第181話 トウジ解放
「ぃいよ…………っと」
重たいスネズの下からソウジはやっと解放され、
「全く……、重すぎだって…………」
ブツブツ言いながら体のいたる所を両手ではたき、砂埃を落としていた。
「ソウジ、大丈夫か?」
俺が声を掛けると、
「ああ、大丈夫た。問題無し。アンジも……無事、問題無いみたいだな?」
俺の側に倒れているドンネズを見ながらソウジはいつもと変わらない口調で、そう尋ねて来た。
ドンネズを見ながら俺は一つ頷き、
「問題無い」
と答えた後、視線をスミの方へと移した。
ソウジもそれに気付き、同様にスミへと視線を移す。
体格の良かった二人に比べ、スミは無駄な肉が無いというか、痩せている。
『あの人、華奢だな……俺と同等?いや、それよりも細い?背は俺よりも高いのに……なんか気味が悪いな……』
その時だった。
「よしっ。あいつで終わりって事は、もう、ほぼ救出完了って事じゃないか?」
ソウジが俺に話し掛けて来た。
「…………」
『馬鹿!!!!ソウジ!!!!!!』
俺は慌ててスミからソウジへと顔を向け、
「何……、言ってるのさ、…………ソウジ?俺達は……『稽古』つけてもらいに来ただけだろ?」
笑顔を引きつらせながら、俺はソウジに尋ねた。
が、
「何だ?お前達、こいつの仲間か?」
ソウジより先に反応したのはスミだった。
俺は首を横に激しく振りながら、
「いや、いやいや、なっ、なっ、何の事ですか?」
と、否定したのだが、
「別に、隠す必要はもう無いだろ?俺には、もう、バレているのだからな」
そう言いながら、スミは茂みの方へと顔を向ける。
「あいつらも仲間だろ?」
そこは、俺達がいた場所。
そして、今もまだリョカさん達が潜んでいる場所だった。
「何で……」
スミが言っている事に間違いはない。
だからこそ尚更、不可解になる。
「スミ……だっけ?何で分かるのさ?」
俺の疑問をソウジがぶつける。
すると、ソウジは茂みの方を向いたまま、
「俺はな、生まれつき目が見えない。ただ、代わりに耳は人一倍……いや、それ以上に良くってな、…………聞こえてたぜ?あそこでの会話。ナガレのアレは偽物だが、俺のは本物さ。おかしいと思わなかったか?何故あの時、俺達が外へ出て来たと思う?……『山賊の勘』な訳無いだろうが」
その言葉を聞いて、俺もソウジもこの男が言っている事がハッタリでは無い事を確信した。
「だったら、おかしくないか?スミ、俺達の仲間が隠れている事をドンネズには言わなかったのかよ?」
ソウジが尋ねると、
「ああ、そうだ」
と短く答えた。
「『ああ、そうだ』って、何でだよ?言うだろ、普通」
「さあ、そんな事は知らん。ただ、俺の獲物をアイツ等に分け与える必要はないと思っただけだ。特に……、茂みの中の男…………戦い慣れしているみたいだからなぁ……」
その時初めてスミの顔に笑みが浮かぶ。
「なっ、…………最初っから目標は、リョカさんだったって事かよ」
「お前達などどうでも良い。だから、アイツ等に任せた。……まあ、お前達も多少は出来るみたいだが、物足りない……。それに、こいつも、どうでも良い…………欲しいなら、くれてやる、但し……」
そう言うと、スミはトウジの縄を手繰り寄せ、無理やり起き上がらせると、
「条件がある……」
「条…件……。何ですか?」
俺がそう尋ねると、改めて俺達の方へ顔を向け、
「なぁに、簡単な事。二人共、全力で掛かって来い。せめて、少しだけでも俺を……楽しませろ。そして、俺が欲しのは手強い獲物。俺の為に、こいつを使って、あのリョカとか言う男を呼べ。それだけだ」
と、告げた。
俺はソウジと顔を見合わせた後、
「分かりました」
と、一言だけ答えた。
返事を聞いたスミは縄から手を離し、俺達の方へトウジを蹴り出す。
もちろん、突然の事にトウジが対処できる訳もなく、二、三歩進んだところで前方へ倒れ込んでしまった。
俺は、
「トウジ!!」
彼の名を叫び、俺は急いで駆け寄った。
そして、彼を拘束していたものを全て外し、間違いなく生きている事を確認する。
「トウジ…………良かったぁ~~……」
自然と安堵の声が漏れた。
「ごめんね。アンジ。心配掛けて」
「うん。……でも、とりあえず、話は落ち着いてからにしよう」
トウジに一度頷いて見せた後、
「トウジ、一先ずここから離れてくれ。あっ、あそこの木陰にリョカさん達がいるから、俺とソウジに何かあったら、直ぐに来るように言ってくれ」
「でも……」
と、トウジは何かを言い掛けたのだが俺はそれを制し、彼の両肩に手を置くと、
「いいから、頼む」
一瞬驚いた様な表情を浮かべた後、トウジは、
「うん。……分かったよ」
と寂しそうに言い残し、茂みの方へと走り去って行った。
その背中を眺めながら、俺は一度目を閉じ、
『さあ、あと一人……いや、あわよくば……このまま全員で逃げられるかも……』
そう思いながら目を開け、ゆっくりとスミの方へ俺は視線を移した。
が、俺の期待は、当然の様に裏切られた。
「準備は整ったなぁ」
スミは嬉しそうに声を上げる。
既に彼の右手には、黒い刀身の刀が抜かれていたのだった……