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(更新26)

【ザップ】


底意地の悪い十二階層からストローの化け物を一掃してやった。


『サイフォン』ってデーモンは残っていないだろう。何度も油壺を補充しに街と往復したんだからな。


十二階層で『サイフォン』がまた増えるまで暫く掛かるはずだ。おそらく十二階層には他の魔物もいたんだろうが、『サイフォン』のせいで見当たらなかった。


残骸は残ってたぜ?


結構日が経って干からびた魔物の死骸があちこちに散乱していたんだ。


この魔物達は『サイフォン』の餌用に用意されたものじゃないかとガンズの旦那は見立てた。


つまり『サイフォン』の餌になる魔物が充分増えるまでは『サイフォン』は生まれてこないって事だ。


定期的に十二階層の魔物を狩って減らして置けば、今後『サイフォン』は滅多に現れなくなるだろう。


これで十三階層に行けるってもんだぜ!


「ほんと、一番乗りが好きよね昔から」


スキン姐さんに注がれたグラスを口にしながら暗い店を眺める。


「そうだったかい?」


三日後、またダンジョンに潜る。


骨休めに俺はスキン姐さんの店で飲んでいた。続けざまだからな、息抜きは必要だろ?


「ところで姐さん、あのチビッ子を陛下に預けたんだな?」


「…猫?あぁ今はテレシアね。いつまでも置いておけないわ、あの子が一番年かさだったし」


スキンは何人かの孤児達を食わせている。裏街にゃあゴロゴロしてる。


本人は『餌付け』なんてひでぇコト言ってるが。


大きくなったガキは容赦無く放り出し、また小さいガキを拾ってくる。


でかくなったら自分で餌を探せって事らしい。


スキン姐さんにしてみれば、テレシアは丁度自立する頃合いだったって事だ。


「あぁ…貴方が穴蔵に入っているうちにドレスデンが処刑されたわ。一応耳に入れておくわね」


へぇ、ノラ辺りが喜びそうなネタだな。


「これで残る面倒事って言ゃ、何だっけ?…亭主を毒殺した女だったか?」


確か牢破りをしたって陛下が目くじら立てて探させてるらしい…ま、俺にとっちゃあ御貴族様ンちの家庭事情なんざ、割りとどうでもいいけどな。


「あぁ、この間までうちの店に居たわよ?すぐ出ていったけど」


「…なんだ?匿ってたのかよ」


「人聞きの悪い。『泊めて』って言うから泊めただけよ?」


「参考までに訊くがよ?何処行った?」


「…さぁ?何処に行ったかまでは知らないわ…あの女がどうなろうと知った事じゃないしね」


スキン姐さんには細いパイプがよく似合う。


紫煙が口許から流れていく。


「客でいる間は裏切らない、それが昔からの街のルール。ただそれだけの事…でしょうザップ?」




────────


十二階層はすんなりと進む事が出来た。


今度もテレンス達との探索行、向こうには斥候が居ない分戦力的には期待出来る。


いよいよ十三階層へ進む時が来た。


扉を前に様子を伺う。


「よし、開けるぜ」


十三階層はまるで遺跡の様な姿だ。


十一階層みたいに野外じゃない。この階層の為に造られた代物だと感じる。


積み上げられた石組みの壁や柱に蔦が絡まり、開けた場所には灌木が石畳の床を突き破って生えている。


年月を経て抜けた屋根、その更に上には階層の天井が覗いている。


……というていで造られた場所だ。


例えば、めくれた石畳を取り除けて灌木の根元を見れば植樹した跡が残っている。


柱に絡み付く蔦には、目立たない様に細い糸を使い蔦を柱に縛っている。


抜けたはずの屋根の残骸が落ちていない。


埃も積もっていなければ風雨に晒された跡も無い。


「つまり、演劇の舞台みたいなものか?」


ははぁ、成程?ガンズの台詞はいいところを突いている。


「…これが遺跡をイメージして造られた物なら、ここの魔物はどんなものが出て来るのかしら?」


そうだな、舞台ならそれに見合った演者が必要だな。


「廃墟なら幽霊?でも幽霊では僕達に何が出来る訳でも無いでしょう?」


「エドの言う通りね…だからといってゾンビとかじゃあ階層的に弱過ぎるし…興醒めよね?」


まぁそうだが…


正直、幽霊だのゾンビだのの類いは御遠慮したいぜ。


ざわざわして身体中の毛が逆立つんだ、これがかなり不快感があってな。体毛の無い種族じゃ想像し難いだろうけどよ?


