25歳のさき
25歳になったさきは社会人になって3年が経っていた
今でも休日には夢に見た景色を捜して出かけている。大学に入ってからは、さすがに高橋や吉田の付き添いもなく単独で出かけるようになった。たまには泊りがけで出かけることもある
「だからさきちゃんママによく似てるもの」絵理子は自信たっぷりに答える「本当に本当に覚えてるのか
「私はよく泊まりに行ったし、一緒に遊びに行ったりしたもの。写真もあるのよ。机にずっと飾ってあるの。忘れたりしないわ‼絶対よ」そんな大きな出来事が合ってから2ヶ月さきの廻りは喜びと戸惑いが合った
あれからも時々絵理子や保と二人であったりする
「今夜は遠藤さんがいらっしゃるんですね?」吉田がさきに尋ねた
さきと万里子が佐々木家へ訪れる前に遠藤から連絡があった
それを聞いた万里子が
「まぁ、食事の支度をお願いするわね。お父さんにも早く帰るように伝えるわ」「大袈裟にしないで下さいね」「分かっているわ。あなたの大事なお客様だもの…」「一旦帰って車で遠藤さんを迎えにいきます」「高橋さんに行ってもらったら?」「いえ、遠藤さんを驚かせたくないので自分で行きます」「そうねぇ…その方が良いかも知れないわ」「はい、じゃあまた後で」
さきは、その日落ち着かなかった昼食時間のこと、「清水さん、今日は夕方空けといてね。」同僚で二年先輩の岸川から声が掛かった
「何か有りました?」「前々から彼の後輩を紹介するって言ってあったじゃない❗」「イヤ、結構ですよってお断りしたはずです。」「照れなくても良いのよ、なかなかいい男よ、好条件だし。」「本当に結構ですから…私、予定があるので即帰るので…」「折角セッティングしてあげるって言うのに。分からない人ねぇ。」「自分の相手は自分で捜せます」「何よ、勝手にすれば。」岸川は、先に独り席を立って行ってしまった
「大丈夫なの?さき。」同期の渡辺に心配される「そう言われても私は紹介を頼んだこともないし、一方的に怒られても…」「本当に頼んでないの?」岸川の同期山本に訊ねられた「本当です。どうして躍起になって紹介しようとするのか分かりません❗」「そうなの?」「はい」「てっきり頼んだのかと思ってたわ」「当分恋愛とか考えていませんよ」「こればかりはタイミングだから会ってみれば?」「それどころじゃないんです、もっと大事なことがあるんです。」「なぁに?」「年頃の女性が恋愛より大事な事って…。」「大切な事なんです。他人様に話すことではないです。でも私にとっては何よりも優先したい事なの…。」「分かったわよ。そんなにムキにならなくても良いわよ。」「あゴメンね。つい力んじゃった」
「よほどの事なのよね。さきがこんなにムキになるんだから。」
「ええ。…」
午後の始業時間が来た
「岸川さんの事だから口を利いてくれないかもね?」渡辺が苦笑する
「そうかしら?」さきは答える
「そう思うよ。岸川ってそう言うところあるから。どっかのお嬢様だから、気位が高いのよ」山本は辟易しながら答える「お嬢様?」「何でも親は代々国会議員様らしいわよ❗」「そうなんですか?」「地元ではお姫様扱いとか…。」「え~ちょっとそれは…」「岸川と同じ大学を出た知り合いが言ってたもの。ゼミで一緒に旅行した先でたまたま居合わせらしいのよ。もうお嬢様って呼んで大変だったって。知り合い達は一緒に良くしてもらったからラッキーだったけど。かなり有名人らしいわ」「なんだか気の毒ですね❗」「どうして好き放題やれるじゃない?親のお陰で得してるし…。」山本は、意外そうにさきをみる「本当に得しているでしょうか。かえって着たくもない恩を着せられているんじゃないですかね」「清水さんって面白い考え方するわね。以前にもふと感じた事があるけど、ちょっとずれてる」「そうですか?普通ですよ」「違うと思うよ」「…」山本の考え方こそずれてるとさきは思うのであった
事務所に戻ると岸川のデスクが片付いていた
「班長、岸川さんはどうしたんですか?」昼休憩をずらして残っていた杉山班長に尋ねると「帰った」と一言「帰ったって…。今日は午後から会議がありますよね?」「あるよ。でも帰った」怒りが声に出ない様に抑えた言い方だが怒っているのが分かる班長の答えだった
