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異世界のカードゲームは少女の心に火をつける

「クロ……」

「クロ……――クロ君。うん。良い名前だと思います」


 ――どこがだよ。

 少年――クロは顔に出さず、心の中でミーゼにツッコミを入れる。


 クロ……それがこの異世界で名乗る少年の名前。

 昨晩を振り返ると、アズや彼女の両親が少しだけ会話に詰まっていた気がした。


「そっか、名前が無かったからだったんだ……」

「……クロ、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 思っていたことが言葉となって口から漏れていた。

 アズに訊かれたクロは首を振って答える。


「それよりも……コーヒー冷めますよ?」

「……いただきます」


 ミーゼに促され、少しだけ音を立ててコーヒーを口に運ぶ。


「……うん?」


 熱さと共に口の中に広がるのは、コーヒー特有の苦みのある味――()()()()

 コーヒーなのに、どこかコーヒーではない……不思議な感想を抱かせる飲み物。

 クロは昨晩を振り返る。

 思えば昨晩飲んだスープも、元の世界とズレがある微妙な味をしていた。


「……そういうことか」

「もしかしてお口に合わなかったですか? わたしって甘党だから……」

「あ、いえ……美味しいです。えっと……今まで飲んだことが無い味で、どう言い表せれば良いのか言葉に困っていたので」

「なるほど、そうでしたか……それなら良かったです」


 ズレがある。微妙な味。

 よくよく考えると、味に対して違和感を覚えるのは別段おかしい話ではない。

 異世界の飲食物は、異世界に住む人々の舌に合うように進化したもの。

 クロが普段食べていたものは、日本に住む人々の舌に合うように進化したもの。 

 つまり他の世界から来たクロに味が合う、という前提がおかしいのだ。




「すみません……少し良いですか?」


 コーヒーを飲み終えて少し経ったあと、クロはおずおずとミーゼに尋ねる。


「……?」

「なんでしょう?」


 チラッとアズを見つつ、彼は言葉を続ける。


「実は……オレって記憶が無くて」

「記憶喪失……って記憶喪失っ!? かなり大変な状況じゃないですかっ!」

「アズの家でお世話にならなかったら、今頃オレはどうなっていたことか……」

「昨晩のお礼でクロを私の家に泊めているんです」

「なるほどねぇ……。それでアズちゃんとクロ君はさっき一緒だったのですね」


 得心を得たのか、ミーゼはうんうんと深く頷いた。

 それから少しの間、3人は他愛のない会話を繰り広げた。

 結果的にアズがいかに可愛いのかミーゼがアピールする会話になっていたが……。

 ミーゼから飛んでくる言葉に対し、クロもアズも苦笑いを浮かべていた。

 アズは苦笑いというよりも、安心からの笑顔が近かったかもしれない。


「ところでミーゼさん。……ひとつお願いがあるんですが」

「お願い……ですか?」


 ある程度話に区切りがついたあと、クロは会話の中で生まれた気持ちを伝える。


「いや、さ……」


 一度言葉を切る。

 そしてアズとミーゼを比較をするように、彼は交互に顔を向けた。


「ミーゼさん。オレとアズで話す口調が違いますよね? どうせならアズと同じような喋り方をお願いしたいんですけど……。ミーゼさんのほうが年上のようだし」

「あぁ、そういうことですか。わかりました……――いえ、わかったわ」


 ミーゼはコホンとひとつ咳払いをする。

 聖母の如く柔和な笑みを浮かべていた彼女のの表情が少し砕けた笑みに変わった。

 どうやらこっちが普段の彼女の在り方らしい。


「……すみません」

「謝らなくて大丈夫。ですます調になるのって、わたしにとって職業病みたいなものですし……」

「そういうものですか」


 そういうものよ。ミーゼは皮肉な笑みを浮かべる。

 堅苦しさが消え、身振り手振りを添えたフランクな接し方に変化した。

 けれどですます調が完全に消えるのではないらしい。

 普通口調とですます調が入り混じったような、不思議な口調だった。


「ところでクロ君。ここに来るまでにアズちゃんからデュエルに興味があるーみたいなことを聞きましたけど、それって本当ですか?」

「そう、それっ! オレもそのデュエルっていうのをやってみたいんです!」


 デュエルの話題が出た瞬間、クロの態度が露骨に変わった。

 彼の態度を見て、ミーゼは楽しそうな笑みを浮かべる。


「構いませんよ。それじゃあ少し体験してみますか?」

「良いんですかっ!?」


 ミーゼは良いですよ、と快く二つ返事を行う。

 そして彼女はおもむろに2枚のカードを裏向きにしてポケットから取り出す。

 カードの裏面は売買の時に見たカードの幾何学模様と同じものが描かれている。

 もしかすると、彼女は何枚かカードを常備しているのかもしれない。


 カードを見た途端にクロの目の色が変わる。

 それはアズも同様で、思わず立ち上がりそうになっていた。

 2人の反応は条件反射に近いといえるだろう。


「アズちゃんとクロ君で模擬戦をしてみましょ。ルールはその都度教えますから」

「ほんとに!? やったーっ!」

「あ、はい……それでお願いします」


 アズが思わず万歳する。

 オーバーリアクション気味な彼女を見て、クロはやや気圧された。

 デュエルという異世界のカードゲームは、アズを熱い気持ちにさせるらしい。

 彼女の新たな一面を見て、クロはデュエルに対する期待感がより高まっていった。


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