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西門繁盛記

【サーラ】


私は今、夢の中にいる。


何度となく見た情景、だから夢だと解っている。


それは十歳の頃の記憶。


住み慣れた故郷の森を逐われ、一族は放浪していた。


旅の途中一族は散り散りになった。一本道を歩いていたのに。


私達エルフの足は地面を歩くのに適していない。森に住み木々の枝を伝う為に足の指は長く、親指は踵近くから生えていて物を掴める様に出来ている。


私の足は慣れない地面を歩く逃避行のせいで、爪は割れ足の裏から血がにじんでいた。


疲れた足を止めて道端に座り込む、それだけで皆から離されていく。それだけで一族は散り散りになった。


歩く。


座り込めば二度と追い付けない。道端でたった独りになれば…


その建物が見えたのは、足がふらつき座り込んでしまいそうになっていた時。


そこには鎧に身を包んだヒューマン達が何人かいた。


道の更に向こうには同じ様な建物。


族長の父が一番偉そうなヒューマンと話をしている。


声は聞こえない。


ここは夢の中。二人が何を話していたのか私は覚えていないから。


ヒューマンは私達を通さないつもりだった。押し問答が続く。


道の向こうにある建物から誰かが近付いてきた。


狼だった。いいえ、狼の顔をしていた。


彼は剣を鞘ごと腰帯から外し右手に持った。敵意の無いしるし、ずっと後でそれを知った。


ヒューマンの偉い人は嫌そうな顔をしながらも同じ様に右手に鞘付きの剣を持ち換える。


長い話が両者で交わされた後、私達は狼顔の彼に促され向こうの建物まで進んだ。


その建物にはやはり狼顔の男達がいた。


私達は建物の前に座り込む。


井戸から汲まれた冷たい水が狼達から廻され、皆が喉を潤すのが見えた。


やがて先程の狼の人が私の前に来て水の入ったコップを手渡してくれた。


「お嬢ちゃん、ようこそ魔国へ」


私の頭を優しく撫でながら彼は言った。




────────


「………朝?」


いつもここで目が覚める。


ベッドから起き上がり、靴を履く。女官用の制服に着替えて、部屋を出る。


朝食を運び扉を叩く。


「おはようございます陛下、朝食をお持ちしました」


「おぅ、おはよう子猿」


「猿じゃありませんサーラです!」


いつもの掛け合い。


さ!朝だ朝!


今日も頑張るぞ!




【ガンズ】


「おはようございます!」


食堂の扉を勢いよく開いてやって来たのは陛下御付きの侍女。


俺が陛下に初めてお目にかかった時、猫を追い掛けていたエルフの娘だった。


「えぇと…子猿だったか?」


「あ、貴方まで!猿じゃありませんサーラです!」


「いや名前を聞くのは初めてだ」


「陛下は名前呼ばねぇからな」


ザップの苦笑いにヴィーシャも肩をすくめる。


「…猿だの熊だの狐だのって…人の名前を覚える気が無いわよね」


「しかし、独りか?珍しいな。陛下は?」


扉から続いて入ってくる気配が無い。何をしに来たのだ?


「今日から持ち回りでこちらの仕事をする事になりました!女官長様の代わりです!」


女官長…?


あぁ、狐、じゃないチャル女史の事か。


「あぁ待っていましたわ、サーラさんでしたわね?こちらへいらして」


妃殿下が厨房から顔出し、エルフ娘を招いた。


「…何であの娘こっちに来たのかしら?」


「あぁ、確かこの間口入れ屋にかかってたぜ、王宮の侍女の募集。十人くらい」


それでチャル女史が王宮に戻ったのか。新人に仕事を教える為に。


「多分だが、宿屋の従業員増やす為だな。こっちだけじゃなく東にも入れないとならねぇし、ギルドの仕事もあるからな」


ギルドを立ち上げたのはいいが、事務仕事をする者が足りない。


当初は引退した冒険者を使うつもりだったらしいが、剣だの斧だの振り回していた連中に事務仕事が勤まるはずもなく、また宿屋の仕事も元々王宮からの出向という形だったのをそのままギルドが人を借りている状態だ。


