(更新30)
【テレシア】
「テレシアちゃん、お願い、隅のお客様にエール運んで」
オイラ王宮に帰るところでやすが…
サーラ姐さんに頼まれちゃあ、しょうがないでやすね。
リリア姐さん達と交替した侍女さん達はまだ慣れていない様で、たまに手伝いを頼まれやす。
エールをこぼさない様に気を付けて一番端っこの席に。
おっと、口調にも気を付けて。
「オ待チドウサマデ…」
…身体中の毛が逆立ちやした。
「…ありがとう“猫”…いや、テレシアか?」
「あ、あんた…」
唇に人指し指を当ててオイラからエールを受け取る。
「…なんだってあんたがここに?」
辺りを確かめて、聞こえるかどうかの小声で訊きやした。
「…ここは便利だからね、よく来る。解っていると思うけど…?」
そう言ってまた人指し指を唇に。
「テレシアちゃんありがと~、ん?顔色悪いよ?」
「へ…へい、ちょっと疲れた様で…王宮に戻りやす」
「気を付けて帰るのよ?あ、待って…はい林檎。ザップさんのお裾分け」
「ありがとうございやす…ではこれで」
通りに出ると走りやした。
冗談じゃねぇ!
アイツの根城ここだったのかよ!?
「お?テレシアお疲れ、なんだ走ってきたのか?」
「ゴルの阿仁さん…帰りやした」
いつの間にか王宮に着いていやした。
落ち着け。
考えてみりゃ、自分の根城でアイツが何かする訳無ぇじゃねぇか。
あそこは…安全なんだ。
アイツの正体バラさなけりゃ…
【ヴィーシャ】
「よろしくお願いします」
「ミルズ、皆もそう固くなるなよ。楽にいこうぜ?」
今日から数日間、私達とミルズの組合同でダンジョンへ行く。
狙いは十階層、叔父様の護符。
ミルズ達は初めての十階層挑戦…付き添いみたいだけど。
慣れてくればミルズ達だけで十階層に行けるでしょう。
「久し振りにトログロダイトが手に入ります!人数がいますから沢山狩りましょう!」
…約一名、凄いやる気になっているわ。
まぁ、定期的にならトログロダイトはいい収入源よね。
「いいか?十階層へ行くコツは途中あまり寄り道しない事と極力戦闘は避ける事。解ったね?」
「はい!エド教官」
「ノラ、私達はサポート。回復魔法以外は極力手を出さないでね?」
「何故だ主人?」
「ミルズ達に魔法使いや弓手がいないからよ、次にミルズ達だけで探索する時に苦労するから」
皆がそれぞれ打ち合わせをしている時、ガンズが食堂の隅に顔を向けて会釈したのが見えた。
『影男』と呼ばれる男がそこに居た。
…ホント、気付かないわ。
『影男』は会釈を返し、また俯いた。多分本を読んでいるのだろう。
「さぁて、行こうか。忘れ物は無ぇな?」
道端でお喋りをしているステラとミーシャに手を振り交わす。
「ダンジョンに潜るには勿体無いくらいいい天気ね」
そう言いながら、私はダンジョンに足を踏み入れた。
【???】
領地経営は大変だ。
領民は皆温厚だが、それでも争いは起こる。
農地の水の配分だとか、金の貸し借りだとか…
それ以外でも面倒はある。例えば魔物。
少し前の話だが、街道沿いの村が全滅した事がある。
ゆくゆくは宿場町に発展してくれると期待していただけに、失望は大きい。
然程多くもない手勢を送り調べさせれば、村人を全滅させたと思しき魔物は何者かに倒されていた。
蜘蛛の魔物だったと云う。
恐らくは、通り掛かりの隊商の護衛にでも倒されたか。
最近では果樹園を営む男が、王都へ向かう途中で魔物に襲われ命を落とした。
王都では最近、冒険者ギルドなる組織が成立したと云う。
魔物討伐を依頼するべきだろうか?