「具合でも悪くなったんですか?」
「いいや、いきなり午後から半休取りますって言って帰ったよ。俺は電話対応中だったから、呼び止める事もできなくてさ」と、さすがに呆れ顔の杉山「私のせいでしょうか?」さきは力が抜けてしまった「何で?昼に何かあった?」杉山はさきを見つめた
「違う。断じて清水さんは悪くない❗悪いのは我儘なき・し・か・わ・だ」後ろから声をあげたのは三年先輩の高城だった「高城さん。でも…」「清水さんは気にしなくて良いよ。これは就業規則に反してると思うよ。」その横から声を掛けたのは近江課長だった「課長…」「杉山、昼休憩とって戻ってきたら話そう。先ずは飯行ってこいよ。」「了解、そう言うことだから清水さんは気にしないで仕事して。」杉山班長は、笑って席をたつ「はい。ありがとうございます」
「あっそう言えば午後の会議…あいつ分かってて帰ったんですよ。課長」怒りが収まらない様子の高城はかなり鼻息が荒い「あのぅ、高城さん、岸川さんと何かあったんですか?」「聞く?あいつ酷いんだよ。俺に仕事押し付けてさっさと昼休憩を取ってるし、やっと片付けて昼飯に行けば、まだかかってたのとか言うし、午後の分をやらせようと思ったら帰ったって言うし、いい加減すぎでしょ?最悪だよ。残りも俺独りで片付けなきゃいけないんだから」
「じゃあ 会議は清水さんに行って貰おうかな。」「えっでも…岸川さんが担当じゃあ…」「あれは駄目だもう外す。今日から清水さん担当にする。そのつもりでね。」「課長、でも…」「会議の責任者には僕から連絡するから。それに今日が初回だからまだ何も始まってないし、行っておいで。七階の第一会議室で2時からだからね。ヨロシク」近江はにこりと笑って話を終わらせた。つまり決定事項ということだ
さきは、30分ほど資料作りをした後七階へ上がった
「あれっ、清水さん」「足立さんも会議のメンバーですか?」「うん、清水さんは岸川さんのピンチヒッターなの?」「いえ、実は急遽担当になったんです。」「へぇ…良かったよ同期が居てくれて。」「私もです。心強いです。」「一緒に企画するのって初めてだよね。」「はい、どうぞヨロシク」「こちらこそヨロシクね」会議は初回と言うことで顔合わせがメインだった。他部署の先輩の顔を覚えるのに終始して緊張感で、場違い感で疲れた。
唯一同期の足立が一緒に居てくれた事が心強かった
自分の部署に戻って班長と課長に報告してようやく執務に戻った。
この日は朝から色々ありすぎて、目が回りそうな忙しさだった
さきは、仕事を終えて家に帰り、シャワーを浴びた
6時過ぎに遠藤保を迎えるためだ。
「お母さん、そろそろ遠藤さんを迎えにいきます、」台所では万里子と吉田が腕によりをかけて料理をしている「気をつけて、行ってらっしゃい」「はい」
さきは保を迎える為に自家用車を運転して東神奈川駅の近くの総合病院へと向かった
車の流れがスムーズで早く着いてしまったので病院の近くのスーパーで買い物をした
車へ戻ろうとした時、声がして振り返った
「ヤッパリ清水さんだ」「まぁ足立さん…お疲れさまです。今帰りですか?」
昼間、会議中に緊張気味のさきをサポートしてくれた足立と出くわしたのだ
「ちょっと残業したんだ」「そうなの…ご苦労様です」
「清水さんはどうしたの?」「ええ、ちょっと友人と待ち合わせなの。時間があったから買い物を済ませたところ」そこへ携帯の着信音が鳴った「ちょっとごめんなさい、はい、さきです、あっ保さん、もう終わったの?すぐ向かいます。今近くのスーパーにいて向かうところだったの、じゃあ玄関で待っててください」電話を切って足立に挨拶をして車に乗り込んだ
「また明日ね」「じゃあ」二人は手を振って別れた
病院の玄関ではスーツを着て保が待っていた
「保さん、お疲れさまです。どうぞ後ろの席へ…」「良かったら助手席に乗るけど?」「助手席?良いですよ❗どうぞ」さきは助手席のドアを開けた
