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12杯目 華やかティーパーティー

 数週間後、エリスママと遂にクッキーを作る日が来た。

 リリス人生初、キッチン!異世界のキッチンってどんなものだろう。当然、ガスコンロなんてものはないだろうし、冷蔵庫もないと思うんだけど……。電気やガスが無くて、どうやって料理するんだろう。正直全く想像がつかない。

 焼き物は全部庭にある石窯で焼くのかな。にしても、アデラベルが毎回石窯に行ってるようには思えないけど……。


 ドキドキワクワクを抱えながらキッチンに入ると、まだちょっと背が低くて全然見えなかった。小さくジャンプして見ようとしていると、エリスママが踏み台を持って来てくれた。ありがと、エリスママ。

 踏み台に乗り、やっとのことで異世界キッチンと初対面。全体的に造りはレンガでできていて、作業台となるところは大理石のようなすべすべの石。加工されているのかはわからないけど、赤色を基調としたレンガの上に白い艶やかな板が載っているのを見ると割とおしゃれなキッチンだと思う。新婚さん喜びそう……。

 そういえばコンロ、らしきものはないけれど、なんだか黒い板みたいなものが置いてある。これなんだろう……。と興味津々に見ていると、エリスママがやんわりと間に入ってきた。


「リリス、その黒いところには触ってはダメよ」

「どうして?」

「それはとっても熱くなるの。そこでいろいろ焼いたりするのよ」

「へえ……!」


 ということはこの板みたいなものが所謂この世界のコンロのようなものなのだろう。こんな板で火が通るのかは怪しいところだけれど、鉄板みたいなものなのかな?それとも使い方的にはIHが近いのかな。IHだと火力弱くてお湯沸かすのも一苦労なんだよねぇ……。


 そんなことを考えていると、エリスママがキッチンの端にある大きな木の扉を空けた。その瞬間冷気がキッチンに広がる。私が驚いて振り返ると、エリスママはその扉の奥からタマゴ、バターを取り出す。冷蔵庫までちゃんとあるんだ。電気ないのにどういう仕掛けなんだろう。


 不思議そうに私が見ていると、棚から小麦粉などを取り出していたエリスママがおかしそうに笑った。なになに、なんで笑うの……?


「リリスは本当にこういうものにいつも興味津々ね。そんなにどうなってるか気になる?」

「うん、すごーく!」

「じゃあ教えてあげるわ。

 精霊石という精霊の力を宿した石を買うのよ。精霊石は精霊の操る力を石に封じ込めたものなんだけれど、その石を使って食べ物が傷まないように低い温度に保つ箱を作ったり、炒め物をするときにこの板を高温にしたりできるの」


 なるほどなるほど。つまりこの世界の人たちは、電気やガスの代わりを果たす、精霊石というもので生活を回してるってことか。私が地球で電気代やガス代を払っているのと同じ感覚で、この世界の人々は精霊石を買ってるわけだ。地球で当たり前にあるものがなかったとしても、人って言うのは何とか知恵を振り絞って生きていくものなんだなー……なんてちょっと感心する。


 そこからは手際のよいエリスママのお手伝いが中心だった。クッキーなんて作ったことないけれど、周りの女子たちがバレンタインとかに張り切ってみんなで作り方を調べたりしていたからなんとなくは知ってる。

 やわらかくしたバターに振るった粉を入れてさっくりと混ぜ……、前から思ってたけどさ、さっくりと混ぜるってなんなんだろう。表現が抽象的過ぎてわかんないじゃん。まあ、それでもみんな作れるんだからすごいなーって思う。私には無理だ……。


 まあ私がこういう性格だからか、粉をふるって型を抜くくらいしか手伝えることはなかったけれど、お母さんと一緒に何かをするってなんかすごく居心地がいいし、楽しいし、わくわくした。型抜きしている間も、「じょうずねー」って褒めてくれるから私はどんどんドヤ顔になる。型抜きって言っても地球みたいにうさぎとかひよことかそういうファンシーな物はないよ。自分でナイフとかで型抜くんだ。それがまた楽しいのなんのって。

 でもあまりにも楽しんでたら、エリスママに生地がだれるからもう終わり、と切られてしまった。残念……。


「焼くのは外の石窯よ。いらっしゃい」


 天板にクッキー生地を並べたものを持って庭へ行く。庭の石窯の前にはアデラベルがいて、すでに火を起こして準備してくれていたらしい。地球ならボタン一つで予熱完了なんだけど、やっぱこっちではそうもいかないみたい。薪をくべて、温度を調整して、焼いている間もつきっきりで見ておかなければいけないのだから本当に電気やガスがない世界っていうのは大変……。


「焼きあがるまでにテーブルをセッティングしましょう」


 クッキーを窯の中に入れた後は石窯の扱いに慣れたアデラベルに任せて私はエリスママとルチアを歓迎するためにテーブルセッティングをすることに。といってもテーブルクロスを敷いて、真ん中に花瓶を飾り、エリスママとアデラベルが前日に用意してくれていたクッキー以外のおやつを並べるだけ。にしても豪華……。ただの友人を家に招くだけでこんないろいろ用意するものなの?