「ザップはゾンビが苦手だものな?以前ヴィーシャが造ったゾンビも嫌がった」


「ガンズは気にならねぇか?ゾッとするだろ?」


「ゾンビは動きが鈍いから、奇襲されない限りは大丈夫だ」


…そういう意味じゃねぇよ。


「おっ!宝箱だぜ、しかも二つもある!」


テレンスのところの前衛が宝箱を見付けた。


…………二つ?


今まで一度に二つ有った事は無いぞ?


宝箱に走り寄る前衛。


「おい!?ちょっと待て!」


「え?」


俺の制止する声にソイツが振り向くのと、宝箱の一つがぐねぐねと変形していくのは同時だった。


「ぅわ!?なんだ!?」


宝箱から牙が生え、何本もの触手が伸びて迂闊な前衛に絡み付こうとする。


俺の声で踏み止まったお陰で、前衛からは距離がある。


その距離を活かしてノラの矢が魔物の身体を壁に縫い付けた。


二本、三本と矢が刺さる。その隙に前衛は後ろへ転げて離れた。


刺さった矢の根元から溢れ出る蒼い粘液。


とどめを差す為にエドが剣を抜いて近寄る。


ブルブルと痙攣していた宝箱モドキが、突然色を変えた。


いや、色じゃねぇ。


宝箱の木目の質感が、急に半透明の滑った質感に変化して、姿を変える。


スライムみたいな姿になると、床に刺さったままの矢を残し、石壁の隙間にずるずると入って逃げていった。


「…今のはスライム…じゃないですよね?」




────────


スライムってのは単純なつくりで、全身が筋肉だ。


その筋肉を並び替える事で形を変える。丸くなったり細長くなったりだ。


形は変わるが見た目は変わら無ぇ。一目見れば、あぁスライムだなって判る。


ところが今のはまるっきり宝箱だった。


もし俺が声を掛けていなけりゃあ、東門の前衛が一人減っているところだ。


「スライムの変種か?」


「…スライムなら酸…胃液を吐いてくるわ。今の魔物は牙を『造って』噛み付こうとしてた…」


ヴィーシャが考え込む。


「…取り合えず探索を進めましょう、この階層にも避難部屋があるかもしれないし」


俺達の近くを大型の鼠に似た魔物が鼻をひくつかせながら見ている。


あれはまぁ、無害な魔物だ。草の根っこなんかをかじって生きている。


「…あの大鼠、メインの魔物用の餌なんだわ」


「変身する魔物か…」


「なぁヴィーシャ、ガンズ、お前等臭いを感じたか?俺は判らなかった」


西門、東門併せたパーティーの中で、俺達三人が鼻の良い面子だ。


「…私は気付かなかったわ、ガンズは?」


「俺もだ。と言うより臭いが無かったな。それが見分け方になるかもしれない」


宝箱だったら枠の金属臭とかか?


