5杯目 リドリーの熱血?指導
4話のトレーニング期間がおかしかったので修正しました。
「まず、これに着替えろ」
アデラベルと別れた私はリドリー、オリアドルと共に空き部屋へと戻った。
早速、練習かと思いきや、リドリーはまだ完全に機嫌が戻っていないのかいつもの倍くらいふんぞり返った態度で唐突に服を押し付けてきた。それは少し前、リドリーが私と同じくらいの背丈だった時に着ていたシャツとズボンだ。そういわれてから私は自分の格好を見る。
私の服はいつもエリスママが選んでくれる。外に行ったことがないため、これが私の年代の女の子の基本の服かはわからないが、大抵脛くらいまでの長さのワンピースで、フリルが2~3段ついている。色は薄桃色が多い。エリスママ曰く、金色の髪によく合うのだそうだ。布は手触りだけ取ると、割と上質なものなんじゃないかな。肌とこすれても痒くなったり気になったりしない。それよりかするりと肌の上を滑っていくような手触り感。
日本にいたころにおしゃれなんててんで興味のなかった私は、ネットで買えるすごく安い服を着ていた。仕事はスーツだったしね。休日なんてお酒飲むだけでほとんど家から出なかったから、とここまで思い出して私はやめた。これ以上思い出してるとなんだか辛くなる気しかしない。
まあ、つまりは確かに運動向きの格好ではないよねってこと。私は素直に頷くとリドリーから服を受け取って空き部屋から追い出した。一応兄妹とは言っても私は年ごろの娘、恥じらいは持っておかないとね。ってまだ3歳だけど。
エリスママの選んでくれる服はどれも可愛いものが多く、前世の私なら絶対選ばなかった服ばかり。所謂ロリータファッションというものに近い。さすがにあそこまでふりふりな夢かわいい感じではなかったけれど、生涯ほとんどパンツスタイルを貫き、スカートは制服くらいだった私にとってはお姫様になったみたいだった。最初はうれしくて、いつも鏡の前で一回転してみたり、挨拶の練習だとかなんとか言って鏡の前でポーズをしたりして遊んでいた。それも最近飽きてきて、やっぱりパンツスタイルがいいわー、なんて思っていたからリドリーの提案は願ったり叶ったり。
ルンルン気分で着替えていると、オリアドルがずいぶん落ち着きのない様子で私の着替えを手伝っていた。
「どうしたの、オリアドル」
「い、いえ……奥様がお戻りになる前にお着換えなさってくださいね」
「……? わかったわ」
何がそんなに心配なのかよくわからないが、ひとまず着替えは完了。シンプルな白シャツに濃い茶色のズボン。リドリーはこれを気に入ってよく着ていたので、幼い記憶だったけどよく覚えている。ていうか、そんな1,2を争うようなお気に入りの服、私に貸していいのかな。
「リドリーきがえたよ」
「入るぞ」
リドリーは入ってくるなり物珍しそうに私を上から下までゆっくり視線を移動させる。仮にも騎士を目指すと言っている男の視線にしては失礼すぎない?やっぱり騎士になるならリドリーには真っ先にレディの扱いを学ばせるべきだと思う。
「お前……よく着たな」
「え?」
「いや、何もない。とりあえず、ほら柔軟からだろ」
困惑したようなリドリーの声を不思議に思いながらも、ここからはリドリー先生の指示におとなしく従うことにする。
柔軟運動、腹筋運動、ここまでは基本的に地球のやり方とは違わない。だが、リドリーの教えてくれるものは体の負担が少ないものなのか、少しだけやり方が違うものもあった。
「手はここ、胸の前で。足は開きすぎるな、角度は90度、閉じるのも駄目だ、このくらい」
教えているリドリーはいつもの意地の悪さはどこへいったのか、真剣な表情で私の筋力トレーニングの体勢を見て的確にアドバイスをしている。本当にこの子5歳児なのか……と疑いたくなるくらいだ。もしかしたら、私が見ていないところで兄2人は努力していたのかもしれない。
「数えるぞ。父様は100回って言ってるけど、いきなりは絶対無理だ。徐々にでいいから回数を増やせるように意識してすればいい」
こくこくと頷く私が上体を起こし始めるとリドリーのカウントが一緒に始まった。
結果として、30回くらいで私の躰はガクガクと震え出し、リドリーがストップをかけた。ストップと言われた瞬間、死んだ様に床に寝転ぶ。オリアドルがはしたないとか何とか言っているが気にしてられない。今は身体を起こす気力すらないのだ。こんなことで神石持ち上げられるのかな。いや、でも3歳の体にしては頑張ったし、リドリーが止めなければあと数回はできた。頭の中でずっとお酒お酒って呪文のように唱えてたからね!
