(更新2)
【ノラ】
「…そう、そんな感じ。集中を切らさない様に…」
最近は主人の元で魔法の練習をしている。
精霊魔法は契約した精霊を自分の魔力を餌に飼っている感じで、更に魔法を使う時にも魔力を使う。
その為に魔力の余裕が無くて他の魔法が使いにくくなってるのではないか、と以前ガンズさんが指摘した通り、集中すれば他の魔法も使える様だ。
もっとも、元素魔法は私の場合覚える意味が薄い。パーティーの事を考え、回復魔法を重点的に教わっている。
「今日はここまでにしましょう」
基礎式や付属式を覚えた後はひたすら反復練習。弓の稽古と同じだ。
剣の稽古なら相手の動きに即応する事が必要だが、弓も回復魔法も正確に行える事が大事。
「まさかエルフでも精霊魔法以外の魔法が使えるなんてね。常識が変わっていくわ」
「と言っても主人、回復魔法の様に自分の魔力を使わない魔法は他にまだ無い。例外だろう」
回復魔法は異世界から魔力を引き出している訳だから、精霊を養う魔力に影響しない。
「取り合えず術式の展開がだいぶ早くなったわ。後は実地に使って慣れる事ね」
「もっと早くなるだろうか?」
「難しいわね、死霊術の基本を覚えてからの方が楽だけど、回復魔法だけを練習してるから」
そこは仕方ない、同じ基礎式でも回復魔法は別物だからと主人は言った。
「まぁ重傷の時は私が回復するから、ノラには小さい傷をお願いするわ」
そう言うと主人は本棚から研究書を取り出し頁をめくり始めた。
「主人、夕食の時間だぞ」
「先に行ってていいわ。ちょっと調べものをしていくから」
主人は研究書に没頭してしまい、私の声も耳に入らない状態になってしまった。
仕方無い、私は部屋を出て食堂へ向かう。
私が食事を済ませて戻っても、まだ調べていそうだ。
「ノラ殿」
食堂へ向かう途中、ドラスさんと一緒になる。
「ヴィーシャ殿は?また研究ですか?」
「ああなると、梃子でも動かない」
「魔法使いは大抵そうですな…ヴィーシャ殿は何を研究しているのでしょう?」
「さぁ?回復魔法ではなさそうだった」
主人が今何を調べているのか?訊いてみた事はあるが口を濁すだけで教えてはもらえなかった。
「まぁ話してもらっても理解出来ないけれど」
「全くです。ガンズ殿などはよく理解出来るものです」
ところで、次の探索は是非トログロダイトを狩りましょう!実は朋輩達から次はまだかとせっつかれていまして。
…と私に頼まれても。
【ザップ】
「…まぁ、稼ぎになるからいいんだけどよ」
床のほとんどが水浸しの十階層。
その水は黒く濁っていて底が見えない。
深いところなら俺の腰まで漬かる為に、最初の宝箱に入っている探り棒は重宝している。十階層を出る時は必ず元の宝箱に戻しておくくらいだ。
で、俺達はお宝を─ある意味お宝を探してうろついている訳だ。
お宝の名前はトログロダイト。ばかでかい山椒魚みたいなヤツ。
はっきり言って、ドラス以外はやる気が無い。皆の顔をみれば解る。
それは何故かというと…
「いた!いましたよ!」
心底嬉しそうな声の主が誰かは言うまい。
でろん、とした小肥りの山椒魚モドキにドラスが嬉々として飛び掛かっていく。
「…ほんと、好きよねドラスは」
ヴィーシャが呆れた声を出す。
「まぁそう言うな。アレは確かに良い値で売れる」
四匹いたトログロダイトは全てドラスに倒された。
「さ!ガンズ殿、運んで下さい。後三~四匹は欲しいところです」
「…誰が運ぶんだよ?」
クソ弱いトログロダイトだが料理の食材としては一級品だ。高値で売れるのは嬉しい…が、運ぶのに難儀する。
「このヌメリを何とか出来ないか?」
「私に言ってるの?魔法では無理よ、乾燥させたら干からびちゃうんだから」
干からびたら売り物にならねぇよ。
「生臭いですね…」
いつもは愛想のいいエドでさえ顔をしかめるこの気色悪さ!
魚の鱗を剥ぐ様にナイフで肌のヌメリを擦り落とす。こうしないと帰り道が悲惨な事になるのは前回学んだ。
次の群を見付けたドラスがまたも突っ込んでいく。いやはや、いつもの冷静なドラスは何処にいった?
