第184話 狂気の間
折れた狂人刀を呆然と眺めるスミ。
その傍らで、俺達は目的を無事に遂行出来たことを喜んでいた。
「とりあえず、ここにはもう用はないな」
ソウジの問いに、俺は頷いて見せた。
「んじゃ!リョカさん達の所に戻ろうぜ」
全く動かないスミをチラリと横目で確認する。
徐々にスミの両目の色が変わって行くのが分かる。
狂人から常人……本来の姿へと戻っているのだろう。
ただ、敢えて元に戻る様子を確認する必要もない。
「そうだな。戻ろうか、ソウジ」
隣の彼にそう声を掛け、俺はリョカさん達の待つ茂みの方へと向きを変えた。
ソウジも同様に向きを変えると、先に一歩を踏み出し、歩き始めた。
俺も並ぶように歩き出す。
そして、そのまま二人で十歩ほど進んだ時だった。
不意に、俺達とは別の足音が聞こえて来た。
急がず、ゆっくりとした歩調。
ソウジも気付いたらしく、俺達は立ち止まり顔を見合わせた。
ザッ…、ザッ…、ザッ…………
止まらず歩き続ける音の方へと、俺達は顔を向けた。
やはりというか、予想通りというのか、足音の主はスミだった。
表情はなく、呆然としながら、
「違う……これじゃあ、ない……こんなはずは…………俺の刀が……」
独り言の様に同じ事を呟いている。
歩く速度は一定で、こちらではなく、どうやらドンネズの方へと向かっている様だ。
「んっ?」
俺はあることに気付き、ソウジにも分かるようにスミの身体を指差した。
「ソウジ、あれ。お前の刀で出来た傷じゃないのか?」
「えっ?どれだよ」
「ほら、あの右の脇腹の所だよ」
その部分は衣類が破れている訳では無い。
その為、キズを直接は確認出来ないのだが、明らかに鮮血で赤く染まっているのが分かる。
戦闘前、スミの衣類に血が付着している様子はなかった……と、思う。
そして俺自身、結局スミに一度も触れることは出来ていない。
考えられるのは、
「最後の一撃の時に、俺の刀がスミの身体に触れたか……、その前の力比べの段階で触れたか……って、アンジは言いたいのかよ?」
「いや、だって……」
シキで人は殺せない。
シキは人を傷付けない。
それが大前提での戦闘だった。
ところが、目の前には、傷を負ったスミがいる。
赤い部分は先程よりも広がっていた。
『お前達の相手は狂人刀だ……』
茂みの中でのリョカさんが口にした言葉を思い出した。
「そうか……、敵は刀。人は、一時的に刀の力で人でなくなるけど、力が消えればただの人……」
俺が独り言の様に呟くと、
「って事は、俺の刀が触れた時点ではまだ化け物だったけど、アンジに刀を折られたせいで人に戻ったから……」
俺達は顔を見合わせる。
「ハクさんに頼んで治療してもらおう」
「そうだな。それがいい」
意見が一致し、再びスミへ目を移した時、既に彼はドンネズの傍に立っていた。
刀の力を借りた彼は盲目ではないのであろう。
ドンネズの身体を頭から足先まで確認している。
口では何事か、まだ呟いていた。
「スミ!!こっちへ!!怪我の治療をしましょう!!」
俺は声を掛けたのだが、反応は無い。
「やれやれ……全く」
ソウジはそう言うと、彼の方へ歩き出した。
俺はまたソウジの後から歩き出す。
『すぐにハクさんが治してくれるから……』
と、俺達は慢心していた。
それがマズかった。
スミがドンネズの横で膝を着いているのが見えた。
そして、右手に持っていた折れた狂人刀を投げ捨て、倒れているドンネズの腰から何かを取り上げた。
「……!!」
俺達は絶句し、足を止めた。
「あった……これが、俺のだ…………」
スミが手にしている物は、ドンネズが持っていた刀、すなわち狂人刀だった。
「おいおい、マジかよ……スミ、それ捨てろ!」
ソウジはスミに向かって慌てて声を掛けたのだが、
「おっ!!おあっ!!」
と、おかしな声を上げ、俺達に目もくれず別の場所へと駆け出した。
声掛けだけでなく、足を進めていたら違ったのだろうが、気付くのが遅かった。
スミが辿り着いた先は、スネズの元だった。
『最悪だ……何で、動かなかったんだ、俺!!』
先程と同様、スミはスネズの脇に膝を着くと、スネズの腰からそれを取り上げた。
そして、直ぐ様立ち上がり、両腰に刀を納めた。
「これも……俺のだ……俺の刀…………だ」
スミは俺達の方へと向きを変える。
そして、
「さあ、続きを……」
そう言うと、彼は両手で二本の狂人刀をゆっくりと抜いたのだった。