第2話 儀式
同じ頃
暗く、闇に支配されている部屋の中で、静かに椅子に座っている人影がある。人影があるとは言っても、ろうそくの明かりでも無い限り、普通の人には気付く事さえ出来ないであろう。
しかし、その人影はそれを気にする様子もなく、ただ静かに座っている。
静寂を破るように扉の向こうからノックする音が部屋の中で静かに響いた。
「入れ…」
その人影が短く静かに一言発する。その声からその声の主が男であることが分かる。
「失礼します」
と、男の声が聞こえ、扉から部屋の中へ入って来た。
この男もまた、この部屋が闇に包まれている事を気にする様子もなく、この部屋の住人の元へ歩を進めた。
住人の前まで来ると深々と一礼をした。
「何用だ、シュウキ」
そう問われると、シュウキと呼ばれだ男は、話し始めた。
「おくつろぎのところ申し訳ございません。コウエン様。まもなく日没となりますので…そろそろ準備も必要かと思い、その事をお伝えに参りました」
コウエンと呼ばれた男はただ一言「そうか…」とだけ言うと、二、三度静かに、ゆっくりと頷いた。
そして暫く間を空けた後、ゆっくりと続けた。
「では、取り掛かるとしよう。…が、その前にシュウキ、街の方の準備はどうなっている?万全か?」
「もちろん。それは抜かりなく…いつでもよろしゅうございます」
「数の方はどうなっている?」
「今回は三つの地区で計百五十程…でございます」
「百五十か…。まぁ、妥当なところだな。…その中からいったいどれ程が、ここへ戻って来るのか…楽しみにしておこうではないか。なぁ、シュウキ…」
「もちろんでございます。コウエン様の為に、多数戻って来ることを期待しております」
「よし。では、始めるとしよう。シュウキ、もう下がってよいぞ」
そう言うと、椅子からゆっくりと立ち上がり、部屋の中央へと歩を進める。
その先には小さな丸いテーブルがあり、またその上には透明の水晶が一つ置いてある。
大きさは手の平程だろうか。
テーブルの前まで進み、歩を止めるとコウエンはゆっくりと眼を閉じ、事を始めようとした。その時、
「コウエン様」
そう声を掛けたのは、シュウキだった。
「なんだシュウキ。まだ何かあるのか?」
これから、という時に呼び止められたせいもあり、不機嫌な声でコウエンはそう言い放った。
しかし、シュウキは身じろぎもせず、続ける。
「…コウエン様、お願いがございます」
「何だ。申してみよ」
コウエンは不機嫌なまま、答えを促した。
「はい。では…今日の儀式を近くで見せて頂きたいと思っております」
「…何故、そう思う?」
「私共は、コウエン様の力によって生み出された者達…。しかし、どのようにして生み出されたのかは、誰も知り得ない事でございます。一度…ただの一度で良いのです。その時を見てみたいのです。貴方様の『息子』に弟達の生まれる時を見せて頂けないものでしょうか」
「…」
コウエンは暫く黙っていた。
そして、口元に薄い笑みを浮かべ
「…息子…弟か…、なかなか面白い事を言う。…分かった。では、そこで見ているがよい。どのようにしてお前達が生まれたのかを。だが、その前に一つだけ忠告しておく。決して邪魔をするのではないぞ。その時は…すぐに退室させるからな。よいな?」
「もちろんそれは分かっております。決して邪魔など致しません。お心遣い感謝致します」
そういうと、シュウキは深々と頭を下げた。
コウエンはシュウキからテーブルの方へ向き直り、再び眼を閉じた。
その口元には先程の笑みはもうない。
そして聞いた事のない、言葉で術を唱え始めた。
その声だけが低く、部屋中に響いた。
シュウキはただそれをじっと見ている。
そして、一通り術を唱え終わると、コウエンは水晶の上に右手をかざし、
「式は終了した…。後は時が経つのを待つばかり…。シュウキよ、この水晶が赤く染まりきった時に『アカツキ』が始まるぞ…」
そう呟くと、かざしていた右手を引いた。
すると、今まで透明だった水晶がゆっくりと赤く染まり始めた。
部屋の中には二人の他に、二羽の鳥が止まり木に留まっていた。
鳴くこともなく、赤い光に臆する事もなく、じっとしていた。
シュウキはそれを気にする事もなく、エンセキの変化の様子だけを、ただただ静かに見つめていた…自分の生まれた瞬間を思い起こしながら…