「かんせいだね、お母さま」


 質素な木のテーブルが華やかなパーティ仕様に変わったと同じくらいに、リビングに焼き菓子のいい香りが漂った。振り返るとバスケットにキレイに盛り付けられたクッキーをアデラベルが運んできているところだった。


「綺麗に焼けましたよ、お嬢様。ほら……」


 しゃがんで一度目の前にクッキーを持って来てくれる。こんがりといい色に焼けたクッキーからは焼き立てのいいにおいがする。形も崩れずにきれいに焼けているからこれは大成功なのではないかな。ね、とエリスママを見ると、にこっと笑いかけてくれた。


「もうすぐルチアちゃんが来るわよ、楽しみね」

「ええ!」


 そう言ったと同時にこつこつ、とドアが鳴る。顔を輝かせて扉に駆け寄ると、一度ワンピースの裾を整えてからはやる心を抑えて扉を開ける。目の前にはルチアがにこにことかわいらしい笑顔を浮かべて立っていた。


「ルチア! 久しぶりね」


 後ろでエリスママが見ているからきちんと挨拶はするも、挨拶が終われば知ったことではない。ルチアの手を引いて家の中に招き入れるといつも座る私の席の隣に半ば無理やり連れてくる。


「今日は招いてくれてありがとう。わたしね、すごくリリスさんに会いたかったわ」

「私もよ!」


 第一声に漏れたルチアの言葉にほっとする。よかった、会いたいと思ってたのは私だけじゃなかったみたい。ちょっと不安だったんだよね。ぐいぐい行く性格の私に対して、ルチアはどちらかというと消極的なほう、というイメージがあったから温度差があったらどうしよう、とか。でもそんな心配は必要なかったみたい。

 「ここがリリスさんのおうちなのね」といいながらリビングを一通り見て回るルチアの表情は好奇心でいっぱいだった。もう少し感情を抑える子なのかと思っていたけどそうでもないらしい。私とはもう友達と思ってくれているからか知らないけど、私としてはちょっと安心。いつも一人ではしゃいでる、とか言う状況になったら私笑えないもん。


 ルチアは手を後ろで組んでゆっくり、一つ一つを見ていく。私の家の壁はエリスママの趣味で絵画が飾られている。有名な方の絵らしいけどもちろん地球で有名なゴッホやピカソではない。これも神話にちなんだ場面が描かれている絵画ばかり。エリスママが神話の中でも特別好きなシーンの絵画だそうだ。

 それらをゆっくり見てから、アデラベルが毎日世話をしてきれいに飾っている花を見つめて、ルチアは私を見てにこりと微笑んだ。


「とっても素敵なおうちね、リリスさん!」

「ありがとう! いつもお母さまやアデラベルがきれいにしてくれているのよ。さあ、座って! クッキーを焼いたのよ!」


 またルチアの手を引いて椅子に座らせると、アデラベルが紅茶を用意してくれた。

 この紅茶は私の一番お気に入り。この年で紅茶を嗜んでいるなんてお嬢様じゃない?って自分でも思うけども、この茶葉は一番華やかな香りがするのだ。それでいて、アデラベルの淹れ方もあると思うけども、苦みが少なくさっぱりしている。地球で言うダージリンにちょっと近いような感じだから、ストレートがおすすめ。


 だから私はストレートで飲むけど、ルチアは砂糖をちょこっと入れる。かわいいなぁ。ストレートで飲んでいる私を少し気にしているあたりも可愛い。なんだか妹みたいに見えてきた……同い年なのに。中身は私の方が年上だけどね!

 それから先ほどアデラベルが運んでくれたクッキーをルチアに勧める。自分の作ったものを誰かに食べてもらうだなんて、正直初めてのことだからすごく緊張する。ルチアの口に運ばれるクッキーを凝視してしまう。サクッという軽やかな音を立ててクッキーは無事にルチアの胃に入っていったみたい。よかった吐き出されなくて。


「とってもおいしいわ! これリリスさんが焼いたの?」

「ええ、お母さまと一緒に。初めてだったけどおいしいって言ってもらえてよかったわ!」


 そして自分でも一枚。

 うん、これはなかなかおいしい……さすがエリスママ。器用に何でもこなしてしまうママの鑑。まあ、私の手伝いのおかげもあるかもしれないけどね。

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