第61話 困惑
~~同じ頃~~
あの闇に包まれた部屋の中で、静かに笑う声が響いていた。
もちろんその主は、コウエンに他ならなかった。
「実に愉快…実に愉快だ。シュウキよ、そう思わぬか?」
「もちろんでございます。コウエン様」
そう答えるシュウキは、コウエンの座る椅子から、少し離れた場所に立っていた。
そして、その傍らには、もう一人…
表情なく立つ男がいた。
「…もう一度、名を教えてはくれぬか?」
コウエンは、その男に対してそう尋ねた。
「…ホウキ」
と、その男は、短く答えた。
「ホウキか…ホウキ…ホウキ、良い名だ」
満面の笑みを浮かべ、数回頷きながら、コウエンは、そう繰り返した。
もちろんここは、明かりの無いあの部屋。
コウエンの表情など普通の人々に見えるはずもなかった。
しかし、今は逆にそれが見えていない者は、この部屋の中には存在しなかった。
「…経緯は違えども、同胞が増えるのは、嬉しい事だ。なあ、シュウキよ」
「…!?」
その言葉と、コウエンの凍てつくような視線にシュウキは凍りついた。
自分達が、あの街からここへ戻って来た時、既にコウエン様は就寝されていたはずだ。
そして、先程起床された。
それから間もなくして、私をこの部屋に呼ばれた。
その間、誰とも接触されていなかったはずだ。
それなのに…
「どうした?シュウキよ?」
「いえ…」
「この私が何も知らないとでも、思ったか?…言ったはずだ。あの街にも私の手の者がいるとな。それに、あれは、この私が生み出した物…。離れていようとも、感じる事は出来る。どうなったかをな…」
シュウキは、青ざめ、
「申し訳ございませんでした。あまりにも、不出来な者であったので…つい…」
そう言って、深々と頭を下げた。
「…まあ良い。その事は、忘れるとしよう…、ホウキを連れて帰ってきたことに免じてな」
「感謝致します。コウエン様」
「礼ならホウキに言うがいい、シュウキ」
「…そのようで」
シュウキはそう言って、頭を上げた。
「さて、ホウキよ」
コウエンは、シュウキの隣に立つ男に声を掛けた。
「なんだ?」
「ホウキ!言葉に気を付けよ!」
と、語気を荒げたのはシュウキだった。
「まあ、良いではないか、シュウキよ」
「しかし、コウエン様」
「この者は、お前達とは、違うのだ。…それに、他にも口の悪い者がおるであろう?」
「…確かに、そう…ですが」
「ならば、少し静かにしておれ」
「…そう申されるのであれば」
シュウキは、口を閉ざした。
「さて、ホウキよ。私は、お主に興味が尽きない…」
「俺は別に、あんたに興味はない」
と、ホウキは無愛想に答えた。
「…そうか。だが、それも仕方のないことか…では、手短に、私の要件だけ、済ませようと思うのだが…」
そう言いながらコウエンは、じっとホウキの顔を見た。
対するホウキも、臆することなく、その目を見据え、
「…いいだろう。では、『手短に』な」
と、答えた。
「そうか。では、…右手を貸してくれぬか?」
「右手?」
「そう、右手だ。お主の右手で、この手を握ってくれぬか?」
そう言いながら、コウエンは、ホウキの前に自分の右手を差し出した。
「おかしなことを…これで良いのか?」
ホウキは、コウエンの右手を握った。
「すまないな、ホウキ」
コウエンがそう言った直後、ホウキは体に異変を感じた。
「貴様…何…を」
「動くな、ホウキ、直に済む」
コウエンの言葉には、先程までの温かさはなかった。
よく見ると、ホウキの右腕の中を何かが進んでいた。
それは、繋いだ右手から始まっている。
彼の体の中をコウエンの管が伝っているのだ。
その光景はお世辞にも気持ちの良いものではなかった…
手から腕、更に肩へ、そして、それは更に先へと進んで行く。
「そろそろか」
コウエンが呟く。
ホウキは、口を開け震えていた。
その光景をシュウキは静かに見守っている。
そして、
「…成る程…そういうことか」
そう呟くとコウエンは右手を離した。
「…二人共、下がって良いぞ」
コウエンは、シュウキ達にそう言うと、何かを思案し始めた。
「では、失礼致します、コウエン様」
シュウキは、頭を下げ、そう言った。
そして、驚くことに、
「…失礼致します、コウエン様」
隣にいた、ホウキもコウエンにそう告げた。
コウエンは頷き、退室をうながしたのだった。
『一体どういうことだ?』
困惑したまま、シュウキは部屋を後にした。