そこに降りかかる鬼教官の声。
「次は腕立てだ、水分を取ったら次をやるからな」
ひい……リドリー容赦ない。日頃私に意地悪している分、遠慮はいらないということなのか。ただ、これを乗り切らなければお酒への道は遠ざかるばかり。私は体を起こすと、オリアドルが用意してくれた水を飲んで力強く頷いた。
一通りの筋力トレーニングを終わらせたころには、窓から夕陽が差し込んできていた。
疲れすぎて今は指一本も動かせない。中でも一番きつかったのは縄跳び。軽いビニール製の紐ではなくて、こっちのはちゃんと綿ロープなのだ。もちろん、ビニール製の縄跳びばかり使っていた私には回している腕も重く、且つ足も上がらない。これは結局リドリーの判断で15分しか続けなかったけれど、本当にきつい。3歳児にしては私すごくがんばってると思うんだけど……。
「よく頑張ったよ、リリスは」
「……?!」
あの、意地悪で私のことをいつも睨んでばかりのリドリーが私を褒めた?!
その事実に驚きを隠せなかった私の顔を見てはリドリーはむすりと顔をしかめた。
「なんだ、僕だって褒めたりする」
「だって……リドリーいつもわたしにいじわるする」
「それはお互い様だろ」
リドリーから出た言葉に私は心外だと頬を膨らませた。今日の一件は私が確かに悪いけれど、普段私はリドリーをいじめたりはしていない。それはまあ、多少は機嫌の悪いリドリーを避けたり、避けたり、避けたり……あれ、私って意外とリドリーにひどいことしてる?
抗議するように膨らんだ頬を見ながら、リドリーはますます怪訝な顔を浮かべた。
「だって、リリス僕のこと嫌いだろ。兄妹って思ってないし」
「そんなことないよ!」
なんて勘違い、すれ違い。私はリドリーに嫌われてると思っていて、リドリーは私に嫌われていると思っていたなんて。
「リドリーすぐにわたしのことにらむから……」
「お前がリーグ兄様にばっかり懐いてるからだろ。どうせみんな頭も良くて剣技も上手なリーグ兄様がいいんだ。僕のことだって、リリスはいつも呼び捨てだしな」
リドリーの声がどんどん尻すぼみになっていく。いつもの勢いはどこに行ったのやら。リドリーは自信を喪失したように、体育座りのまま足先に視線を落としていった。
そうか、リドリーはリドリーでいろいろ悩んでいたんだなぁ。私お酒のことに夢中で全然気が付かなかった。というよりはリドリーは私が嫌いなんだと思い込んで、過度にリドリーのことを意識しないようにしていたんだよね。
でも確かに、リドリーはリーグお兄ちゃんと比べて目立つことはない。両親も一応等しく扱っているつもりだったのだろうが、リーグお兄ちゃんは優秀すぎるほど優秀でルックスもいい。必然的に、周りの人間もリドリー自身も上2人の兄を比べてしまうのだろう。それに加えてまだ危なっかしい一人娘の私。真ん中にいるリドリーの扱いが雑になってしまうのも悲しいながら納得はいく。
私は前世では一人っ子だったため、兄弟というものがよくわからないが、確かに兄弟のいる友達の愚痴にはそういったことも含まれていた。
リドリーが不器用な可愛い弟のように見えてきた。いや、実際は兄なんだけど、内面の年齢的に言うと私の方がだいぶんお姉さんだし。
私は落ち込むリドリーに背中を預けるようにして座るとちょっとだけ体重をかけた。
私だって別にリドリーが嫌いなわけじゃない。ちょっと苦手なだけ。一応兄だと思っているけど、歳がリーグお兄ちゃんより近いからつい呼び捨てになってしまっていたのだ。それすらリドリーは気にしていたらしい。案外家族で一番繊細なのかもしれない。
「リドリーは、きょうとってもおにいちゃんだったよ。リーグおにいちゃんとおなじくらい、ううん……リーグおにいちゃんよりもおしえるのがじょうずだったわ」
「そんなこと言っても明日の練習は優しくしてやらないからな」
心なしか表情の和らいだリドリーがそう、小さく答えた。
リドリー、意外とかわいいのかもしれない。甘いマスクのリーグお兄ちゃんにばかり懐いていたけれど、リドリーにはこれからもう少し優しく接しよう。少なくとも、避けるのはやめてあげないと。繊細なリドリーが傷ついてしまうしね。ほら、私お姉さんだから一応。
私とリドリーがとてもいい雰囲気になっているところに、扉の開く音とエリスママの声が聞こえた。エリスママが帰ってきたのだ。
私がいつも通りお出迎えに行こうと立ち上がった瞬間、リドリーとオリアドルが私のシャツを掴んだ。それはもう顔を真っ青にして、必死に。
「どうしたの、ふたりとも」
「いいから黙って早く脱げ!」
「お嬢様、奥様が来る前に早くお着換えになってください!」
「え?」
どうして、と問いかける前に空き部屋の扉が開いた。エリスママはにこやかに入ってきたが、私の格好を見た瞬間に悲鳴を上げる。それはなんていうか、ありえないものを見たようなものすごい悲鳴。
「ああ……ああ、なんてことなの! リ、リリス!! そんな、男の子の服を着るなんて!」
どうやらこの世界では女性がパンツスタイルになることはあまり好ましくないらしい。
卒倒しそうなエリスママを見ては、私はいつか私のせいでエリスママが心労で倒れてしまうかもしれないなぁ……と他人事のように思った。