ何のカードを渡されたのか確認する。
明るい森が背景として描かれている。
中央には、ややデフォルメされた黒いアリのような生き物が描かれていた。
アリのような生き物は力強く主張したポーズを取っている。
恐らくストリートの端で子供たちが召喚したユニットと同じなのだろう。
初めて見る、異世界のカードゲームで使われるカード。
クロはキラキラした瞳で、カードの隅から隅まで舐めるように目を通していく。
カードの一番上には、日本語ではない異世界の文字が一行書かれている。
恐らくこの一行がカードの名前なのだろう。
左上には赤く小さなマルがひとつ描かれていた。
赤いマルは属性を表しているのだろうか?
それとも召喚に必要な代償を表しているのだろうか?
はたまたカードの種類を表しているのだろうか?
いずれも決定打に欠ける。どれが正解なのか判断できなかった。
他に得られるような情報は無い。
調べ終えたクロは根本的に大切な情報が欠けていることに思わず首を捻る。
カードゲームにおいて一番重要な情報が一切書かれていない。
一般的にカードは大きく分けて2つの情報が書かれている。
固有の攻撃力などの戦闘情報。
ゲームに影響を与える能力情報。
特に能力情報はルールよりもさらに上位で扱われる大切なものだ。
例えば『特定の条件を満たすとゲームに勝利する』というテキスト。
これにより別の勝利条件を目指すというセオリーを無視した戦略が可能になる。
故にテキストが書かれていない事実は、クロを困惑させるのに十分だった。
「ミーゼさん。このカード、テキストが一切書かれていないんだけど……」
「クロ君。黒アリはスキルが無いユニットですよ?」
「バニラかよッ!!」
クロは即座に俗語でツッコミを入れる。
バニラとは、能力を何も持たないカードを指す俗称。
見えないだけで何か秘密があると思っていただけに肩透かしだった。
「……いやいやちょっと待って待って。攻撃力ってどこに書いてるの?」
よくよく考えると変だった。
テキストを持たないのは分かる。
だが攻撃力といった能力値に関するステータスが書かれていないのはおかしい。
「クロ……それは当たり前ですよ?」
「当たり前……?」
隣にいるアズが言葉を返す。
「デュエルで使うユニットは名前、位置関係、そしてテキストの3種類の情報が書いてあります。物理攻撃力や生命力などは、デュエルを通じて感じ取るしかないです」
「なるほど……」
つまりデュエルというカードゲームは、創作物に登場する召喚術師の攻防に近い。
召喚術師は自ら召喚したモンスターを使役する。
だが残りHPや攻撃力を数値として把握しているわけではないのと同じ理屈だ。
「どうすればユニットを召喚できるんですか? 持っているとデュエルが始まると勝手に召喚される感じとか?」
「召喚って単語がわかっているなら話は早いです。召喚できるように、まずはクロ君と『黒アリ』の間に回路を通すわね」
「パス……?」
クロは新たな単語、回路が何を意味するのかわからずオウム返しを行う。
「うーん……クロ君。契約って言葉ならわかるかしら?」
「それなら何とか……」
「つまりクロ君が黒アリと契約を交わすと、クロ君はデュエルで黒アリを召喚できるようになる、といった流れね。この契約を交わすことを、回路と呼びます」
「何となくわかります。……多分?」
「あー……これは説明するより体験したほうが早そうね。よしっ! とりあえず回路を通してみましょ。クロ君、黒アリのカードを前に差し出してください」
「わかりました」
クロはミーゼに言われるがままに黒アリのカードを前に差し出した。
ミーゼはクロが持っている黒アリのカードに右手をかざす。
表面上、2人も黒アリのカードも見た目に変化は無い。
だが、黒アリと何か繋がりのようなものが生まれたのを彼は感じた。
例えるならそれは気配が近いだろうか。なんとなく理解できる。
「これでオレはこの黒アリを召喚できるようになったってことですか?」
「その通りです。続いてアズちゃんの持っている黒アリも同様に回路を通しますね」
ミーゼがアズに対して同様のことを行っていく。
その光景を眺めつつ、クロは様々な期待を膨らませていった……。