第89話 サキヨミ
アンジ達が住む街から、随分と離れた街の入口にその男は立っていた。
目の前に続く街道は、この街一番の通りのようだ。
道を挟み、所狭しと多くの店が軒をつらねていた。
しかし、その通りを行き交う人の姿はまばらだった。
その理由はわからない。
何故なら、今、ここにたどり着いたばかりなのだから。
だが、その様なことはこの男にとっては、どうでもよい事だった。
目的はただひとつ。
ある人物に会う事だけなのだから。
男は、無言のまま街の中へと歩き出した。
初めて来たはずの場所にも関わらず、男は辺りを一切気にすることもなく、ただ黙々と歩き続けた。
向かうべき場所。
それが何処なのか、まるで昔から知っているかのように、ただ黙々と歩き続けていた。
暫く歩き続けた後、不意に男の足が止まった。
そして、ゆっくりと通りの右側に顔を向ける。
そこには、この通りに不釣り合いな程、薄汚れた店が一軒建っていた。
そこには看板さえもない。
ただ、入口の扉に小さく『ウラナイマス』とだけ書かれていた。
「あんた、初めてかい?」
後ろから歩いてきた男に、突然尋ねられた。
「……」
が、彼は何も答えよとはせず、ただその入口を見つめていた。
「そこの店、見た目は怪しいが、ま~、良く当たるって評判だぞ。今日は、あいにくの天気だから、誰も並んじゃいないが、天気が良かったらいつも何人かならんでるんだぜ」
男は、明るくそう話し掛けてくる。
「……」
「なんだ?疑ってんのか?だったら入って自分で確かめて見ろよ。さぁ!」
「そうか。では、一つだけ教えてもらっておこうか…」
「おっ、おう。いいとも」
「ここの主人の名はなんと言うのだ?」
そう尋ねられた男は、頭を抱えて考えだした。
「名前?え~っと、ちょっと待ってくれ。今思い出すから……確か………」
「エスカ…」
「そうだ!エスカ、エスカさんだよ。って、…あんた知ってるんじゃないか。あんたも人が悪いな」
男は親しげに彼にそう言ったのだが、それに対する答えは無かった。
ただ一言、
「そうか…」
と、言うと彼は入口に向かって歩き出した。
その時、突然その入口が開き、一人の少女が通りに向かって走り去って行った。
「あっ、あの子は…」
男は何かに気付き、そう口にしたのだが、彼は気にせずそのままその場を離れていった。
「おっ、おい……まっ、いっか」
男はそういうと、頭を掻きながらその場を離れた。
もちろん、彼はその様なことは気にしない。
まっすぐに入口だけを見つめながら歩を進め、その前に立った。
そして、ゆっくりと入口に手を掛け、それを開き、中へ一歩踏み入れた。
「いらっしゃい…」
男性の声が聞こえてきた。
その男性は、部屋の中央にあるテーブルの奥に座っていた。
はっきりと顔が見えないのは、店内がうすぐらいせいであろう。
「今日は、どういったご用件でしょうか…」
「…」
彼は、何も言葉を発せず、ただ何かを確認するように、その男性の顔を見つめていた。
「どうかされましたか?私の顔に何か…付いていますか?」
「…しらじらしいぞ」
「しらじらしい…とは、一体何の事ですか?今、初めてお会いしたお方に、そのような…」
「それが、しらじらしいと言うのだ、エスカ。初めてだと?…まさか!私は過去に、お前と会っている。忘れているはずがない…この顔を…。それに、お前は未来を見ることが出来る…。『サキヨミ』のエスカ…。もちろん、私が、今日、この時にここを訪れる事も分かっていたはずだ…違うか?」
そう尋ねられた男性ことエスカはゆっくりと、口を開いた。
「『サキヨミ』ですか、懐かしい響きですねぇ。………………ええ。……もちろん、分かっていましたよ…。あなたがここに来ることは、ずっと前から分かっていましたとも。ですが…、私は、何も間違った事を口にしたつもりはありませんがね………。その顔……もちろん、覚えてます…覚えてますとも……。しかし、あなたとは今日が初めてのはずです……コウエン……いや、カイエン…と、お呼びした方がよいのでしょうか?」
エスカは、入口に立つ彼に向かってそう問い掛けたのであった。