「さきちゃんは運転しないと思ってたよ」「どうしてですか?運動神経が鈍そうですか?」「イヤ、そんなんじゃないけどさ。なんとなくね」(確かに。どうしてかな?運転出来ないと言うよりしない気がしたんだよなぁ)保も苦笑した「フフ、でも、そんな私の助手席に乗るなんて勇気有りますね❗保さん」さきが笑う「えっ」思わずさきを見つめる「冗談です。大丈夫安全運転ですから疲れてるでしょう。寝ていても良いですよ」さきはにこやかに声をかけた
「大丈夫だよ。でもさきちゃんの家にお邪魔して良かったの?」「ええ勿論、母達は、張り切って夕食を準備していました」
「そんなおおごとになっちゃって…」「気にしないで…母達の楽しみです」
15分位で清水家に無事到着した
「ただいま、遠藤さんをお連れしました」「はーい。いらっしゃいませ。ようこそ…どうぞお上がりください」万里子はスリッパを差し出す。「お邪魔します。お騒がせして申し訳ありません」「いいえ、うちの方からお呼びしたのよ。そんなかしこまらないでリラックスしてくださいな」「ありがとうございます。これ、大したものではないんですがお土産です」保は地元のお菓子を差し出した「まぁお気遣い戴きましてありがとうございます」万里子は受け取ってお礼を言った
「保さんどうぞこちらへ」さきの案内でリビングに入った
「ソファに掛けて下さいね。お茶を持ってきます」さきがキッチンへ入ったのと入れ違いに父宏が帰って来た「お帰りなさい。あなた」「ただいま。さきはまだ戻っていないのかい?」「つい先程、遠藤さんをリビングにお通ししたところよ」「そうか…待たせてしまったか」宏はカバンを万里子に預けリビングへとやって来た
「やぁいらっしゃい」「こんばんは。お邪魔しています」「お疲れのところ此方まで来て貰って済みません」
「とんでもないです。此方こそ遅い時間にお邪魔して」「私達は嬉しいのよ」万里子が宏のお茶を運んできて一緒に腰を下ろした
「遠藤さんと佐々木さんに出会えた事はさきにとっても私達家族にとっても大変な出来事になりました」宏は保をしっかり見つめて話始めた
「私と佐々木にとっても同じように感じています。今日伺ったのは、我が家にも写真が残っていたので持ってきました」保は宏と万里子の前に写真を差し出した
「丁度近くの病院へ勤務する機会があったのでお嬢さんに連絡した次第です」そこへさきと吉田がお茶を運んできた「さきさん、私がお出ししますからお座りになってくださいます」吉田は横からお茶を出す
「大丈夫ですよ…吉田さんは心配性ねぇ」さきは笑って座る
「お話を伺った方がいいのではと思っただけです」
「まあ良いから座って話を聞こうじゃないか」宏の言葉に頷いて保を見る「佐々木さんの事がとても大事なのね」万里子が微笑む
「三人とも凄く幸せそうな笑顔だね。仲良しだったんだね」「はい、特に佐々木は泣き虫だったからさきちゃんにベッタリで友達というよりは妹みたいだった」「そうなの…でも何も思い出せなくてごめんなさい。」「良いんだ。間違いでなきゃ…絵理子ががっかりしないだけ良しとするよ」
「まず、さきちゃんの名前は西野さき。漢字はこう書きます」そう言って清紀という字を書いて見せた「清い字で”さ”と読むの?」「あまり使わない当て字ね」「漢字があったんですね?ずっとひらがなにしていたからなんだか不思議な気分」
「僕のイメージではさきちゃんママは凄く明るくて…あっケーキを作っていました。」「ケーキ?」
「ええ、確か、土産のお菓子は駅前の洋菓子店はさきちゃんママの勤めていたところだと思ったけど…」
佐々木の誕生日が5月5日なんです、わざわざケーキを作って届けてくれたそうです。どうしても男の子の節句と言われて、女の子用の可愛らしいケーキが少なくて、さきちゃんママが作ってくれたってよく言ってました」「そうですか…」「さき、佐々木さんと今度会うときにやはり母さんが行った方がいいと思うよ」「駅前のお店の方はおかあさんの事覚えているかしら?」「そうだなぁ。僕もあまりケーキを買いに行くことがないので、店員さんのことは知らないんだ」保は申し訳ないという顔をしている
「さぁ食事にしましょう…思いがけないことが分かってドキドキしたわ」「なんだか急にあれこれわかって不思議です。保さん、本当にありがとう」
それから愉しく話してさきは保を病院の寮に送り届けたのは9時を過ぎていた