(更新28)
【サウル】
…結局、『毒夫人』ヴェラは発見出来ないまま、捜索を打ち切った。
死んだ牢番達に顔向け出来ん。
今頃、王都から遠く離れているのだろう。
「いつか必ずや尻尾を掴んでくれる…」
執務室の扉が叩かれ、狐が来客を告げる。
来客はフェレグラン伯爵だった。
「フェレグラン伯、如何した?」
「は、陛下に暇乞いに参りました。明日領地に戻ります」
「うむ、そうか。達者でな…時にフェレグラン伯、従姉上には会ったか?今日は研究会だったはず」
「いえ、あれも忙しい身、陛下から宜しく御伝え下され」
「…待たれよフェレグラン伯。今を逃せば勘当を解く機会が無かろう?」
頑固者は周りが勧めんといかん。
「元はと云えば、余が奥と婚約した事から始まったのだ。従姉上を余の妃にとフェレグラン伯は望んでいたであろうが、政治的にみて奥を嫁取るのが最善だった。従姉上も望んでいなかったしな」
「いえ、勘当は当家の内輪の話で御座います」
「貴様本当に頑固だな?」
「勘当したのは、あれが研究の為に冒険者をやると言い出したからで御座います…貴族のままで冒険者などお遊びだと、行動を共にする者達に侮られましょう。陛下との件は時期が重なっただけの事で御座います」
……なんだと?
従姉上からはだいぶ嫌味を言われたぞ?
「…親心、という事か?」
「面映ゆう御座います。陛下、あれには内密に願います」
ではこれにて、とフェレグランは出ていった。
────────
「子猿、宿屋に行くぞ。あぁそれから新人の侍女を二人見繕え、連れて行く」
「わかりました、後、子猿じゃありません」
…しぶといな?
爺やゴルと合流し、宿屋へ向かう。
「ガキはまだ宿屋か?」
「ガキじゃありません、テレシアちゃんです。陛下が名付け親ですよ?」
…しつこいな?
「それにしても陛下、御忍びとは云っても徒歩で行くのはどうなんです?」
「ゴル、馬車で行ったら御忍びでは無いだろう?だから歩く。民の暮らしぶりをこの目で確めるのも余の務めだ!」
「…若、声が大きい。忍んでおりませぬ」
────────
「狐、飯を食いに来たぞ!…なんだガキ、まだ宿屋におったのか?まぁ良い、貴様も飯を食え」
「へい…妃殿下の姐さ~ん!陛下の旦那が来やしたぜ~!」
どうもガキの場合、敬称が『陛下・妃殿下』より『旦那・姐さん』の方が上位らしい。一つ疑問が解けた。
「いらっしゃいませ、殿。テレシアちゃんが可愛くて、つい引き留めてしまいましたわ」
奥も物好きだな。
まぁガキは密偵の素質もありそうだから、奥が気に入るのも無理は無い。
もう少し成長したら狐に仕込ませよう。
「狐、ここに居る侍女を呼べ。二人ともだ」
狐に連れられて、マイラとリリアとかいう侍女が余の前に並ぶ。
「あ~、二人とも、宿屋での研修を修了する。こっちの二人と交替だ、明日から王宮での研修にうつれ」
………なんだそのポカンとした顔は?
「わ、わ、私どもが王宮で勤められるのですか?」
「最初に言ったはずだが?王宮と宿屋、持ち回りでの勤務だと…狐?言ったよな?」
「はい陛下」
訊きそびれたのだな。
…というか、何故リリアは泣いている?
おい泣くな!余が何か悪い事でもしたみたいじゃないか?
「持ち回りだからな?また宿屋で働くのだからな?そんなに泣くな」
王宮勤めが泣く程嫌か?
そんなに宿屋勤めが気に入っていたのか?
「う、嬉しいです陛下」
嬉しい?…そうか、また宿屋に戻れると聞いて嬉しいのだな。
「…若?何か勘違いをされておりませぬか?」
────────
「…てな訳で、スキン姐さんからは何もありやせん。『王都には潜伏していない』だそうでやす」
スキンからの定期連絡は芳しくない。
しかし、『いない』と断言するという事は、『いない』事を知っているという事。何故知っているのか?
…何か隠し事があるという事だな。
まぁ、今は良い。裏街の顔役が余になんでもかんでも教える訳が無いのだ。都合が悪ければ口を閉ざすに決まっている。
「よし。ではガキ、茶を頼む」
「へい、陛下の旦那。少々お待ち下せぇ」
「テレシア、言葉使い」
「あ?あ~…?ハイ陛下少々オ待チ下サイマセ」
狐が嗜めるとギクシャクした口調で言い直した。
…リザードマンみたいになっとるぞ?
「狐、言葉使いはてきと~で良い、てきと~で」
ガキが執務室から出た後、余は小声で言った。
余はガキの賢さとはしっこさに目を付けたのだ、言葉使いは求めておらん。
「いえ陛下、来客の対応に最低限は必要ですので」
それを云ったら子猿はどうなんだ?
「サーラは必要な時にちゃんと出来ております…陛下以外では」
「ぬ?子猿め、余以外の相手にはちゃんとしとるのか…生意気な猿だな」
噂をされるとくしゃみが出るなどと巷では言うそうだ。
子猿の盛大なくしゃみ姿を想像してひそかに笑う。
「まぁ、ガキに対しては言葉使いより密偵としての仕込みを頼みたい。もう少し育ってからか?」
「幼い今のうちから教育するのが理想ですので、直ぐに取り掛かります」
そういうものか。もう少し遊ばせてやりたかったが。
「任せる」
「御意に御座います」
執務室の扉が盛大に開かれてガキが茶を運んで来た。
「陛下の旦那、お待たせしやした」
「テレシア、言葉使い」
「あ、…陛下、オ待タセシマシタ。オ茶ヲオ持チシマシタ」
「『お待たせしました』は要りませんテレシア。貴人をお待たせしていても『待たせた』事を口にしてはいけません。陛下は寛大な御方ですので御許し下さいますが、他の方には注意なさい」
「あ?…ぁうあぅ?」
目を回しそうになっとるぞ?
「ガキ、『待たせた』と口にするとだ…貴様に解り易く言えばインネンをつけられるのだ、嫌だろ?」
「あ!へい!陛下の旦那」
ガキの顔がパアッと明るくなった。
理由が解れば理解も早い。
「言葉使い!」
「ハイ陛下!」




