数の暴力
更新は1週間あかないようにします。
リーデルとテリアは森の中を一直線に駆けていた。もう少しであの果実が食べられると思うと燃えるような足の痛みも我慢できる。
『いやいや、どうしたのですか!?筋肉が悲鳴を上げていますって!オーバーワークは体壊しますよ?』
「はあはあはあ。おえっ。」
「げほっ!げほっげほっ。」
リーデルは精霊に返事を返さず、ただひたすら走り続ける。明らかに2人とも呼吸が苦しそうだがそれでもペースを落とさない。汗が大量に吹き出し、額を伝って目に入った。しかし目を閉じもせず走り続ける。
『一回休みましょう?ね?ね?無視しないでくださいよ・・・・。』
それにしてもこの精霊は全く疲労しないでついて行っているが、底なしの体力なのか。それとも疲労という概念がないのか。
「来た!見た!あったァッ!」
「わたしのですゥ。あれはァ、わたしのものデェスッ!」
大精霊の目で広範囲を見られるリーデルが先に見つけた。テリアもリーデルが走る方向に赤い木の実を見つけ、2人とも赤い実がなっている木をめがけて必死に走る。ややリーデルの方が先に実をとった。するとテリアがリーデルの後ろから右手を首に回す。
「おいおい7歳児の色仕掛け程度じゃあこの実はやれなぐうっ!」
テリアはそのままチョーク・スリーパーをかけた。完全に極まっているここから抜け出すのは至難だろう。
『いや、後ろ見えてますよね?せっかくあげたんですから有効に使ってくださいよ・・・・。』
まさか自分の命を狙ってくるとは思っていなかったリーデルはテリアの接近を許してしまった。宝の持ち腐れというやつだ。
「死にたくなければあ、なんて言いませんよお。倒れたリーデルさんから奪い取るのみでえす!あはははははは!」
「ならばァ!精霊の力は今この時のためにィ!」
『初めての使用がここでですか。なんだかなあ。本当にこの人選んで良かったのか不安になってきました。』
リーデルはなんとかテリアの腕と自分の首の間に手を入れて隙間を付くる。
「<命令する>手を上げて、うつぶせになれ!」
「はい。」
テリアは今までの狂乱ぶりが嘘のようにおとなしく地面に寝そべった。リーデルは戦利品である赤い実を一口食べた。
「あれ?はあはあはあ。」
リーデルが膝から崩れ落ちてしまった。呼吸も苦しそそうだ。先ほどまでの移動で足が参ってしまったのだろう。
『正気に戻りましたか?』
『え、ああ。なんで俺はこの実がこんなに食べたかったんだろう。』
『この木を見て思い出しましたが、この木の実を食べると死ぬまで走り続けてしまうんですよ。』
『死ぬまで?』
精霊の話によるとこの赤い実にはその木によって中毒性を引き起こす魔法が付与してあり、一つ食べるともう一つ食べるまで探さずにはいられなくなるらしい。そうやって実を多く食べさせ、長距離を移動させて種を広範囲にばらまくというわけだ。そうしてリーデルはそれを聞いて残った実をテリアにかじらさせた。
「あれリーデルさんすみません!あんなことを、首を絞めてしまって。」
「いやあ、もう少し長く戦ってれば俺も似たようなことしてただろうし気にしないでくれ。」
首に手を回されたとき胸の感触を少しでも得ようとして頭をずらしながら探っていたことに罪悪感を感じているとは言えなかった。そして残念なことに感触はなかった。
「ありがとうございます!ところでリーデルさんにうつぶせになれって言われたとたんわたしが大人しくなったのはどうしてでしょう?」
「あー、疲れ切ってたから足の力が抜けただけじゃない?」
「そうでしょうか・・・・。」
カニスの娘なだけあって簡単には納得しないだろうが、首を絞めた負い目があるのでしつこくは聞いてこないだろう。
『ばらさないでくださいよ?他の精霊にしばかれるので。』
『それは初耳だぞ?』
『あ、今のなしで!お願いします!忘れてください!貴方が生殖行為の妄想していること誰にも言いませんから!』
『さらっと俺の社会的な生命線を握るのやめてもらえます?わかったよ、お前も誰にも言うなよ。絶対だかんな!』
念のため木に登ってリーデルたちが疲れ切った体を休ませていると手にアリが付いているのを感じて目を開ける。大きさは5mmあるかないか。リーデルが高明として生活していた世界のアリとほとんど変わらないように見える。高明は手を振って、そのアリを落とした。そしてまたまぶたを閉じようとする。そこで精霊が叫んだ。
『げえっ、陸軍アリの偵察部隊!潰してませんよね!?』
『名前から察するに軍隊アリみたいな?』
『そうです。今のはその偵察部隊。全軍の周囲を囲み獲物や外敵の存在を発見するのが仕事です。その際強烈な臭いの二種類の液体を噴出することで敵と獲物を区別しています。』
『へえ、よくできた生き物だな。それじゃこの臭いはさっきのアリが仲間に危険を知らせている訳か。』
精霊はリーデルが感心しながら鼻をつまんでいるのを見て、呆たように言う。
『この森の生物の強さ忘れましたか?』
『あらー・・・・。』
リーデルの顔がみるみる青くなっていく。慌てて横の枝にもたれているテリアを起こす。
「テリア起きろ!テリア!」
「ん、んー。寝てしまっていたんですね。今度はわたしが周りを見るからリーデルくんは寝ててもいいですよ。」
「いやいや、今寝たら永遠に起きられなくなるから。」
「え?」