しかし、それでは私の養う兵達を侮辱する様なものだ、役に立たないと言っているのと同じ。
兵達は領地を護る為、家族を護る為に働いている。信頼に足る部下達だ。
…依頼は無しだな、魔物が手に負えなくなるまでは。
きっと部下達は成果をおさめる。
そんな折り、私は供回りと馬を走らせ、領内の見回りをしていた。
最近仕事が忙しく、馬に乗る機会が無かった。
久し振りのいい運動になる。
出逢った領民に声を掛け、作付けの話などして別れる。
魔物の脅威はあるが、まず順調と云えるだろう。
邸へ戻る途中、森の中を縫う様な道を進んでいた時、木々の間から何かが見えた。
魔物では無い。
人が…女性が倒れていた。
「止まれ!倒れている女性がいる。確認しろ」
供回りの兵に命令し、自分も馬から降りる。
「御屋形様、生きております。頭を負傷している模様」
「そうか…では邸に運べ、手当てをしよう」
女性は意識が戻らず、邸に戻りベッドに寝かせ、薬師を呼んだ。
それから二日程、うなされ、意識がさ迷っていたが、やっと目を醒ました。
「意識が戻ってなによりだ。大丈夫かな?」
頭に包帯を巻いた女性は、ぼうっとしていた。
未だ夢の中をさ迷っているのか?
美しい、と言うよりは蠱惑的な…
…いかんな、怪我人だぞ?
「森の中で貴女を見付け、私の邸に連れて来たのだ。名前を伺いたいのだが?」
「…な…名前…名前…私の……あぁ!」
頭を掻き毟り、震えて叫ぶ。
…なんだ!?
────────
「記憶…喪失…だと?」
「はい御屋形様。恐らくは負傷した時に…」
話には聴いた事は有るが…
「相当酷いショックを受けたのでしょう」
「治る見込みは?」
「判りません。こればかりは…明日記憶が戻るかもしれませんし…或いは」
「…戻らないと?困ったな、どう接してやれば良いのか見当もつかん」
女性は紅い瞳からヴァンパイアと知れた。
今、彼女には私の血液補充用の奴隷に命じて血を与えている。
「…そうだ!王都では回復魔法を研究していると聴いた。どうだろう、回復魔法で記憶を甦らせるというのは?」
私の提案に、薬師はしかし首を振る。
「回復魔法の論文には目を通しました。残念ながら回復魔法で脳の損傷を癒す事は出来ても記憶の方は…」
無理か…
「解った。下がれ」
可哀想な事だ、しかしいつまでも邸に置いておくのも、彼女の評判を落とす事になりかねない。
独身の私が女を囲ったなどと噂になれば、私はともかく、彼女の記憶が戻った時に悪いだろう。
傷が癒えたら、何処か預ける家を探そう。
そう思いながら扉を開け、彼女のベッドの横に座った。
「調子はどうだ?」
「…はい…お陰様で…血の巡りが良くなった様です」
「それは良かった…せめて名前だけでも思い出してくれれば」
記憶を取り戻そうとしたのだろう、彼女は頭を抱え激しく震えると…身体の力が抜けて…
私の胸に倒れ込んだ。
震えながら私を抱き締め、濡れた瞳を私に向けた。
…甘い薫りが鼻をくすぐる。
────────
「…貴女の記憶が戻らずともよい」
「…御屋形様」
「盛大な婚礼を行おう、領民の記憶に残る婚礼を」
「御屋形様、どうか慎ましい式でお願いします」
「何故だ?」
「名前の無い女で御座います」
「…名前など、そうだ、自分で付けてはどうだ?」
「御屋形様に付けて欲しいですわ…こういうのは如何でしょう?御屋形様と私と、一つづつ名前を付けて…公の場では御屋形様の付けた名を、二人きりの時には私の考えた名前で呼んで下さい」
「ほぉ、なかなか面白いな?貴女は自分に何と名前を付ける?」
「まぁ、私からですの?」
「名前が被ったら興醒めだろう?」
「分かりましたわ」
名前の無い女が、紅い瞳と朱い唇で笑った。
「…では、二人きりの時はこう呼んで下さい…ヴェラ、と」
完
(ΦωΦ)この度は『最寄りダンジョンより徒歩5分 2』お付き合い下さりありがとうございます♪
前作同様お楽しみ頂けたら幸いです!
『3』への引き、入りました。
『3』では副題を「王都の光と闇」として表と裏を描きたいと思います。
光と闇を繋ぐキャラとして、子猿に代わりガキ(テレシア)がメイン入り!
(=ωΦ)よろしければ『3』もお付き合い下さい♪




