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23杯目 新たなる目標設定

「リ、リリス?! どうしたんだ、その髪!!」


 放課後、いつも通り集まったサロンに、リーグお兄ちゃんの悲鳴が響き渡った。半分程バッサリと切られてしまった髪に、駆け寄ったリーグお兄ちゃんとリドリーがわなわなと震えた手で触れてくる。まあ、ここまでは予想通り。そういう反応が来るとは思っていた。


 それより意外なのはヘンリーだった。ヘンリーは入ってきた私を見るなり少し目を見開いてから、考え込むように顎に手を当ててそっと目を伏せた。祭りの時に聞かれたあのいじめの女子集団のことを持ち出されたら厄介だなーと思っていたけれどそこはさすがなもので、そのことは一切口にせずただ静かに私を見つめると一言聞いてきたのだ。


「誰にやられたんだ、リリス」


 その目があの女子集団なのか、と問いかけてきているのがよく分かる。


「クラスの男の子よ。私が気に入らないってずっと目の敵にされてたの。で、昨日サロンに入っていくところを見られて、それで揉めちゃったの」


 その時に……、と小さく続けると、リーグお兄ちゃんとリドリーがすっと目を細めた。隠しきれない怒りが2人からあふれ出てくる。このままじゃ明日にでも私のクラスに乗り込みかねない雰囲気。気持ちはとっても嬉しいけど、この件に関しても、寮でのいじめに関しても一切関与はさせないつもり。私が私の力でわからせてやることに意味があるんだから。


「お兄様たちは手を出さないで」

「なぜ! リリスがこんな目にあって、黙っていられるわけないだろう」

「いいから、手を出さないで。この件は私がきちんとカタをつけないと……ヘンリーやお兄様たちの力に頼り切ってるって言われてどうせまた虐められるわ。私が、私の力で彼らに認められないといけないのよ」


 髪を切られた屈辱と、クラス中から冷たい視線と言葉、嘲笑を浴びせられた痛みを思い出し、自然と唇を噛む力が強くなる。その唇にそっと触れたのはヘンリーだった。


「まあ、言いたいことは理解できる。だからといって唇をかみしめるのはいただけないな、リリス。ひとまず、こんなざんばらな髪型は女子として恥ずかしいだろう。そのままだと寮にも帰れないだろうからな、急ぎキレイに整えさせる。待ってろ」

「ありがとう、ヘンリー」

「すまない、ヘンリー」


 にこっと返事をする私に対して、リーグお兄ちゃんはまだ納得できてない表情で小さくそう答えた。

 ヘンリーは小さく頷くと、そのまま足早にメイドたちへ近づき、何か指示を飛ばしていた。


「リーグお兄様、リドリー」

「俺は、お前が自分で何とかするっていうなら、何とかするべきだと思うよ」

「リドリー!」


 突き放すようなリドリーの言葉に、非難の目を向けたのはリーグお兄ちゃんだけだった。リドリーもわかっているのだろう。この問題は、兄や貴族が出て解決できる問題じゃないのだ。リーグお兄ちゃんはいい意味でも悪い意味でも妹思いのシスコンだから、それが許容できないのだ。自分の力で妹を守りたいんだろうけど、今回はその提案に甘えるつもりはない。


 逆にリドリーは、優秀な兄と比べられて育ってきたから、どこか私に共感できる部分があるのかもしれない。少し悲しそうな顔をしたものの、自分の出番じゃない、とわかっているのかおとなしく身を引いてくれた。そういうところリドリーはすごく物分かりがいいんだよねー、ありがたい。


「リーグお兄様、リドリーを責めないで。リドリーの言うように私は今回お兄様たちの力を借りるつもりはないわ。お兄様やヘンリーの力を借りればきっと事はすぐ収まる。それでも、結局いつかは私自身の力で乗り越えることだから、早めに自分の力で解決させたいのよ」


 ね?と微笑みかけると、全然納得していないながらもリーグお兄ちゃんは小さく頷いた。顔はとても不服そうだ。でもここは妹を信じてもらわないとね。


 問題は何でわからせてやるのか、よねえ……。


「もうすぐうちのメイドが来る。そいつはうちの屋敷でも一番髪を切るのもまとめるのもいい技術を持っているからな。安心するといい」

「本当にありがとう、ヘンリー」

「で、リリスはいったい何でそのクラスメイト達を黙らせるつもりなんだ」


 痛いとこ突かれたぁ……。絶対ヘンリーわかってて聞いてる! だって顔がにやにやしてるもん!