「ドラス!もういいだろ!帰るぜ?」
…乱獲し過ぎだ。運べないくらい狩るんじゃねぇ。
「いや失礼しました、故郷の水没林では居なくなってしまったものですから」
「絶滅させてんじゃねぇよ!」
気色悪い事に我慢すりゃあ稼ぎのいい獲物なんだ。ちゃんと考えて狩りをしないとな。
【サウル】
執務室での書類仕事を終えて、余が書き物をしていると狐が茶を運んできた。
「失礼します。陛下、お茶をお持ちしました…あら?」
仕事を終わらせたのにまだ机で書き物をしている余が珍しいらしい。
「陛下、どうなさいましたか」
「これか?これは『国誌』だ」
「コクシ…とは何でございますか?」
まぁ解らんか。
「要は我国に住まう知的種族の紹介や土地毎の産業、風土などを纏めたモノだ。『万民協和』も少しづつ根付いてきたのでな」
こういったものは他国にとって我国の情報となる。
無論、我国にとって不利となる面は出てくるが、今はそれ以上に他国が我国に持つ恐れを軽減する為に必要だ。
『魔族』と恐れられていては外交・交易に差し障る。我国は『知的種族』の国であると知らしめねばならん。
「なるほど、国内ではなく同盟国に配慮したものなのですね」
「そうだ。我等の歴史・文化を正しく伝える。そうすれば要らぬ恐れを抱かずに済む」
巧くいけば、無用な戦を避けると同時に光神教を牽制出来るだろう。
「まぁ今のところは余の暇潰しの域を出んがな」
「陛下の御志、感服致します。ではこちらの書類を回収します」
狐が執務室を辞し、余は書き物を再開した。
「ふむ…やはり最初は一族の紹介からいくか、他種族の紹介に続けられるしな」
─────────
《ヴァンパイア》
王室、及び我国の領地を封ずる貴族の大半を占める種族。
太古の時代に繁栄したデーモンの一支族の末裔であり、強靭な肉体と瞬発力を用い、我国の礎を築いた。
多量の魔力を持ち、精神魔法と呼ばれる特殊能力を使う事が出来る。
ただし現在我国では精神魔法の不当な使用を禁じている。これは『万民協和』に基づく法令である。
外見的特徴として緋色の瞳とやや不健康に見える白い肌を持つ。
寿命は千年と謂れ、うち幼年期は百年程。
〈文化と考察〉
古くから生物の品種改良技術を用い、エルフ・ライカンスロープ・ビーストマンを作出し、使役してきた歴史を持つ。
また、ヴァンパイアは他者から採取した血液を自らの血液の補填として用いるが、その為に内蔵された器官は自らを品種改良して得たものと考察される。
この品種改良は運動能力を維持する為に必要だったものと思われる。
捕食生物として夜行性の生態であったが、多種族国家である我国の現状を踏まえ、生活基盤を昼行性へ改めている。
────────
「まぁこんなものか」
なかなか自分の事は上手く書けないものだな。
巷間に流れるヴァンパイアに関する風聞は大抵駄法螺なのだが、まぁそこは敢えて書かないでおこう。
イメージが崩れるからな。
【サーラ】
二十年程前の事。
あの夢の続きを思い出す。
私達生き残ったエルフはあれから荷馬車に揺られ、森の入口に連れてこられた。
大きな森。
私達は森に入らずその前に集められ、しばらく待たされた。
近隣の村から村人達が私達に炊き出しを運んでくれた。ヒューマンと、牛の顔をした巨人達。
あの時食べたシチューの味は忘れない。
私達は泣きながら食べた。
温かいシチューが喉を通る度に涙が溢れた。
放浪のさなか、ろくに口に出来なかった食べ物。ボロボロになりながらほんの少し前まで歩き続けていたのが嘘の様だ。
夕闇が迫る頃、それはやって来た。
無数の骸骨が列を組み、歩調を揃えて現れたのだ。
私達は悲鳴を上げた。死神が群をなして現れた、そうとしか思えなかった。
そんな私達に村人は笑ってなだめる、あれは国王陛下の軍勢だ、陛下の御成りだと。
骸骨達の列の中、豪華な馬車が現れ、私達の前で停まる。
それが初めて陛下にお会いした時だった。
当時の私と変わらない年頃の、身なりの良い子供。
青ざめた肌に紅い瞳を妖しく輝かせ、陛下は私達の前に降り立った。
「少ないな?これで全員か…、あぁ村長、御苦労、飯を食わせたのだな?よくやった。貴様の村は今年の税を免除してやる」
村人達が平伏する。
「さて、エルフの代表者は?族長がいるのだな、では族長よ、貴様達の身の振り方を決めようか」
もし難民として生きるなら、多少の援助はする。ただしそのうち国境を戻り出ていく事。
もし我が国民となるなら、この森を貸し与え住まわせよう。ただし税は払ってもらう、と。
「その場合、貴様達に仕事を与える。林業、要は木こりだな。貴様達は木を伐りそれを売る。それで税を払う。解ったか?」
「わ、我等エルフに木を伐れと!?」
「貴様達エルフは木を早く育てられるだろう?なら森が丸裸にならん。適任だ」
「し、しかし…」
「エルフが森を大事にしているのは知っている。だがな、大事にし過ぎて他種族を追い出す様な真似をしていたから、貴様達は故郷を逐われたのだ」
縄張り意識を持つな。この森は余の持ち物だ、それが嫌なら立ち去れ。
「これからは他種族と仲良くするのだ、さっき飯を食べさせてもらっただろう?何の関係もない村人達から。恩を忘れるな」
…きっと『万民協和』はここから生まれたのだと私は思っている。