第70話 半年後
俺の住むこの街には大きな時計台がある。
それは、この街のどこからでも一目でそれと分かる程、高くそびえ立っている。
正確に時を刻み、そして、一時間経つ毎に大きく鐘の音を響かせる。
しかし、その鐘の音は、時に聞こえてこない事がある。
それは、この街の人々が不安と恐怖に包まれる時でもあった。
何故なら、その日の夜には必ず赤い月が空に浮かぶからだ。
だが、恐怖の対象はそれではなかった。
その時に現れる化け物。『ヒトツキ』だ。
確かにあの赤い月に染められた街は、気色の良い物ではなかったが…そこにいるヒトツキは、それ以上だった。
とはいっても、俺も一度しかそれらを見ていないのだが…
「アンジ、どうしたの?」
時計台を見ながら、物思いにふけっていた俺に、トウジが声を掛けてきた。
「いや、別に…」
「そう?ならいいけど」
トウジは、それ以上何も聞いてこなかった。
「ただ、あれからもう半年も経つんだなぁ。って思ってさ」
「…そうだね。でもさ、なんか…あっという間だね」
「ああ。あっという間だったな」
俺達は今、あの公園にいた。
『アカツキ』を見るために、俺達二人が待ち合わせをしていた場所だ。
しかし、今日は、それを見るために、ここにいる訳ではなかった。
公園に用事はない。
その奥の林の中にある。
まぁ、今もそこから出てきたのだが…
「そろそろ、戻ろうよ?」
「…そうだな」
トウジに誘われ、俺は時計台から林の方へと目を移した。
「……はぁ~」
俺は思わずため息を漏らした。
「どうしたのさ?」
笑いながらトウジが俺に尋ねる。
「分かってて聞いてるだろ?」
「さぁ?分かんないよ」
「嘘付け…分かってるくせに」
「へへ。じゃ、早く戻ろうか、アンジ。僕達の『優しい』先生達のところにさ」
足取り軽く、トウジは林の中に消えて行った。
「お前はいいよな…トウジ。…先生がハクさんだからさ…」
俺は一人、小声で愚痴りながら、林の方へと向かって歩きだした。
半年前のあの日、俺達はある人達と出会った。
そして、その翌日、俺達は、その人達に自分達の置かれている境遇を知らされた。
そして、俺達は、ある事を成す為、その人達と訓練をしている。
いや、訓練してもらっている。
その場所がこの林の中だ。
中へ足を踏み入れる前に、公園の方へと目を向ける。
そこでは、俺達よりも大分幼い子供達が、無邪気に遊んでいた。
『つい、この前まで、俺達もあんな風に…』
「いや…」
俺は頭を振り、再び前を向く。
考えても仕方がない。
俺は、俺達には、やらなきゃいけないことがあるんだ。
俺は一人頷き、林の中へと進む。
途中、トウジが木の横で、こちら向きに立っていた。
もちろん、彼が何をしているのか分かっていたのだが…
「何してるんだよトウジ。さあ、行くぞ」
と、俺がわざとらしくそう言うと、彼は呆れ顔で、
「何言ってるのさ、待っててあげたのに」
「…分かってるって。ありがとう、トウジ。とにかく戻ろう」
「うん」
そして、俺達は、更に林の奥へと進んでいった。
この半年の間、ほぼ毎日のように俺達が歩き続けたせいで、わだちが出来ていた。
といっても、ほぼ獣道…
だがそれは、間違いなくいつもの場所へと続いている。
トウジと一緒に歩き出してからは、二人共無言になった。
お互い、今更それを、苦痛に感じることもない。
何故なら、常に一緒にいるからだ。
生まれた時は違うが、今日まで毎日共に生活をしているのだから、当たり前かもしれない。
そんな状態で十分ほど歩いた頃、いつもの場所へたどり着いた。
そこは先程まで歩いて来た道とは違い、木々の立つ間隔が広くなっていた。
とはいえ、あくまでも回りの木々と比べて…というだけで、さっきいた公園に比べれば、格段に狭い。
しかしながら、ここが俺達の訓練場だ。
そして今、ここには俺達の他に、三人の大人達がいた。
そのうちの一人が俺達に気が付き、一言、
「やっと帰ってきたか。遅いぞ、二人共」
俺達は戻るなり、叱られてしまった。
「そんなことないでしょ、リョカさん」
「何言ってるんだ、アンジ。タイラはもうやってるぞ?」
そういって指差した先では、一人黙々と訓練をしている人がいた。
「そんなこと言ったって、タイラさんは…」
「言い訳はいい。さっさと支度をしろ。早く続きをやるぞ」
と、俺を叱るリョカさんに対し、笑いながら、もう一人の人が、
「続きって、何言ってるのさ、リョカ。アンジの相手をしてるのはタイラでしょ?」
と、口を挟んだ。
「いちいち、挙げ足をとるなよ、ハク」
「はいはい、ごめんなさい。じゃ、僕達も、続きをやろっか、トウジ君」
「はい!ハクさん」
そう言ってハクさんとトウジは、俺達から少し離れた所へ移動していった。
リョカさんにハクさん、それと、タイラさん。
この人達が俺達の先生となり、色んな事をここで教えてくれていた。




