13杯目 約束
お茶を飲んでおしゃべり、を長時間楽しめるのは大人の女性の楽しみ方。私とルチアは紅茶とクッキーを嗜んでは早々に席を降りて、いつも特訓している空き部屋へと向かった。さすがに二人きりで外に行くのはまだ心配だし、庭ではリドリーが剣技の稽古と、筋トレをしているから邪魔はできない。となれば行くところは空き部屋しかない。
私とルチアが空き部屋に来ると、おそらく目を離さないように、と指示を受けているであろうオリアドルがついてきた。3人で空き部屋に入ると、子供は子供ならではの話を始める。まだ私とルチアは会って2回目。お互いのことは知らないことが多いので、好きな食べ物、嫌いな食べ物、など当たり障りのないことからお互いを紹介し合うことに。
「そう言えば……わたし、リリスさんに聞きたいことがあるの」
「なあに?」
「リリスさんはなぜ騎士に? その……」
ルチアが口ごもる。その先にいたいことはなんとなくわかる。「神石が光るかどうかは当日までわからないんだから普通は精霊使いを目指すでしょう」ってことだろう。まあ私石が光らなかったから、ルチアとしては気を遣うところなんだろう。
「私はね、さいしょから騎士をめざしていたの」
「そうなの? リリスさんのお母さまはあんなに有名でご立派な精霊使いなのに……」
どうして。と目がそう問いかけてくる。まいった……お酒が飲みたいから!なんてそんなの言えない……。
「えっと……その……ほら、女だから精霊使い、男だから騎士、なんてばかばかしいでしょ!」
「ばか、ばかしい? でも、女性には元から精霊使いになる性質を兼ね備えているものだし……あっ、ごめんなさい」
なんだろうなー、この昔の日本みたいな。女は黙って家で家事してな、っていう感じ。それに近しい考え方に思える。そう、男性物の服を女性が着てはいけない風習があったり、男性は騎士、女性は精霊使いで騎士を支える、という役割分担だったり、この世界は男女差が強く出ているように思う。確かに女性って非力だし、繊細な人も多いから精霊使いとか向いてるだろうけど……そういう固定概念って良くないと思うんだよねぇ、私。そう言う固定概念があるから、私が自由にお酒を楽しめないんじゃないかな!あれ、それはちょっと違う?
「いいのよ、気にしないで。私はね、女だから精霊使いになるのがいいって決められているのがいやなの。女だって騎士をめざしてもいいと思うわ。男の方だって、精霊使いをめざしてもいいと思うの。そういう、こうだからこうじゃないと、っていうかんがえってできることをじぶんでへらしてしまうと思うのよ。だから私は騎士をめざすの。女でもじゆうに騎士というみちをめざせるんだ、ということをしょうめいして見せるわ」
すごくドヤ顔で行っては見たけど反応はない。あまり変なことを言うと異端だとか何とか言われそうでちょっと怖いなぁ……。こういう世界の人は極端に考えの違う人を嫌う傾向があるだろうしね。そういうことで起きた争いとか、地球でもよくあるから。
でもルチアから返ってきたのは、恐怖や不安、異端の目ではなく、拍手だった。ぱちぱち、と小さな音を立ててルチアが手を叩いている。その目は少し潤んでいるように見えるけど、私の勘違いかな。
「ルチア?」
「すごいわ、すごいわリリスさん! あなたはきっと立派な騎士になってこの国を変えていく方になるわ」
「へ?」
私がきょとんとしていると、目を輝かせたルチアが私の手をぎゅっと包むように握った。
「わたし、応援する……! あなたを応援し、支えるわ。あなたを支える、あなただけの精霊使いになってみせる! 約束するわ」
ルチアはどうやら私の考えにとても強く共感してくれたらしい。何がそこまで感動するのかはわからないが、この世界では当たり前ではない発想なのかもしれない。
「わたしね……本当はお花屋さんになりたかったの」
「お花屋さん? いいじゃない、すてきよ?」
応援するわ、と口から出そうになった言葉は曇ったルチアの表情を見て喉の奥へ引っ込んでいった。これは何か事情がありそうだ。
「ダメなのよ……母は有名な精霊使いの家系でその家系の中でも特に優秀だったの。わたしはその血を引く子。その血が、わたしを精霊使いになる人生に縛り付けるの。お花屋さんになりたいって、言ったことあるのよ。そしたら、怒られたわ……そんなものは騎士や精霊使いの道が閉ざされた人がするものよって……」
