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町に辿り着いた少年は少女を助ける

 木々がざわめく。

 小鳥の鳴き声が聞こえる。

 近くに川が流れているのだろうか?

 水が流れる音が微かに聞こえる。


 少年にとって、それは今まで見たことが無い光景。

 ここはいわゆるあの世なのか……彼は力を込めて頬をつねった。

 頬に広がる痛みは彼が生きていることを教えてくれる。


 腕時計は持っていない。

 スマホは家に置き忘れてきた。

 森にオレンジ色の陽の光が差し込んでいることから、多分朝方か夕方なのだろう。

 朝方ならまだ良い。

 夕方なら早く人里に行かないと野宿コースになる。


 少年は考える。

 どうして今、自分は森の中にいるのかと。

 しかし答えは浮かばない。胸の中に絶望感が広がっていく。

 首を振り、衣類についた砂を手で払い落し、改めて辺り一帯を見渡す。

 さっきまで持っていたナップサックが近くに転がっていた。

 触った瞬間、歪な感触が手に伝わってくる。

 急いで中身が無事かナップサックを開けて確かめる。


 デッキは硬い缶ケースに入れていたからか、特に歪みや傷はない。

 缶ケースと同じく、硬い素材のダイスやコイン。

 それにカウンターと呼ばれるプラスチック製の透明な石も無事だった。

 唯一被害を受けたのは、解説やカードリストが載っているガイドブック。

 無残にもくの字に折れ曲がっている。

 命よりも大事……と言えないが、かなり大事にしている物だ。

 致命傷は避けられたのでホッとした。


 落ち着いたあと、ナップサックの紐を締め、砂を払い落として肩に背負う。

 人々が通る道なのか、硬い石や土のゴツゴツした山道が前後に続いている。

 そこで少年はひとまず下り坂を進むことにした。

 そのほうが早く人里に辿り着けると考えたからだ。




 そうして20分ほど経っただろうか。


 辺りは先ほどよりも暗くなっていく。

 つまり時刻は朝方ではなく夕方なのだろう。

 夜闇に包まれ始めた頃、少年の視界に変化が訪れた。

 暗い景色の中に、人が住んでいるだろうと思しき、暖かい色の光が見えた。


 町だ――その嬉しさからか、段々と加速し、やがて坂を走っていく。

 ナップサックが勢い良く背中に当たる。

 前に向かってつんのめりそうになる。

 けれど視線は町の光から離れず、下りきるまで速度は変わらなかった。


 少し経ったあと、夜の闇に慣れ始めたのか町の様子が徐々に見え始める。

 少年が知る限り、地元や知る限りの日本の光景とは全然違う光景が広がっていた。

 まるで中世時代に迷い込んだと錯覚しそうな印象がある。

 暗くて色がわからないが、レンガが積み立てられた建物が理路整然と並んでいた。

 地面もレンガで舗装されているらしい。

 町のあちらこちらに揺れる光が見える。

 恐らく電気ではなく、ランプや蝋燭といった火を用いた灯りなのだろう。


 思わず頬が緩む。

 だが同時に内心頭を抱える事態だと彼は痛感した。

 いわゆる異世界に迷い込んだと認めざるを得なかったからだ。

 町に意識が集中したその瞬間、闇夜をつんざくような少女の悲鳴が響いた。

 血液が総毛立ち、考えるよりも前に地面を蹴る音がいくつも鳴った。




「なんで誰も出てこないの……」


 少年は足音を極力鳴らないように小走りし、悲鳴の発生源のすぐ近くに移動する。

 肩で息をして悪態をつきつつ、建物の陰から4人の人物を覗き込む。


 視線の先に見えるのは暗いフードを着た3人組と少女が1人。

 3人組の人物は背中が見えるため、どんな風貌なのかわからない。

 悲鳴の主と思しき少女は、両手で紺色の袋を守るように抱えている。

 紺色の袋は小さなハンドバックほどの大きさがある。

 フードの3人組が狙っているのは、どうやら紺色の袋のようだ。


「それを渡せば命までは取らねェ。おとなしく渡したほうが賢明だぞネーちゃん」

「い、嫌です……っ」


 粗野だが余裕を感じさせる、やや自信に満ちた男性の声色。

 少女は声色こそ強いものの、浮かぶ表情は弱々しい。

 このままでは少女の命か袋のどちらか。あるいは両方が危険な運命を辿りそうだ。

 辺りを見回すも、他の人影はひとつもない。援軍を期待するのは難しい。


 少年は肉体的に優れていない。

 魔法や超能力など、異能の力も無い。

 ヒーローのように間に入れば重傷者か死体が増えるだけ。

 どうすればこの窮地を救うことができるだろうか。


「どうすれば……――そうだっ!」


 必死になれば極稀に思わぬ知恵が浮かぶことがある。

 ひとつの閃きがひとつの劣勢を打開することがある。

 少年は頭の中に浮かんだアイデアを即断即決で実行する。

 ひと際大きく息を吸い、即席メガホンを作るように両手を口の前に添える。


「火事だあああああああああッッ!!」


 やや高いトーンとなった少年の叫び声がその場で反響した。


「火事だとッ!?」

「どこっ!?」


 少年が大声で叫んだ直後、あちらこちらから町人と思しき人影が飛び出す。

 フードの3人組は思わず叫び声がした方向に振り返る。

 彼は叫び声をあげた直後に再び建物の陰に隠れ、バレないように息を潜めていた。


「チィッ!」


 大きく舌打ちが鳴る。

 少年は自分の顔がバレないように、身に着けている黒いフードを深く被っていた。

 土を蹴る音が3つ、少年のすぐ近くを走って闇に消えていった。


 彼は3つの足音が聞こえなくなってから少女に近づく。

 緊張が解けたからか、少女はその場にへたり込んでいた。


「えっと……大丈夫?」

「今の声は……もしかして」


 フードを上げ、顔を見せて少女に体調を訊く。

 状況を把握しきれていないのか、少女の瞳はゆらゆら揺れている。


 髪の毛は金色の絹糸のような長髪。

 氷のようなアイスブルーの瞳。

 青と白のエプロンドレスを身に纏っている。

 金髪碧眼――そんな4文字が似合う可憐な少女。

 まるで不思議の国のアリスの主人公、アリスを想起させる。


 ここは日本ではない。

 かといって外国でもない。

 ――異世界だ。

 都合が良いことに言葉は通じるらしい。

 「火事だ!」の叫び声も周りに伝達できた。

 会話が通じることに、思わず少年は涙が出そうになる。


「……立てる?」


 少年は少女に向かって、自然と右手を差し出す。

 手を差し出したあと、異性に対して手を差し出せたことに対して内心驚いた。


 少女はおずおずとお礼を言ったあと、彼の手を握って立ち上がる。

 手から伝わってくる異性の手の感触。

 女性に対する免疫力の低さから、全身が静電気に覆われるような感覚を抱いた。

 少女は身体についた砂を気にすることなく、少年をじっと見つめる。

 上から下まで視線と首を動かして観察する。

 そしてやや怪訝な表情を浮かべつつ、彼女の口から出てきた言葉は、


「あなた……誰ですか?」


 なんて、身も蓋もない一言だった。


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