イナナクは鬣の子、鐙が如き男が語る
どうもアゲインストでございます。
組織を下から支えてきたベン・ブリッチ。
この男から語られる、クランの悲劇。
今回はそんなお話。そしてようやく……
それではどうぞ。
そも、ことの始まりは数年、ベン・ブリッチが「青き鬣」に所属してから幾年か経ってからのことだったという。
当時新参者であった彼だが、クランのリーダーだったドイル・ガーゼルに気に入られ先達と共に修練に身をやつしていたのだという。
冒険者として経験を積み、周りに認められるようにもなり遂にはクランの中で部隊を任せられる上位の十人へと選ばれるまでになった。
そのことを記念して、王都へと幾人かで出掛けることにしたらしい。そこにはガーゼル家御一行もついてきていた。
誰もが笑顔であった。これからの輝かしい未来を疑っていなかった。
この遠出が悲劇の幕が開くことになるなど、誰も想像できるわけがなかったのだ。
「……みんなで飯を食って、気分よく帰ろうってところだった」
王都の外壁を越え、いざ帰ろうというところだった。
「出やがったんだよ、バケモンが」
話を聞く限り、それは諸国でその生存を確認されているのかでも「災害」ともいえるような強大な存在の一つ。
魔物のランクの中でも最上位に位置する、「魔獣」とも「神獣」とも伝えられている正しく化け物。
「馬車に乗る俺たちを、まるで薄っぺらい障害物かのように吹き飛ばして行きやがった。あいつは」
「雷角獣」キリン
曰く、地上を走る稲妻。
帯電する体に触れようものなら即座に消し炭となり、天に逆巻く双角から放たれる雷撃は時に数千の生物を焼き殺したという。
その出現ははるか昔、今でもたびたび焼け焦げた地面や森が現れそいつが移動した証でされ、不吉の前兆とされてきた。
「気づいたときにはなんてもんじゃない。目が覚めたらいつのまにか王都の治療院でベッドの世話になってた」
そのときはあの腹黒上司のナインハルトの指示で動いていた時期だったか。王都中がこの話題で騒々しい中まったく別の案件に駆り出されており詳細を知ることはなかったのだが、よもやその当事者に出会うことになろうとは。
「そのせいで一緒にいた奴らも何人か死んだ。俺は奇跡的に右足に後遺症が残る程度で助かった。でもそんなこと、あの人たちの、あいつの悲劇に比べりゃどうってことなかった」
全力の守護であったそうだ。
幼いケイン少年を守るために、両親はその身を盾とした。
だが、その代償は高くついた。
「二人とも、全身に火傷を負っていた。無事なところがないほどにな。ダメージが深刻だったせいか、今も意識が戻ってこねぇ。生きてはいるが……植物みてぇなもんだ」
診察をした王都で一番と言われる治療士でも匙を投げたという。目覚める可能性はないに等しいとも。
それからだ、ケインという少年が変わってしまったのは。
それまでの天真爛漫さは影を潜め、ひたすらに強さを求めて同じクランの人間に挑みかかる日々が始まった。
いたずらに自分の体を傷つける鍛練、獰猛に魔物を狩り、いつしかあの身体強化の魔法を身に付けた。
そして冒険者となって僅か一年という短い間で鋼級にまでなり、クランの上位陣を下して遂には三位という地位にまで上り詰めた。
「だがな、それでも二位である副長には勝てねぇ。今まで何度も挑んでるが何かが足りねぇんだろう。それに焦ってんのか、イライラをぶつけるみてぇに今日みたいなことを繰り返してる。他のやつらも被害を受けてて、上位陣でも手がでねぇ」
あの場で言った後継者、というのはそういうことなんだろう。
であるなら、目的は動けない父に代わってクランの首領となることか。
「副長も、崩れちまった組織の建て直しに奔走しててあいつの行動にたいして後手に回っちまってる。俺も何とかしてぇんだが、足のせいであのザマだ。情けねぇ限りだぜ、本当によ」
それが顛末、ということか。
かつての有名クランも、その威光を曇らせている。
そして息子は空回り、眠る両親もさぞ歯がゆいことだろう。せめて口が利ければと。
「……あんたもわかってんだろうが、あいつはまた来る。それもあんたに狙いを変えてな。そこまであんたを巻き込めねぇ、こいつはうちの問題だからな」
そこでここだ。
「俺の幼馴染みがここに勤めてる。正直今の俺なんぞよりよっぽど腕が立つもんでな。あんたがこの街を出ていく間、ここで世話になりながら護衛してもらう算段なわけよ」
その話をつけるために、こうしてここで待ってるわけだ。
と。
こちらの都合に配慮をしたのだろうが、それならせめて事前にそういってほしかったものだ。これでは宿屋に余計な金を落としてしまったことになる。
「寝食をここで、ということだよな?」
「まあそうなる。安心しろ、この中ならよほどのことがない限り侵入もされねぇ。あいつもそこまで馬鹿じゃねぇだろうしな」
「世話になるなら、仕事とかをするわけだろ? それについてはどうなるんだ」
「日雇いみたいな扱いになるだろうな。ここも金はあるだろうが無駄飯食らいは歓迎されねぇだろうし」
「……それも全部この交渉で決まるわけだ」
「おうよ。精々こき使われな」
そいつはねぇぜ、ベンの兄貴……。
予想外にも程がある。
いくらなんでもそんなこと……ああ、だから何も言わなかったのか。
ここにくるまでのあの態度はこのためか、と上手くやられたもんだとため息をついた。
だがしかし、触れてくれるなというのならそうした方がいいのだろう。余計なことを仕出かせば、また良からぬ事態になるに違いない。
ここはこの男の配慮に身を任せるかと決めたところで、二人しかいない部屋の扉を外から叩く音がした。
「おっ、来たみてぇだ。入ってくれ!!」
ベンの声に反応し、ゆっくりと開いていく扉。
はてさて、どんな人物が……って、
「いったいどうしたのだベン。お前の方から来るなど珍しい……おや、あなたはあの時の」
「あんた……」
現れた人物。
それは予想外にも予想外。
その力量に驚愕し、忘れたくとも忘れられないと思っていた、あの女性。
彼女と同じような驚いたような表情でいるだろう俺の様子に、ベンはちょうどいいとでもいいたげな感じで話を進めていく。
「あー……ああそうか、外から来たときに会ってたのか。なら話がはえぇ、こいつが俺の幼馴染みだ」
「あの時は自己紹介ができていなかったな。では改めて」
そういって完全に部屋へと入ってきた長身の美人は、腰に片手を添えるようにしてこちらへと向き直る。
「警備隊長の一人としてこのイナナキの守護の任についている。マチルダ・ボータンだ、何やらお困りと聞いてきたがまさかあなたとはな」
あの時の女傑との意外な再開により、どうにも嫌な予感がしてきたのは何故であろうか。ここのところこの予感がどうにも当たっているもので、ああそういう展開になるんですかと逆に落ち着いてしまっている自分がいる。
なにはともあれだ、とにかく話をしてみましょうかね。
読了ありがとうございました。
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