「しかしなぁ、本物とあんな近くに並んでられたら、嗅ぎ分けるにはだいぶ近寄らないといけないぜ?」


そんな真似すりゃパックリ食われちまうよ。




────────


あちこちを見て回る。避難部屋らしいところは無さそうだ。


「少し休憩しましょうか、ここなら見晴らしもいい」


東門のラースが皆に提案した。


初見の階層だ。大人数とはいえ皆気を張っている。


気負い過ぎは精神的に疲れて逆に注意力散漫になりかねない。


「よし、休憩だ。交替で見張りを頼む」


俺の指示で各々丸く囲む様に座る。何人かには辺りに注意していてもらう。


「今のところ、襲われていないから怪我は無いが…ザップ?」


テレンスが俺の横に座り、周囲を確認しながら訊いてきた。


「こっちが迂闊な真似をしない限り、襲う気が無ぇんだろうよ」


「迂闊な真似か…確かにこの人数に突っ掛かるとも思えないが……いや待て!ザップ、お前あの魔物にそんな判断力があると?」


「あるだろうさ…考えてもみろ、『サイフォン』より下の階層だぞここは」


つまり『サイフォン』よりえげつねぇって事だ、あの宝箱モドキは。


「…ちょっと小便してくらぁ」


東門の一人がそう言って皆から離れて走っていく。


「ちょっと待て!一人で行くんじゃ…」


「え?」


ソイツの傍にあった石の柱が盛り上がり、巨大な石の拳骨が横凪ぎに振り抜かれた!


「どわっ!」


云わんこっちゃねぇ!


殴り付けられてぶっ飛んだソイツがゴロゴロと転がっていく。


ガンズ達が走り寄ると、石の拳骨から人の目が開き、ギョロリとガンズ達に目を向けた。


「フンッ!」


拳骨の真ん中にガンズの籠手がぶつかる。


ベキッと音を立てて石の拳骨にひびが入った。


…と、見る間にひびが裂け始め、ベキベキと開いていく。


拳骨が口になりやがった!


妙に歯並びのいい口から舌が覗く。石の腕がぐにゃりと蛇の様に曲がる。


ガンズにパックリと開いた口が食い付こうとしたその時、炎弾が続けざまに飛び込んだ。


口の中が焼け爛れ、柱からボトリと落ちる石の蛇。


ガンズの籠手が凄い勢いで蛇を連打する。


石の鱗が殴られる度にバキバキ剥がれ蒼い粘液が撒き散らされていく。


「ヴィーシャ!燃やせ!」


ガンズが飛び退くと、中身が丸出しになったところへ炎弾が命中した。


ガンズと一緒に近寄っていた一人が、すかさず油壺を投げ付ける。身体中に火が点いた魔物がジュウジュウと焼け爛れていく。


「…落ち着いて用も足せないって訳ね」


「主人、口に出すのはちょっと…」


全くだぜヴィーシャ、デリカシーってものを覚えやがれ。




────────


「正直、今のままじゃあ俺の組が深層を探索するのは厳しい」


宿屋の食堂に集まり、今後の事を話し合う。


テレンスは自分のパーティーが戦闘向きであって、探索向きでは無い為、ダンジョン深層の挑戦には不向きと感じているらしい。


「そいつは違うぜ?要はもう少し用心する事だ、一人一人がな」


俺達のパーティーにとっちゃあ、テレンス組との合同はありがたいんだ。


どちらも護符でショートカットが出来る。


テレンス組の問題は斥候役無しで今までやってきてしまった事だ。力押しの癖がついていて、個人個人が迂闊な真似をしてしまう。気配りが足りないんだな。


俺達二組のパーティー以外に公爵様から転移護符を貰っていないってのも問題だ。


パーティーは面子それぞれの予定を擦り合わせないと探索の予定が組めない。


だから俺達とテレンス達が合同するのは結構大変だ。


他に護符を手に入れたパーティーが、もう何組か居れば、予定も組み易いし、臨時に入れ替えも可能になる。


第一、この先面子を増やせない。新しく面子を入れるとすると、ソイツは護符を持っていないから皆仲良く十階層まで歩く事になる。


数日分のロスタイムを考えれば、新メンバーを入れようって気にならない。


テレンス達も同じ理由で、斥候役を雇えない。力押しの癖が抜けないだろう。


「公爵様に話をしてみるか?」


ガンズが言った。


「どう話す?俺達の護符は報酬で貰ったんだぜ?それも前提条件がある。十階層踏破だ」


他のパーティーは十階層踏破を成し遂げていないんだぞ?


「まぁ、交渉してみるさ。公爵様にしても十階層を越えられるパーティーがもっと欲しいはずだからな」




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