第192話 功労者
「ふぅ~~」
と、大きく息を吐いた後、左の拳を顔に近付け確認する。
多少傷が増えているが、右手ほど損傷はないようだ。
拳を下ろし、視線を正面へと移す。
大きな男が力無く、うつ伏せに倒れていた。
「……もう、いいよね?」
何の事かは分からないが、
「ああ、もう大丈夫じゃないか?」
俺がそう返事をすると、
「分かった」
トウジはそう言うと、両手で持っていたロクジョウコンを下ろした。
つまり、今やっと彼は術を解いたという事になる。
そして、俺と同じ様に、目下の男を眺めていた。
「死んでる……の?」
「いや、まさか、気を失っているだけさ。だって、俺達が戦っていたのは、あくまでも『狂人刀』だからな」
「…………そう、だよね。もう、人に戻ったんだよね、この人……」
俺が狂人刀を折った時、あの気持ちの悪い赤い眼が消えて行くのが見えた。
「ああ、多分な」
「そっか」
そこまで言うと、トウジは、「良かった」と、言いながらその場に座り込んだ。
俺は、「ああ」と、言いながら座るつもりがふらついて、その場に大の字に倒れてしまった。
『やっと、終わった……』
空を見上げ、感慨にふけっていると、
「アンジ、大丈夫?」
と、心配そうな声でトウジが尋ねて来た。
俺は動かずゆっくりと、「大丈夫」、とだけ答えた。
暫く呼吸を落ち着かせた後、
「それにしても、あれ、一体何だったんだ?何で、急にスミの動きが止まったんだよ、トウジ?」
気になっていたことを振り返り、トウジに尋ねてみた。
「へへへっ。あれね、敵の動きを止める……っていうか、敵だけ動けなくする術なんだって。相手にだけ何倍っていう重力を掛ける術って、お父さんの本に書いてあったんだ。……初めてだったんだけど、……うまくいって良かった」
それを聞いた俺は、飛び起きる。
「ちょっ、ちょっと待てよ。じゃ、あれ、ぶっつけ本番だったって事かよ!?」
トウジは申し訳なさそうに、
「うっ、うん。ごめん。でも、まあ、よかったでしょ?」
結果だけ見れば、確かに。
お陰で今こうして、落ち着いて会話が出来ている。
「はぁ~~~。そうだな。よかったよ。トウジがいてくれて」
俺が笑って見せると、彼も笑って答える。
「違うでしょ!」
と、割って入る声が背後から、急に聞こえてくる。
振り向かずともその主は、
「どういう意味だよ、カイナ?」
そう尋ねると、
「はぁっ?まるで、トウジが一番…って感じの話してたから、違うでしょって、言ってるのよ!!」
すごい剣幕でまくし立てられた俺は、
「えっ、えっと……じゃあ、あっ、俺だ。だって、なっ?俺がほとんど片付けたからな?」
と、隣のトウジに同意を求めると、慌てた様子で、
「そっ、そうだね、やっ、やっぱり、アンジはすご…」
と、そこまで言うと、また、
「ちぃ~~がうでしょうが!!」
カイナはまだ、怒ってる。
「じゃあ、ソウジだね?ソウジだよ、アンジ。だって……そうだよね、あんなになるまで…」
残るのは、それしかない。
トウジの意見に激しく同意していたのだが、
「何でそうなるのよ!!!!」
と、更にカイナの怒りは激しくなる。
俺とトウジは顔を見合わせる。
『ダメだ。分からない!!』
仕方なく、俺は恐る恐るカイナに尋ねた。
「カイナ……お前は、いったい誰が一番活躍したと思ってるん、……だ?」
「私」
「そう、カイナは誰が…」
「だぁかぁらぁ~~、わぁ~たぁ~~~しっ!!って、言ってるでしょ!!」
「…………………はっ?」
俺も、トウジも呆気にとられ、他に言葉が出なかった。
「いや、カイナ。お前、戦闘に加わってなかっただろ?なあ、トウジ?」
「うっ、うん。そうだったと、思うけど……」
「だよな、ほら、カイナッ!!お前な訳無いだろ!!」
何だか無性に腹が立ってきた。
「何言ってるの、アンジ。私も、戦ったわよ」
得意気に言うカイナ。
俺はため息をつき、
「あのなぁ」
と、その時、トウジが「あっ!!」と、かぶせて来た。
「分かった。あの時だ。アンジ」
「はぁ?」
「ほら、さっき、僕が最後の術を使う前。アンジがやられそうになった時だよ」
俺は、急いであの時の状況を思い出す。
「ああ、あの時がどうした?」
「ほら、あの人、途中で動きが止まったでしょ?」
「あ~~~~。確かに……、んっ?えっ?まさか」
カイナの顔を改めて見る。
「やっと分かった?あなた達が今、ここで、ゆっくり出来ているのも、あの時、私が、こう」
そう言いながら、スリングショットを引く動作をして見せる。
「マジ……かよ」
確かに、スミにあの一瞬の隙が生まれていなかったら、俺も、トウジもこうしていられなかったかもしれない……
「だったら、お前が、一番だな。なっ?トウジ?」
「そうだね、カイナのお陰だよ」
俺達がそう言うと、カイナは満面の笑みを浮かべ、
「だよね!」
それを聞いた俺とトウジは、その笑顔につられるように笑った。
ちょうどその時、リョカさん達も合流した。
ハクさんによるソウジの治癒が終わったらしい。
「それで?お前ら、何の話をしてたんだ?」
リョカさんに尋ねられ、俺達は事の経緯を話した。
最後にカイナが得意気に、
「リョカさんもそう思うでしょ?」
と、尋ねた。
「いや、違うな」
「えぇ~~~っ!!じゃあ、だれよ!!」
また、カイナが不機嫌になる。
気にせずリョカさんは自分を指差し、
「それはな、今回の一件をお前達に任せた、この『俺』が、一番さっ!!」
と、誇らしげにそう言い放った。
俺達は、いつもの様に言葉が出ない……
向こうで、ソウジに肩を貸しているハクさんが、呆れる様に首を振っていた。