「ギルドで募集かけても人が集まらねぇのさ、出来たばっかで実績が無ぇからな」


「ザップも大変だな」


ザップはギルド立ち上げの言い出しっぺなので、色々と手伝っている。顧問の様なものだ。


「まぁそれでもあの娘が来たって事は新しい侍女が王宮に来たって事だ。そのうちこっちに廻してくれるだろ。やっと楽になりそうだ」


「…あら?好きでやってたんでしょザップ」




─────────


「こんばんわ~」


「あ、皆さん居たんですね」


ノラとミーシャ、そしてクラウスが食堂に顔を出した。


「クラウス、食堂に来るの久しぶりじゃない?」


「たまにはここで晩飯にするのも悪くないと思っての」


「混まないうちに来ました」


俺達の卓に合流するとクラウスが卓の上に銭袋を置く。


「ザップ、今月の分じゃ。確かめておくれ」


「律儀だねぇ、急がなくてもいいんだぜ?」


そう言いながらザップは銭袋の中身を確かめる。


クラウスが店を始める際に皆で貸した金を、こうやって少しづつ返しているのだ。


軌道に乗ったとはいえ、まだまだ入り用だろう。皆それを気にして返済はゆっくり余裕をみて払ってくれとクラウスにはいつも言っているのだが、借金をしているのが嫌だそうだ。


ドワーフらしいと云えばドワーフらしい。


「ミーシャは食堂初めてじゃなかったか?来た事なかっただろう?」


「えぇ、親方さんにここの食事が美味しいって聞いてたんで、来てみたかったんです」


「丁度客足が途切れたので連れてきた。さ、ミーシャ座って」


ノラがミーシャの手を引いて席に座らせる。


視力の弱いミーシャはあまり外出しようとしない。それで最近ではノラが手を繋いで街に連れ出す様にしているらしい。


奴隷から解放されたお陰でノラはわだかまり無くミーシャと付き合える様になったと以前言っていた。


肌の色は違うものの姉妹の様に仲良くしているらしい。


「お待ちどうさま~」


子猿いやサーラだったか、彼女が食事を運んできた。


眼鏡越しに見上げたミーシャが声をあげる。


「あれ?サーラ姉さん?」


「ミーシャ?え?何でいるの?」


そのまま二人でキャアキャアと騒ぎ出した。


「二人とも知り合いか?」


「はい!」


「サーラ…おぉ族長の一人娘のサーラか?大きゅうなったのう」


「え?クラウスさん?うわぁ、お久し振りです!」


なんだクラウスとも知り合いだったのか。


「この娘っ子はの、ほれ、墓所の森の族長の娘じゃよ。ミーシャとは幼なじみじゃ」


墓所の森居留地。あちこちの国から故郷を逐われたエルフ達が、ライカンと共に林業を営む集落だ。


骸骨兵の眠る墓所が点在している国軍駐屯地でもある。


「…世間は狭いわね。取り合えず給仕を終わらせたら?」


ヴィーシャの一言で慌てて卓に料理を並べ、また後でとサーラは厨房に戻って行った。


ミーシャによるとサーラは最初に墓所の森へ入植した一族で、その時子供は彼女一人だけだったという。


その後すぐミーシャの一族が加わり、墓所の森で最初に生まれたのがミーシャだそうだ。


「両親が結婚する時、最初は反対する人が多かったそうですが、陛下から早く結婚して子供を増やせとの御言葉を戴いたそうです」


陛下らしい。


以前森に行った時、ハーフエルフの子供が結構いたから、最近は反対者も減ったのだろう。


「そんな訳でサーラ姉さんにはよく遊んで貰いました。親方さんと王都に出てくるまで。…まさかサーラ姉さんが王宮の侍女をしてるなんて」


「仲良しだったのだな。今度紹介して欲しい」


ノラの言葉にミーシャは喜んでいた。




────────


「ガンズさん、ちょっと手伝ってくれるか?」


料理番のライカンに声を掛けられる。


平均的なライカンに比べ頭一つ背が高く身体もがっしりしたこの男はチャル女史の旦那で、本来は王宮の料理長だ。


そういえば、陛下にも皆にも熊呼ばわりされているせいで、本名をまだ訊いた事が無いな。


「何だい熊さん」


「食材やら薪やらいっぺんに持ってこられたんでな、運ぶの手伝ってくれ」


熊と二人で食堂から表に出ると荷馬車が三台程並んでいた。


「それじゃあ、受け取りにサインを」


行商に賃金とサインをした熊さんが荷下ろしを始める。


「ガンズさんは薪を運んでくれ」


俺や宿屋の下働きのビーストマンが薪を風呂場の脇に運ぶ一方、熊さん達料理人が食材を厨房へ運ぶ。


「いやぁ助かるよ、この量を運ぶのはホネだから」


下働きのビーストマンは結構な歳だ。


いつもは独りで風呂場の掃除や薪割り、水汲みに厩の馬の世話などで日々を過ごしている。


「たまにチャルさんが手伝ってくれるけどねぇ、人手が足りないね」


「もうじき王宮から新人の侍女が来るって聞いたぞ?」


「って言っても下働き要員じゃないだろうからね、儂もそろそろ隠居して孫の面倒をみたいところなんだが」


息子さんからもう仕事をやめてのんびりして欲しいと言われているそうだ。


そうだな、ザップ…いや妃殿下に相談してみるか。




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