第91話 嘘
「もちろん、貴様がそれを渡さないとなれば…強引に奪うまでのことよ」
と、コウエンは続けた。
「まあ待て、コウエン。何も渡さぬとは言っておらん。そう焦るでない。肝心なのは、これから話すことなのだ」
「ならば、早く話を進めよ」
「…やれやれ、焦るなと言っておるのに…。よいか、数多ある未来の中で最良の答えを導き出す事は、私には出来ない。…しかし、それが可能になる術がある。それは、この水晶を使うことだ。この水晶は、私が先代の者から譲り受けたもの…」
「ほう、それではそれを一緒に頂けば良いということだな」
「話は最後まで聞くのだコウエン。…確かに、簡単に言えばそうなるのだが、使う為には一手間必要なのだ」
「…成る程、契約…か」
「さすがだなコウエンよ。左様。サキヨミの力を活用するのであれば、この水晶と契約を結ばねばならんのだ。とは言っても簡単におわるのだがな」
「そうか、ではやってもらおうか…これからの持ち主は、この私になるのだからな」
「無論、そのつもりだ。しかし、それは、一人では出来ぬ。現使用者の私と、お主が必要なのだ」
「…では、どうすれば良いのだ?」
コウエンがそう尋ねると、エスカは水晶を軽く叩き、
「ここに両手をかざしてくれるだけで良い。…先程も言ったが、お主が来ることも分かっていたのでな…あらかじめ進めておいた。…残るは最後の一文のみ…」
そう言うと、エスカは先に水晶に手をかざす。そして、再度、
「コウエンよ、ここへ来て手をかざすのだ」
と、言った。
コウエンは、その言葉に導かれる様に、エスカのもとへと近付き、同じ様に手をかざした。
「これで良いのか?」
「充分だ」
そう言うと、エスカは自分の手をコウエンの手の上に重ねた。
「目を閉じて気を落ち着かせるのだ」
エスカは、静かにそう呟き、目を閉じた。
「…」
コウエンも、それにならい、目を閉じる。
そして、一呼吸おいてエスカは、そっと目を明け、コウエンを確認する。
言われるがままに彼は目を閉じていた。
そして、そのあと、視線をあの砂時計へと移した。
大半は、下へと落ちており、残りはもう僅かになっていた。
エスカは、それをじっと見つめていた。
「…まだか?」
コウエンがそう尋ねると、
「もうすぐだ。案ずるな…」
と、エスカは答えた。
もう少し……、あと少し………
そして、砂時計の砂が、ごく僅かになったところで、
「…では」
と、言った後、エスカは一言、術を唱えた。
すると、その直後、二人の手をかざしていた水晶が弾け 、跡形もなく消えたのだった。
「すまんな、コウエン…この力は、お主には渡せん」
水晶にかざしていたコウエンは、両手の手の平をひどく損傷していた。
「貴様…、図ったな…!」
コウエンは、声を震わせ、怒りをあらわにする。
「仕方あるまい…これもこの世界を救うため。許せ。それに、その手の傷は一時のもの…いずれ治る。心配するな」
「それを信じろというのか!」
「それは、お主が決めることよ…、それと、私の生気はもう取らぬ方が良いぞ…」
「何?…まさか…貴様」
「察しがいいな。左様だ。私の命も残り少ない。…それは、私の残り時間を示す為に用意したものだからな…」
そう言って、エスカは砂時計を見つめる。
「何から何まで、貴様の思惑通りだと言う訳か…」
コウエンは、痛みと怒りで顔が歪む。
「それは、お主のお陰だ…私の言葉を信じてくれたお主のな……」
そこまで口にすると、エスカは椅子に座りこむ。
そして、
「コウエンよ…、この力をお主が持てば、きっとこの世を支配したことだろう……。だが、だからこそ、それだけは何としても阻止せねばならなかった……。更には、お主の力も抑える必要があった。……若い力を育てるためにもな………。私は初めて、この力を悪用した。許せ、コウエン。………そうだ…お詫びと言ってはなんだが…………最後に、一言、『サキヨミ』として…教えておこう…。これは、…嘘ではない、しっかり覚えておけ………敵は、外に、いるだけではない。…………敵は………お主の、身内にも……………、背中に、気を付け…………………ろ」
「何だと?どういう意味だ、エスカ!」
コウエンは、エスカに真意を問う。
が、答えは返って来なかった。
彼は、既に息絶えてしまっていたのだから。