「それは、ひどいわ……」
なんていう偏見だ。花を育てるのって意外と大変なんだぞ。私なんてすぐ枯らしちゃうからね。それに女の子らしくていいと思うんだけどなぁ。
でもそれは、この世界では通用しないようだ。いわゆる、騎士や精霊使いは、エリートと呼ばれる職になるのだろう。そこに行けるのは神石に認められた者だけ。それ以外はその職に就く資格すらもらえない。
「だから、リリスさんのその考え方すごく好きよ。驚いたわ、そんな考え方をする人がいるなんて、思わなかったの。わたしの捨ててしまった夢を……肯定してくれたんだもん」
この子本当に4歳児なのかな……達観しすぎじゃない、人生。私みたいに中身が実は20代とかそういう魔法がかかってるとかじゃないよね。まあでも、幼い間からずっとあなたはこうあるべきだ、って親から押さえつけられていればこうなってしまうものなのかも……。
私は親から、こうしなさい、ああしなさいと道を決められたことはなかった。基本はいつも自分で考えて迷った時だけ、相談してアドバイスをもらっていた。そしてそれはリリスになってからも変わっていない。家族は戸惑いながらも私が本気とわかればみんなで支えて応援してくれた。
そういう考えが、この世界に存在しないなら……私がその最初に一人になるのもいいのかもしれない。自分の人生は、自分の好きに決めればいいんだ、と。そんな重たい大きなことは私にはできないし、私の第一目標はあくまでお酒なんだけども……でも私が選ぶ道をたどって、同じように誰かがまた踏み出せば、少しはこの世界も変わるかも、なんて思ってしまった。
地球からこの世界にやってきた私が出来ることなんて限られている。私はなんの才能も能力も持っていないけれど、地球で生まれ育った地球での考え方を持っている。それって、きっとこの世界にはないものだと思うの。そしてその考え方はきっと大切にすべきことだと思う。その考えで世界が変わるなんて思いはしないけども、きっかけの一つになればいいと思う。この世界がもっと自由で、ありのままにみんなが生きていける世界に、なっていくための投石になればいいな。
「ルチア、あのね……私が騎士をめざそうと思ったきっかけはそんなりっぱなものじゃないのよ、ほんとうは。ほんとうはね、騎士になってお酒を飲みたかったの」
「え、お酒……?」
「ええ……そんなりっぱなかんがえは持っていないというか、そもそも私は女だから精霊使いにならないと、って思ったことはないし、私のお母さまも決してそんなことは言わなかった。すこしいやがりはしていたけれど……。あ、お酒が飲みたいからって理由はひみつにしててね」
突然の私の話にルチアは困惑しながらも小さくうなずいた。
「でもね、私が私のしたいことのためになりたいものになるっていうかんがえかたが、へんなかんがえかたって言うのであれば、私はそれこそへんだと言いたいわ。どうしてなりたいものになってはいけないの? どうして精霊使いじゃないといけないの? お花屋さんじゃなんでいけないのって、私は思うわ。そして私がルチアの立場なら、私はきっとお花屋さんという道を選ぼうとすると思うの。
えっとつまり、何が言いたいかっていうと……きっかけとかりゆうは別にして、自分が自分のなりたいしごとができるようになればいいなって思うの、みんながね。精霊使いとかは……その、才能とかもあるけれど……でも、なりたい自分をがまんするのはおかしいと私は思うの! だから私は、みんなが自分のやりたいしごとをめざせるように、まずは私がやりたいことをしっかりやってみせるわ。そしてみんなに言うの、女が騎士をして何がいけないの、あなたが本当にしたいのはそれなの? って」
そして今度は私がそっとルチアの手を握った。
「そのために私に力を貸してほしい。私はぜったいりっぱな騎士になってみせるわ、あなたと一緒に。その時にはルチアも一緒にお花屋さんになりたいって言える世界になっていればいいよね」
「ええ……約束するわ、リリスさん。わたしはあなたの精霊使いとして、あなたを支える」
「約束ね」
にこっと笑いかけると、ルチアもにこっと笑みを返す。笑って細まった目の端からは浮かんだ涙が一筋零れ落ちていった。




