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老婆

 リーデル、テリア、ウルカの3人を見送った後、村では宴会が開かれていた。


「みんな立派になったなあ。」


「まったく歳をとると時間が早いでなあ。」


「年寄りの酒の飲み方ではないでしょ。ビャチさん。」


グレゴールはウルカの一族であるピュルトン族の老魔族の隣で酒を飲んでいた。顔はすでに赤くなっており、地面に座って足を放り出している。老魔族、ビャチは寝転んでその周りをぐるぐる回っているが、何をしているのかわからない。飲み会とはそういうものだ。少なくともこの連中にとっては。


「ところでえ、グレゴール殿。」


ビャチがぴたりと止まってグレゴールの方を向く。


「リーデル殿が使った魔法、覚えておいでか?」


「あの、えーとあれあの自分の体を霧に変化させてララの後ろに回り込んだあれですか?」


「そうですあの魔法。あれは人間には、いや魔族以外には使えなかったと思うのですが?」


リーデルが使用した雲水行脚という魔法は周囲の霧と身体を同化し、任意の場所の霧を使って身体を再構築する。しかし、普通の生物であれば体が霧状になった後に再構築ができない。脳を失うと意識を保つことができなくなるからだ。魔族は違う。魔族は身体よりも己の魔力でもって生命を維持している。よって魔族のみが自分の身体を失っても魔力さえ尽きていなければ意識を保つことできる。


「あ。・・・・まあ、いいか!」


「ははは!そうですな!」


酒に酔って話す話題ではなかった。グレゴールもビャチも飲み終わったグラスを片手に次の酒を選びに行った。









 リーデル一行が眠っている部屋の前に老婆が立っていた。障子に空いた穴から3人が眠っていることを確認しているのだ。片手には包丁より少し長い短剣が握られている。

 障子を開ける。老婆は音を立てずに一番手前の布団の枕元に立つと上から短剣を突き刺した。しかし血が出ない。続いて真ん中、最後に奥の布団も刺したが結果は同じだった。老婆は掛け布団をめくった。


「・・・・・。」


布団の中には誰もいない。老婆は部屋から出て玄関の靴を見に行ったが靴も残っていなかった。


「・・・・・。」


老婆の体が少しずつ崩れ始めた。2、3秒すると老婆の面影もなくなり、粘土を人の形にこねたような姿に変わってしまった。淡いピンク色のその物体の表面は粘菌のように蠢いている。


「・・・・・。」


先ほどまで確かにここに存在した家も初めから何もなかったかのように消えていた。短剣や布団、鍋などの小物を残して。代わりに粘土の塊が9つに増えている。9つの塊は集まって、1つの塊になってみるみるうちに大きな一本の木に変化した。


「・・・・・。」


次の獲物が掛かるまでこうして待つのだろう。











 リーデル一行は夜道を歩いていた。


「なぜ老婆に化けたのでしょうか?いくら何でも不自然すぎる気がするのですが。」


テリアが不思議そうに首をかしげる。


「フハハハ!ダンゴスライムは獲物の記憶を探って、相手に違和感を与えないように擬態すると聞いていたが。我々を騙せるほどのものでは無かったようだな。」


「そうみたいだな。」


リーデルが思うに、あのダンゴスライムたちはリーデルの記憶の中から昔話を選んでしまったのだろう。森の中に一軒の家があり、そこに老婆が住んでいるのは昔話の典型だ。とは言っても物語で違和感を感じなくとも、アウフラウフ大森林に老婆が一人で暮らしていれば違和感がある。


「食い逃げできたから腹はふくれたけど、また寝る場所探さないといけないな。あの大木の上はどうだ?」


「ウム。良さそうではないか。行ってみよう。」


「見えないです・・・・。」


リーデルが指を指した先には他の木よりも一回り大きい大木があった。大精霊の目によって夜も昼間と同じように周囲が見えるリーデルと超音波で周囲の様子がわかるウルカと違ってテリアはそれが見えていない。

 大木の下までたどり着いた。リーデルとウルカが周囲を確認するが危険な猛獣も魔獣もいない。三人はある程度の高さまで上ると、荷物を枝に縛り付けた。枝と枝の間に布をハンモックのようにかけて寝床をつくる。


「見張りは2時間おきにローテーションするのが良いと思います。全員4時間寝たら出発しましょう。」


「ならば2番目の見張りは我がしよう。連続した睡眠がとれないのはお前たちには辛かろう。我は元々睡眠時間は少ないからな。」


「じゃあ最初は俺が見張っている。大体今が2時くらいだからテリアが見張りになる頃には明るくなるだろ。」


「わかりました。お願いします。」


「では、頼むぞ。」


「おやすみなさい。」


「ああ。おやすみ。」


リーデルは背負っていた弓を手に持ち、後ろ腰の箙から矢を一本抜いて弦に番えた。遠距離を攻撃する魔法は属性魔法が多いが、属性魔法は魔力の漏れが大きく、軌道に魔力が残る。その魔力をさかのぼることで、こちらが発見されてしまう。しかし、弓であればその心配はない。無属性の魔法は魔力の漏れがほとんどないため矢に頑強化の魔法を付与することもできる。


 1時間ほどするとリーデルも眠くなってしまったが薬草で作られた強壮剤を飲んで持ちこたえている。今のところリーデルたちを襲おうとする生物はいない。急に降り出した雨も大木の幾重にも重なった葉と枝によって防ぐことができた。突然巨大な雹が降ってきたり、発火したりしないので村の周囲よりはましだろう。


「人間界に近づくほど危険が減るからこの先は走って行けるとして、えーとあと三、四日もあれば森を抜けるな。」


暇になってきたのか独り言が増える。

 村から人間界側の森の端までは約2000kmほどある。当然、坂道や足場の悪い道もあり、一般的な人間では2ヶ月くらいかかってしまうだろうが、この三人ならば休憩時間も含めて数日で走れる距離だろう。


「まずは仕事を探さないといけないなあ。働きたくないなあ。」


働いたことのないリーデルだが高明だった頃の両親が仕事から帰ってくるのを見る限り、積極的に職に就きたいとは思えなかった。


「そもそも国の中の人たちからすると、俺たちは得体の知れない浮浪児なわけで。ホワイト企業には入れないよな。・・・・関所があればそれすら通れない可能性もあるか。」


リーデルは今後のことを考えると不安が大きくなっていく。情報が少なすぎて考えても無駄だろうと、できるだけ考えないようにした。情報が少ないのはグレゴールが、情報収集の方法も学んで来い、と言って詳しい説明を省いたからだ。リーデルたちは国の名前とおおよその法律や常識程度のみを教えてもらった。国や山河の大まかな配置の描かれた地図も渡されている。


「いやでも考えておかないと、いざって時に失敗するし。」


思い直して考えることにした。


 見張りを始めて1時間。結局、不安が大きくなっただけで具体的な案は考えつかなかった。


「交代だ。ウルカ、起きろ。」


「ふぁああ。ん、あと2時間寝かせてくれ。」


「2時間経ったらテリアの番になっちゃうだろうが。」


「冗談だ。」


リーデルは木から落ちないように縄で枝と自分を縛り付け、作っておいたハンモックに横になって目を閉じた。ウルカは重たいまぶたをこすって伸びをする。


 30分経過。


「暇だ・・・・。リーデルはどうやって暇をつぶしていたんだ?」



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