第188話 不利的状況
「おい!返事しろよ!!」
目の前で倒れたソウジに、俺は何度も呼び掛けた。
『また、俺は、目の前で仲間を……失うのか?』
忘れたい過去がよみがえる。
「いや、だ……ソウジ…………おい、ソウジ!ソウジ!!!」
我を忘れて何度も叫んだ。
すると、
「勝手に、殺すなよ……アンジ」
倒れた、ソウジから声が聞こえて来る。
直ぐ様俺は、彼の隣へ駆け寄る。
見下ろせば、しっかりとした視線を返してくる彼がいた。
「だっ、大丈夫か、ソウジ?」
改めて俺がそう尋ねると、彼は呆れた様に、
「……この状態が、お前には大丈夫そうに見えるのかよ?」
体を見渡し、ある一点で目が留まる。
腹部から天に向かって伸びる狂人刀の刀身……
先端は彼の下の地面に突き刺さっている様だ。
周囲はおろか、刀の刺さった場所でさえ血痕が全くない。
『これが、狂人刀……』
と、考えていると、
「バカアンジ……、とりあえず、抜いてくれよ……」
静かな声と、それに似つかわしくない険しい表情でソウジは俺を促した。
一つ頷くと、俺は折れた刀に両手を添えた。
「ソウジ。これ、やっぱ、一気に?それとも、ゆっくり……か?」
「一気に決まってるだろ。……さっさと、」
「せぇ~のっ!!」
と、ソウジの『一気に』という言葉だけを聞き入れ、俺は言葉通りに勢いをつけ、一気に真上に刀を引き抜いた。
そして、そのまま刀は遠くへ放り投げた。
何処へ行ったのかは、その時気にしていなかった。
それ以上に、ソウジの傷が気になったからだ。
彼の体に目を向け、その場所を確認する。
服が破れはしているのだが……
「傷……無いぞ…………ソウジ。痛みはあるか?」
彼の顔を見ながらそう尋ねると、
「いや、痛みはない。痛みはないが、クラクラしてる」
「クラクラ?」
「ああ、めまいって、言っても分かんないよな。めまいがした事ないだろ?アンジは」
「あっ、ああ。悪い分からない……でも、何で……」
「あの刀に、俺の血を抜かれたからだろうさ。今の俺は生きているが、立ち上がれない。つまり、戦闘不能状態。この戦闘ではもう役に立たない男……ああ、何やってるんだ、俺……」
「それだけしゃべれりゃ十分だな、ソウジ」
顔色は、やはりまだ優れないがもう大丈夫だろう。
彼の脇から立ち上がり、そのまま背を向けた。
「後一本……本当は、ソウジの分だけど、仕方ない、俺が片付けてくるからな。後で文句言うなよ。ソウジ?」
振り向かずにそう伝えると、
「……ああ、頼む。アンジ。悪い」
「いいさ……」
俺に背を向け、先程から一切動かないスミに向かって両手を構えた。
「イッ!!」
構えた右の拳に痛みが走り、思わず声が漏れた。
装飾が壊れ、隙間から血がにじんでいる。
『右手も、コオロキも使えそうにないな……』
使用出来るのは、左手のみ。
ソウジも参戦出来ない。
一方のスミは、放心状態?の様だが、まだ狂人刀が一本と、半ばで折れたもう一本を両手に持っている。
『………………どう考えても、不利……だよな。どうしよう』
スミがまともに動き出したら、勝算はないに等しくなるだろう。
右手に持たれた狂人刀……
今のお互いの向きのまま、あの刀に打撃を加えようと思ったら、右側から攻撃するしかない。
しかし、…………俺が今、使えるのは左の拳……
『仕方ない……側面に回って…』
一定の距離を保ったまま、俺はゆっくりと、円を描くように右手の方へと進む。
スミは動かない。
しかし、彼の側面まで来た時だった。
「小賢しい……」
その言葉と同時に、彼の右手に持った狂人刀が、俺の鼻先に向かって伸びて来て、そこでピタリと止まる。
「一度ならず二度までも……しかし、それも、ここまでだ」
右手は動かさず、スミは体ごとこちらを向き、折れた左手の刀を俺に見せつけた。
「折れはしたが、充分だ……」
『充分だ?』
スミの言った意味が分からない。
しかし、次の瞬間その言葉の意味を、俺は理解する事になる。
一度、目の前にあった刀がスミの手元へ引かれた。
しかし、直ぐ様その刀が俺の胸元を目掛けて伸びてくる。
慌てて、左の拳でそれをいなす。
が、スミはそのまま手首を返し、刀を切り上げる様に力を込めてくる。
その刀を俺は左手を持ち上げ、空へと流した。
ところが、スミの攻撃はまだ終わらず、がら空きになってしまった左胸を目掛けて、折れた刀を突き出して来た。
俺は、痛みを堪え、右の拳で体の外へはじき出した。
すると、再び右の刀が……
とにかく俺は、スミの攻撃を弾き、そしてかわし続けたのだが、
『なんでだよ……。止まらない……しかも、早い……』
徐々に、俺の手が、スミの攻撃に対して遅れ始める。
そして、スミの右の刀から繰り出された一撃を受けた時、俺はとうとう後方へ弾き飛ばされてしまった。
背中を強打し、一瞬息が詰また。
「……終わりか?」
刀を下ろしながら、スミがそう呟いた。
「終わりかと聞いているのだ……」
こちらへ向かって、彼はゆっくりと歩き始めた。
俺は背中の痛みを堪え、立ち上がり、両手を再び構えた。
「まだ、……まだに、決まってるだろ……」
肩で大きく息をしながら、俺はそう答えた。
「そうか。だが、」
次の瞬間、再びスミの攻撃で俺は後方へと飛ばされ、再び背中を強打した。
「そろそろ、限界の様だな……」
スミはゆっくりとした歩調で再びこちらへ歩み始めた。
何とか立ち上がった俺の目の前まで来ると、
「なかなか楽しめたぞ……。だが、満足出来るほどでは、なかったがな……」
そう言いながら、スミは右手の刀を高々と振り上げた。
俺は、その振り上げられた刀を見上げていた。
『クソッ……』
自分の体が思う様に動かない事に俺は苛立つ。
そして、これで終わりかと諦めかけた、その時だった。
「止めろぉ~~~」
と、叫ぶ声が聞こえて来た。
俺も、スミも声のする方へ目を移す。
そこには、こちらへ向かって駆け寄って来る、トウジの姿があった。
「ト、トウジ……」
怯えた様子もなく、力強い眼差しをしたトウジ。
「こっちへ来るな」と、彼を制止することも出来なかった。
そしてトウジは、俺とスミから距離を取った位置で立ち止まると、
「アンジから離れろ!!ここからは、僕が……、僕が相手だ!!」
そう叫びながら、トウジはロクジョウコンを振りかざしたのだった。