『今起きてもアリが起こしてくれますよ。二度寝確定ですが。』
『二度寝したら起きたことにはならないんだよ。遅刻したとき先生が言ってた。』
リーデルは陸軍アリの事を説明した。テリアもリーデルと同じように顔が青ざめていく。
「我らが愛する森の大精霊よ。我らにどうかご加護を。」
『どうします大精霊よ。』
『大を付けたことには評価しますが、とりあえず酒買って出直してください。まあ、わたしはいかなる森の生物に対しても平等なのでどうもしませんが。』
『他の精霊にしばかれるのか?』
「テリア、聞くのです。このリーデルは貴方の母に会う度にむ」
『すみませええん!二度と言いませんから!』
「い、いま大精霊様が。」
突然目の前に現れてすぐに消えた精霊に目を見開いて驚いているテリアをリーデルは優しく、努めて優しくごまかす。
「ははっ。疲れているんだろう。でも今は急がないと。」
「そ、そうですね。あっ。」
テリアが木から下りようと動いたとき短剣が落ちてしまった。
「え、うそ。」
どういうわけか、その短剣が地面に落ちた瞬間消えてしまった。リーデルは大精霊の目を使って短剣が落ちた場所の近くに視点を置き、よく観察する。そして気がついた。
「いる。」
「へ?」
「よく見ていてくれ。」
2人とも顔が引きつっている。リーデルは木の枝を蹴って折り、下に落としてみせる。リーデルより少し長かったのだが、また消えてしまった。それでも今度は少し時間がかかったため、テリアにも何がいるのか見えた。アリだ。落ち葉や土の色に擬態しているため正確な数はわからないが、少なくとも数百では桁が足りないだろう。
「あそこにオオシタがいる。あいつに助けてもらおう。」
100m先に体長20mほどで頭の丸くて大きなトカゲがいる。そのオオクチボヤのような口から大きな舌が出たり入ったりしているがこれが名前の由来だろう。通常のトカゲの比べて足が長く地面に垂直に生えているためアリもすぐには上ってこられないはずだ。リーデルは背中の弓をとろうと手を伸ばすが、何もつかめない。
「弓おいてきた。」
「大丈夫です!わたしが魔法を使います。その実を貸してください!<風送>」
テリアが実の一部をちぎって、魔法で起こした風に乗せてオオシタの舌まで送り届けた。オオシタそれを飲み込むと、周囲を見渡す。
「ほら!これですよ!」
テリアの持つ赤い実を目にしたオオシタは通常時ではあり得ない速度で向かってくる。自分たちもこうだったと思うと少し同情するがそんなことを言っている余裕はない。
オオシタはとうとう木の下まで来た。すでに足にアリが群がっている。擬態を解いたアリによって真っ黒な絨毯ができあがった。絨毯は波打ちながらオオシタを飲み込もうとしている。このままでは数分で骨だけになるだろう。
「飛び乗ってください!」
「よし!」
リーデルとテリアはオオシタの背中に飛び乗った。テリアは再び風で赤い実をオオシタの目の前に浮かせ、オオシタを走らせる。赤い実を追うのに夢中なオオシタはアリも2人のことも眼中にない。リーデルは上ってくるアリを<熱湯>で流す。さきほどの偵察に来たアリよりも大きい。2cmはありそうだ。
オオシタが命を削って走ってくれるおかげでなんとか凌いでいるが、いつまで経ってもアリを振り切れない。後ろには夜の海のようにひたすら黒が広がっている。徐々に左右にも回り込まれ、逃げ場がなくなりつつある。どこかへ追い込まれているのではないかという不安が現実味を増している。もしかするとアリの巣の近くに獲物を自ら走らせることで運ぶ手間を省いているのかもしれない。
「どうか大精霊様、ご加護を!どうか!」
逃げている最中、中型のほ乳類や蛇が飲み込まれているのを見て、自分の末路を想像してしまったテリアは一心に精霊に祈りを捧げる。
『この娘、さすがに情がわいてきますね。わたしとしても貴方に死なれると困りますし特別に・・・・。いやでもアリに申し訳ないし・・・・。うーん覚悟を決めました!』
『助けてくれるのか!?』
『いえ、大精霊として、たとえ滅びようとも全ての生物を平等に愛す!それがわたしの矜恃です!矜恃の一つ守れなくてなにが大精霊か!?やっぱり自力で頑張ってください!』
『ええい、滅んだら元も子もないだろうが!石頭!鬼ッ!』
『大精霊です。』
テリアはまだ魔法を同時に二つ使うことができない。無理に使おうとすれば今操作している風の力加減を誤ってアリの海に落としてしまうかもしれない。当然オオシタはアリにかまわず赤い実を食べに行くだろう。二人を乗せて。
「願わくば死したこの身が森の一部とならんことを。」
「きりがないな!<命令する>止まれ。」
だめもとでリーデルが命令を使う。アリの5匹は動きを止めたが、他のアリが動きを止める様子はない。
「あれ?」
命令は言語を使わない相手に対して効果がない。実際、今乗っているオオシタには命令ができず、赤い実を用いて間接的に操作する必要があった。
つまり、このアリが命令を聞いたということは言語を使うということだ。そうであれば、女王アリも言語を使用している可能性が高い。
『こいつらって女王アリの命令に絶対服従だったりしない?』
リーデルの口角がわずかに上がった。
読んで下さってありがとうございます。7歳児ってどんなだったか思い出しながらかきましたが・・・・。こんなだったかな。