第57話 手当て
「とりあえず、その手をどうにかしようよ」
俺の両手を見ながら、トウジがそういった。
「そうだよな」
俺も同感だった。
「じゃあさ、薬持って来てあげるから、ちょっとここで待ってて」
そう言い残し、トウジは急いで部屋から出て行った。
残された俺は、食堂でまた、一人になった。
俺は座ったまま、窓の外で、遊びに夢中になっている弟達の姿を、ぼんやりと眺めていた。
すると、部屋の中に入って来る足音が聞こえた。
「やっと起きて来たのか?」
聞き覚えのある声だ。
だが、昔から知っている声ではなかった。
俺は、入口の方へ顔を向けた。
「あっ」
「『あっ』、じゃないだろ?朝起きたら、『おはよう』だろ? アンジ」
そう言いながら、俺の方へ近づいて来る。
「お、おはようございます。…リョカさん」
そう言って、会釈した。
リョカさんは、俺の傍まで来ると、
「おはよう、アンジ」
そう言って、椅子に座った。
後で、会いに行こうと思っていた相手が近くにいる。
「……」
まだ、心の準備が出来ていなかった俺は、うつむき、黙りこんだ。
沈黙は、だめだ。とりあえず、
「リョカさん…」
「何だ?」
「きっ、昨日は、助けてもらって、あ、ありがとう……ございました」
そう言って、頭を下げた。
「…いや、礼を言うなら、こっち向けよ」
気持ちが焦っていた俺は、目の前にある食器に向かって頭を下げていた。
慌てて、リョカさんの方へ向き直り、再度、頭を下げた。
すると、リョカさんは、
「気にするな、アンジ」
と、言ってくれた。
「でも…」
頭を上げて、俺がそう言いかけた時、
「そうだよ。気にしなくていいよ。アンジ」
入口の方から声が聞こえた。
「ハクさん」
「おはよう、アンジ」
「おはようございます」
俺は、入口に立っているハクさんに向かって、会釈した。
その時、ハクさんの隣に、トウジがいるのが分かった。
「彼に聞いたよ。手、怪我してたんだね」
ハクさんは、俺にそう尋ねてきた。
「…はい。すいません」
「いや、謝ることないよ。昨日、僕達が気付いてあげるべきだったね」
ハクさんは俺のところへ近づいて来た。
「ちょっと見せて」
そういわれた俺は、ハクさんに両手を見せた。
「うわっ!結構…ひどいね」
そう言いながら、指先で俺の拳を少し触った。
「いたっ」
「あ、ごめんね。つい」
「い…え…大…丈夫です」
俺は痛みをこらえながら、そう答えた。
「おい、ハク。あんまりいじめるなよ。性格疑われるぞ」
リョカさんが顔をしかめながら、そういうと、
「わかってるって。つい…ね」
と、ハクさんは、笑顔で答えた。
「それじゃあ、アンジ」
「はい」
「とりあえずさ、彼の代わりに。僕がその手の処置をしようと思うんだけど、いいかな?」
「えっ?」
ハクさんの突然の申し出に驚き、何故かとっさに、リョカさんの顔を見てしまった。
「…俺を見るなよ」
「あっ、すいません」
「だが、まあ、やってもらった方がいいと思うぞ。…しかし、まあ、お前次第だがな」
リョカさんは俺にそう言った。
迷う理由なんて、何も無い。
「…お願いします。ハクさん」
そう言いながら俺は、頭を下げた。
「分かった。僕がやるね」
ハクさんは、俺の隣に座ると、俺の方を向き、
「それじゃあ、始めるよ。…とりあえず、右手の拳を上にして、前に出して」
「こう、ですか?」
言われるがまま、俺は右手を前に出した。
「そうそう。そのまま動かないで…」
ハクさんは、そう言いながら、自分の右手を俺の右手に重ねた。
「!!」
傷口にハクさんの肌が触れ、激痛が走る。
「痛いよね。でも、我慢して。すぐ、終わるから」
「…はい」
俺は、痛みを堪えながら、返事をした。
近くでは、トウジが心配そうに見つめていた。
それに気付いたリョカさんが、
「心配するな、トウジ」
と、声を掛けた。
「でも…」
トウジは、痛みをこらえている俺の事が気になるらしい。
「あいつに任せておけば大丈夫だ。…ちょっと、こっちへこい」
リョカさんは、手招きをして、トウジを呼んだ。
「良い事を教えてやる。耳を貸せ」
そう言って、リョカさんは、トウジに何やら耳打ちをした。すると、
「えっ!?本当ですか?」
と、トウジは驚いた様子で、ハクさんの事を見つめていた。




