ミルラの森の少女
夕闇に覆われて、お互いの姿すら見失いそうになりながら、あたしとハルカは森の中を走っていた。
後ろから聞こえてくるのは金属鎧のガチャガチャという音。そして木々の間からは松明の灯りが瞬いてみえる。
勝手知ったるミルラの森なら、領主の追っ手から逃れられると思ったのは甘かった。
あたしたちにとって裏庭であるミルラの森は、彼らにとっての訓練場でもあったのだ。
それに気づいた時には既に日が沈み、足は疲れ果て、微かな光と手から伝わる妹の体温だけがあたしに希望を与えていた。
けれど、それももう限界だ。
足の感覚がない。
さっきまでは地面を踏みしめる感触があったのに、今はまるで水に浮かんでいるかのようで、体のバランスが取れない。
だからハルカにある言葉を言おうとして、母の覚悟を悟った。
そうか、母さんはもう……
「次の分かれ道、お前は向こうへ逃げろ。あたしはこっちへ逃げる」
「そんなっ。お姉ちゃんと別れるなんてやだよ!」
「ダメだ。このままだと2人とも捕まる。明日の昼に隣町のリーフェンで会おう。泣くな。可愛い顔が台無しだ」
「ぜったい、絶対だよ。1日中待ってるからね!」
「ああ。それじゃ、生きろよ」
そう嘘を吐いて、ハルカに背を向けて走る。
首から下げたお揃いの御守りを握り締める。
雫が石に落ちた。
母とはつい数刻前に同じように別れた。
もう一人の妹、あるいは弟を抱えていたため森を走れない母に、あたしたちが目立つように走るから反対側に逃げてと言ったら、あなたたちこそ逃げ延びなさいと言って笑っていた。
あのときは母の笑顔の理由が分からなかった。
今なら分かる。
でもあたしはハルカの目を見て笑えなかった。目を合わせればきっとバレてしまうから。
ハルカが言いつけ通りに走って行ったのを見届けて、あたしは分かれ道の分岐点まで戻った。
「ごめんね」
これは独り言だ。
「さよなら」
松明が近づく。
「ありがと」
木の幹に身を隠す。
「あなたは生きて」
どうかあの子が1人でも生きていけますように。
「はぁぁっっっっーーーっ」
兵士たちが横切る瞬間、飛び出したあたしは剣を奪い取るとそのまま抜いて斬りかかった。
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昨日、森で火事があった。
幸いにも町まで火の手が回ることはなかったが、森の一部は焼け森になってしまったらしい。
町に出てきたある村娘は、その話を聞くや否や森へ向かった。
森の様子を見に行った狩人によると、焼け森の中心で、きれいな石の首飾りを抱いた少女が泣き叫んでいたそうだ。