第183話 動揺
一旦、俺とソウジは、スミから数歩離れる。
隣り合わず、多少お互いの間にも距離を取った。
すると、ソウジが鼻で笑いながら、
「アンジ。無茶するなよ。流石に、殴ったらマズいだろ?」
やはり、ソウジも気付いていた。
「わっ、分かってるって!!確認したんだよ!!お前だって、初手、『刀』じゃなくって、頭狙ってたじゃないか!」
「あっ、バレてたかぁ。つい、なっ?」
「何やってんだよ、ソウジ」
「そう心配するなって。俺達の『シキ』は生身の人間に危害を加える事出来ないだろ?忘れたのかよ?」
「そりゃ、おっ、覚えてるさ」
「だったら、分かるだろ?さっきのあいつ。刀で防御してた、だろ?」
「確かに……」
「じゃあ、狙うなら、そこ、だよな?」
「まあ、そうだけどさ」
緊張感ない会話をしていたのだが、不意に、
「反撃してこないな……」
真面目な口調でソウジが俺に尋ねたて来た。
「じゃあ、一気に行こう。ソウジ」
「一気にって…………。どうするんだよ?折るか?割るか?切るか?」
「……」
俺が答えに悩んでいると、
「おいおい、そんな悩むなよ。とりあえず、俺が『切ってみる』さ。いいだろ?」
ソウジの問いに、ゆっくりと考えて答えを出す暇などない。
俺は一言、「頼む」と言った。
すると、彼は、
「了解!じゃ、援護、よろしくっ!」
「あっ!おいっ!」
今のソウジには、息を合わせようという気はないらしい。
『やれやれ、この前は、シンロウの時は、バッチリだったのにな』
敵を知る前に、味方の事をもとしっかり知る必要があるようだ。
しかし、いまはそんな事は行っていられない。
彼に合わせるように、俺もスミへの攻撃を開始する。
先程と同様ソウジが頭上から攻撃をしていたので、俺は正面ではなく、スミの左へ回り、彼の脇腹を狙って右の拳を打ち込んだ。
もちろん、俺より先にソウジの右の刀がスミを襲う。
しかし、当然の様に一太刀目は弾かれる。
続いて、ソウジの左手の刀と、俺の右の拳。
その二つはほぼ同時。
スミが持つ刀はソウジの一本目を払ったばかりだ。
まとめて防ぐには無理がある。
『どちらか当たる』
俺はそう確信していたのだが……
スミは、スッと一歩後退することで俺の拳を避け、同時に刀を頭上へ引き戻してソウジの繰り出した右手の攻撃を難なく受け止めた。
先程同様、その攻撃は外へと払われたのだが、
「まだまだ!!」
そう言いながら、ソウジは一度着地すると、弾かれた左手をそのままスミ目掛けて振り上げる。
だが、その攻撃の狙う先は狂人刀ではなく、スミの身体。
「おいっ!ソウジ!!違うだろ!!」
慌てて俺は声を上げたのだが、ソウジの狙いに変化は見れない。
速度が落ちることなくスミへ近づく刃先。
俺の立ち位置とは逆、左の脇腹辺りが到達点になりそうであった。
「やめろっ!ソウジ!!」
止まる訳が無い事を分かっていながらも、俺はそう叫んだ。
それと同時に刀がスミの身体へ到達した様に見えたところで、俺は目をつぶる。
ガチンッ!
と、刀がぶつかり合う音が辺りに響いたので、俺はその音で目を開ける。
「クソッ!これもかよ!!」
ソウジの苛立つ声の原因は、すぐに分かった。
ソウジの刀は脇腹寸前のところで、またもやスミに止められていた。
手首を器用に返し、更に刀身に自分の左手を添えて受けている。
ソウジは、悔しそうに、
「チッ……キ……ショ~~……」
と、声を漏らしながら、更に左手に力を込めて行く。
ぶつかり合った刀は、前にも後ろにも動かない、膠着状態になっているようだ。
『……あっ、もしかして、ここで、俺が』
目の前には狂人刀がスミの両手と、ソウジの刀によってしっかりと押さえこまれている。
『これって…………最高だよな?』
スミとソウジはお互いににらみ合っている為、俺の事などお構いなしだ。
『そうと分かれば……』
俺は一歩後ろへ下がり、そのまま静かに呼吸を整える。
時間は掛けない。
きっと、もうすぐあの均衡は破られるだろう。
それまでに……
『俺が片を付けてやる!』
軽く右の拳に力を入れる。
そして、俺は一度大きく息を吸い込んだ後、吐き出す息と共に、一気に二人の間に割って入いる。
「そりゃっ!!!!」
掛け声と共に、『力』を込めた右手のコオロキで、狂人刀の真ん中辺りを思いっ切り殴る。
ガグィィィン!!
刀同士よりも鈍い音が響く。
「おまえ……」
改めて顔をこちらに向けたスミが呟く。
「その力……」
続きを聞かず、俺は拳を引いた。
すると、スミの持つ狂人刀に亀裂が入り、瞬く間にそれは二つに折れ、刀の先端は、添えられていた左手からするりと落ちた。
「やるじゃん、アンジ」
褒める言葉とは裏腹に、ソウジの顔には悔しさがにじんでいた。