「えっとー……。考えてない、かな」


 てへ、っと笑ってみたものの、ヘンリーは面白がってくつくつ笑ってるし、リーグお兄ちゃんとリドリーは呆れた顔で首を振っている。まあ、そんな簡単にわからせてやるー!って言ってわからせられるならだれも苦労しないじゃん、ね?


 あははー、と乾いた笑いを漏らしていると、サロンの扉がノックされた。

 どうやらヘンリーのメイドさんが来てくれたらしい。頼もしい限り。


「まあ、お可哀想に……こんなひどいことをする人がいるんですね……」


 メイドのさんは入って私の髪を見るなり、悲しそうな表情でそう告げた。

 ちなみにメイドーーソフィアさんはグラハムおしゃれ新鋭隊の一人で、私のベイメール祭りの身支度の時いてくれてたらしい。てきぱきと指示するジュリナさんにばかり目がいってたから全然気づかなかったけど。


「わざわざありがとう、ソフィア。いい具合に整えてやってくれ」

「かしこまりましたわ。とても短く切られたわけではなくてよかったですね。これならすぐ綺麗に整えられますわ」

「よろしくお願いします」


 兄2人とヘンリーに見守られるというのも居心地が悪いけれど、四の五の言える立場でもない。自分で適当に切りそろえようと思っていたところを、綺麗にしてもらえるのだから私としては超ラッキー、てなものである。


「で、どうやって見返してやるか、っていうとだな」

「んー、お勉強とか?」

「リリスは勉強苦手だろ……」


 呆れたような声でリドリーが茶々を入れる。うるさいなー、どうせ勉強できませんよーだ!勉強できなくても仕事はできてたし!頭いいからって、効率よく仕事回せるのはまた別の能力なんだからね!


「そりゃあ、剣技大会1年の部で優勝。これしかないだろう、ん?」


 ふふん、とドヤ顔で言ってのけたヘンリーに私の目がきらめく。剣技大会!いつもリーグお兄ちゃんとリドリーが庭で剣を交えていたあの姿が目に浮かぶ。そう長期休み明けにはこの学校は剣技大会があるらしいのだ。


「確かに、それはいいかもね! 力の差がある男女で、私が優勝したらそれはもう認めざるを得ないでしょう!」


 テンション上がってきたー!なんかすっごいファンタジー!って感じじゃない?ワクワクするよね。

 と目をキラキラさせる私と違い、2人の兄は苦笑いを浮かべている。


「リリス、剣技大会の優勝ってそんなに簡単じゃないぞ」

「1年の部、といっても1年にも強い人間はたくさんいるんだ。1年はまだペア戦がないだけましだろうけども……」

「ペア戦?」

「3年からは精霊使いとペアを組むペア戦と、個人戦2種類あるんだよ。剣技大会での優勝を目指すなら、俺が手伝ってやってもいいぞ、リリス。その代わり冬の長期休みは特訓特訓猛特訓になるけどな」


 にやり、と笑みを浮かべるヘンリーに、思わず硬い笑顔が出てくる。この顔は、リールパパが私に特訓メニューを渡した時と同じ匂いを感じる。きっと私の想像より厳しい特訓が待っているに違いない。


 それでも!今後の平和な学園生活のため、そして女でも騎士になれるのだということを証明するため、確かに剣技大会での優勝が一番の近道!……な気がする。


「大丈夫よ、ヘンリー。こう見えて私結構ハードな特訓乗りこえてここに居るんだから!」


 やる気満々の私と、面白がってるヘンリー、そして心配そうな2人の兄。リーグお兄ちゃんがどうしたものかとため息を零すのと同じタイミングで、ソフィアさんが「終わりましたよ」と声をかけてくれた。


 差し出された手鏡の中にいた私は、胸くらいまであった髪が肩辺りで綺麗に揃えられていた。私が思ってたよりはまだ長くてちょっと安心。これならまだ女らしさは残ってるよね。


「ありがとうございます、ソフィアさん」

「お礼などいりませんわ。お気に召して頂ければいいのですが……」

「まあ、なかなかいいと思うぞ。で、話を戻すが。特訓をするなら長期休みはもちろん、寮にいてもらうことになるからな、リリス」

「ええ、わかったわ!」


 笑顔でそう言ったあと、ふと頭にエリスママの顔が浮かぶ。流石のエリスママも長期休みに家に帰らない、なんて言うと怒りが爆発しそう。でもこの髪を見たら失神してしまいそう。


 リーグお兄ちゃんやリドリーも悟ったのか、少し気難しい顔をしながら困ったように私を見る。


 うーん、第一関門はエリスママの説得になるかな……。


 私は目を逸らそうとした2人の兄を眼力で捕まえると、力を貸してもらうからね、という意味を込めてウインクを飛ばした。

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