第18話 理解不能
タイラがヒトツキから一旦離れ、対峙していた時、頭上の方で物音がした。
とっさにタイラは視線をやる。
すると、今いる路地を挟んでいる片側の建物の二階の窓が開いていた。
『何故、今?』
その窓を見上げながらそう思った時、更に驚くことが起こった。
なんと、その開いた窓から人が飛び降りて来たのだ。
『危ない!』
と、思いはしたものの、突然の出来事にタイラは対処出来なかった。
一方、窓から飛び降りた当の本人はというと、タイラとヒトツキの中間にさっそうと降り立ち、ヒトツキと対峙するつもりでいたらしい。
が、実際はそう上手くいくはずも無く、タイラとヒトツキの中間に着地は出来たものの、酔いのせいか足元がふらつき、尻餅をついて倒れてしまった。
「イテテテテ…」
ふらつきながら、臀部をさすり刀を支えにリョカは立ち上がった。
「二階からはやっぱり無茶だったかぁ」
周囲を気にせずリョカは独り言を呟いた。
更に、
「なぁ、あんたもそう思うだろ?」
タイラの方へ振り向き、同意を求めてきた。
「…」
振り向いてきたその男の顔が端整な事にまず驚かされた。
歳は三十前後のように見える。
だが、更に驚かされたのはその顔が朱に染まっていたからだ。
それはアカツキの月明かりによるものではなかった。
なぜなら、この男からはひどく酒のにおいがする。
なんなんだこの男は?ただの酔っ払いか?また、一人犠牲者が増えるのか?
…また、一人。
『酔っ払いが一人…』
そう思うと、タイラに沸々と怒りが込み上げてきた。そして、
「何を考えているんだ!あんた、この状況が分かっているのか?」
と、タイラは見知らぬ男に怒声を上げた。
タイラの怒りはもっともだった。
今、この状況で、ましてやアカツキの夜に外に出てくるとは理解に苦しむ事だった。
「そう怒鳴るなって。頭に響くんだから。それに俺を怒鳴るのはハクだけで十分だ」
顔をしかめたリョカの答えは更にタイラの怒りを増幅させた。
「あんた、あれが何か分かっているのか?ヒトツキだぞ?」
タイラはヒトツキを指さす。
そしてすぐさま今度は空をさし、
「それにあれはアカツキだ。あんたもどういう意味か分かっているだろ!」
「ああ、もちろん」
リョカは頷きタイラに答える。
タイラはその返答を受け、今度はリョカが落ちて来た建物を指さす。
「だったら早く中へ戻るんだ!」
「…なんで?」
「『なんで?』だと?」
「ああ、そうだ。俺は運動をするために出て来たのに、なんで戻らなきゃいけないんだ?」
タイラは呆気にとられた。
「運…動…?ここでか?」
「ああ、そうだ」
リョカは笑いながら言う。
『この男何考えてるんだ?』
タイラにはこの男の言動全てが理解出来なかった。
その時、この男が落ちて来た窓から別の男が顔を出し、
「リョカ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だハク。心配するな」
問い掛けに、このリョカと呼ばれた男は手を振って答えていた。
「おい、あんた、この男の連れか?」
この状況に見合わない和やかな光景に痺れを切らし、タイラは窓辺にいる男に向かって声を掛けた。
「そうですけど、何か?」
「だったらこの男を迎えに来てくれ。入口までは俺が連れて行くから」
「どうしてですか?」
「『どうして』だと?」
「はい。彼、そこで運動したいらしいんで、放っておいてやって下さい」
タイラは唖然とした。
何なんだこの二人は。
「勝手にしろ!」
怒り浸透のタイラは二人に向かって言い放った。
「ありがとうございます。じゃ、リョカ。後よろしく」
そう言い残すとハクは手を振りながら部屋の中へ戻って行った。
「はいよ。じゃ、軽く汗を流そうかね」
おぼつかない足取りでリョカはヒトツキの方を向き、
「よろしく」
と、ヒトツキに向かって頭を下げた。
その時すでにヒトツキの口元が動き出していた。